「予言は予言、見えぬものなど何もない。――L03の偉大な予言者の言葉です。たかが予言、されど予言――見えたものをどうとるかは、予言師次第なのです。同じ予言を五人の予言師が見ても、受け取り方が違う。見方が違う。咀嚼が違う。……だからこそL03では、ひとつの物事に対して五人の予言師が予言するのです。その、奥深き真実を知るために」

 

サルーディーバは努めて冷静に言った。

 

「長老たちの間で――こたびの事実は、L18には報告せぬことに決まりました。L18には、この戦は勝利する、とだけ伝えられていたはずです。

L03は予言なしには、動きません。そういう星だからです。しかし、予言というものは不自由なものです。わたしのように、場面を映像で――それもつながったシネマのようではなく、ぷっつりと途切れ途切れに――見せられるものもあれば、文字でわかる者もいる。 

……こたびの戦も、五人の予言者のうち、四人が「可」と出しました。

私以外の四人が、この結果を「どこまで」見て、「可」と出したのかはわかりません。見たのか、見ていないのか。予言者同士の、予言に関する対話は禁じられています。私は「不可」と出しました。いったん、北の町が占領されようとも、死者は出ません。でもL18の軍隊にたくさんの犠牲が出る――だから、耐えて話し合いを続けようと、わたしは申し上げました。しかし、――この星の長老たちは「可」をとりました。この戦がなくては、次の勝利の戦がない、と。この戦の敗北がなければ、L18は本腰を上げないと」

 

「L18の人間が、大量に死んでもか?」

アズラエルの皮肉げな言い方に、食ってかかったのはサルディオネだった。

「姉さんを悪く言うな!!」

小さい体から精一杯声を弾けさせてサルディオネは、二倍以上もあるアズラエルに食ってかかる。

「姉さんだって、がんばったんだ。長老に文句言われて、仕事もぜんぶなくされて、家に閉じ込められて。でも、いっしょうけんめい踏ん張って――」

「アンジェリカ」

サルーディーバは、表情のわからない声で、遮った。

「……貴方の言うとおりです。アズラエルさん。努力が足りなかった――ということなのかもしれません。……でも、今の私には、これが精いっぱいだった。オアシスの夢を見て、あなたたち二人を救うのが」

 

今のおれには、それが精いっぱいだった。

そこでぶっ倒れている将校が言った言葉を、アズラエルは思い出して、妙に腹が立った。

 

「……。三年後にまた、ここで戦だと?」

「ええ。貴方も、……中尉さんも、その戦争には参加していません」

そうかよかった、二度とこんなとこには来たくねえや、とボヤきかけたアズラエルは、サルーディーバの次の言葉に硬直した。

「貴方も中尉さんも、三年後はL18にはいませんから」

サルーディーバは、アズラエルを見て、不思議な微笑み方をした。その微笑みに、アズラエルは、初めてぞっとした。

「――あなたの「のろい」はもう解けています。でも、あまりに長い期間縛られ続けていたせいで、まだタマシイが怯えている。完全に解けるのは、三年後、地球行きの宇宙船に乗ってから、でしょうね……」

アズラエルはやめろ、と言いかけたが、喉が凍りついて声が出なかった。

「運命の少女から、逃げてはいけません。――今度こそ、彼女に愛されるのですから」

 

 



ステンドグラスの窓が凍っているのが、外の気温の低さをルナに思い知らせた。

もうだれもいないこの広い部屋で、アズラエルは暖炉に薪を数本投げ込み、グレンの隣に敷かれた、ボロボロのマットレスに寝転ぶ。彼らはたくさんの毛布とブランケットを用意していったが、アズラエルはブランケットだけでも大丈夫そうだった。いつでも動けるように、コートは着たまま。銃もコンバットナイフも、べつに取り上げられなかったので装備したままだ。

壁時計を見ると、時刻は午前三時半。四時半を過ぎれば、薄明るくなってくるだろう。

 

グレンの息遣いは、苦しげに荒くなるか、ぴたりと静かになるかどちらかだ。

静かになると、アズラエルはあわてて息をしているか確かめる、その繰り返しだ。

 

ルナは泣きそうになりながら、その光景を見ていた。ふいにぽつりと、ルナの隣のライオンがつぶやいた。

 

……運のいい男だ。

 

アズラエルも嘆息していた。予言だか何だか知らないが、この治療がなかったら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。少なくとも、外のあの寒さに放り出されたままだったら、コートだけでは死んでいただろう。

 

「寝てるか」

ひび割れた声は、グレンのほうから聞こえた。たしかに、グレンが喋っているのだった。包帯の奥で、くぐもった声だったが。ルナもほっとしたが、アズラエルもほっとした顔を見せたのにルナは驚いた。

「寝てはいねえ。アンタは。少し寝たか」

「ああ」

軽くせき込み、「……変な夢を見た」とグレンは言った。

 

「……可愛い女だ」

「女の話か」

 アズラエルは歓迎の意を見せた。

 

「――小さくて、……ほんとに小柄で、長い髪の……可愛い女だ。こどもみてえな……。……そいつがな、待ってるから、死なないでって、泣くんだ、……なんでかな」

「……オイ」

アズラエルが身を起こした。グレンは構わず、無意識なのか――喋り続ける。

「あんまり可愛かったから、しょうがねえな、死なずにおいてやるかって思ったら目が覚めた」

「ばかやろう」

 

アズラエルは、グレンの、包帯に隠れていない顔の皮膚に触れた。猛烈にあつい。

 

「バカやろう、死ぬんじゃねえぞコラ」

 

水のはってあるたらいに、布を浸した。火傷からか、骨折からか、ひどい熱だ。

腕だけではない、身体の中の骨が折れて、内臓を傷つけているのかもしれない。

 

「……死ぬときって、走馬灯とか言って、今までのこと思い出すんじゃなかったっけか……」

「喋るんじゃねえ」

「思い出すにも、……ろくな記憶がねえからな……。そんなもんより……カワイイ女が迎えてくれるほうがいいに決まってる、……悪くねえ」

「喋るなって言ってんだろうが! 殺すぞ!」

 

グレンは、喋り続ける。熱に浮かされて。

 

「――不思議だな。俺は、まっくらな穴倉に落ちてくのが死ぬことだと思ってた。……あのドーソンの連中の、目みてえな、真っ暗やみの、穴倉ンなかに……、でも、見たか? おまえ、あの、キレーな目……」

グレンが言っているのは、夢で見た女のことなのか、ここの連中の、疑いをまるでもたない澄み切った目のことなのか――わからない。

 

「ばかやろう。オイ、目を開けろ、グレン中尉」

火傷でつぶれていないほうの目もむくんで、もう閉じられている。火傷もお構いなしにひっぱたいた。

焦ったアズラエルの声は届いているのか、届いていないのか。

 

「……俺が死ねば、ドーソンの直系は途絶える。……これで、いいんだ……」

「ちくしょう! 死なせてたまるか!」

 

アズラエルは、何人も死ぬのを見てきた。仲間が死ぬのも見てきた。自分も何人殺したかわからない。

でも。――グレンが死ぬと思ったら。

この、奇妙なほどの後味の悪さと焦燥感はなんだ。