グレンがかすかに笑った。「……ざまあ、みろだ」

「おい! だれかいねえか! 医者は!!」

 

アズラエルの喚きを聞きつけて、サルーディーバとメルヴァが駆け付けた。

「落ち着いて」

サルーディーバが布を水に浸して、固く絞り、グレンの頭を抱き起こした。

「冷やしましょう。……熱が出たんですね」

 

「ごめんなさい」

メルヴァが、大粒の涙を流して、立ちすくんでいた。

「ごめんなさい、サルーディーバ様。わたしが、」

「今はそんなことを言っている時ではない!!」

サルーディーバが初めて激した。メルヴァは雷に打たれたように体を大きく震わせた。

 

「皆を起こして。ふたりほど、暖かい格好をさせてオアシスの入り口へ向かわせなさい。いつ、救援が来ても案内できるように。あと、できるかぎり薬をもってきてください。部屋をもっと暖めて……!」

「はい……!!」

メルヴァは涙を拭きながら、部屋を出ていく。

「アズラエルさん、布を冷やしてください」

「わかった」

アズラエルが、サルーディーバから布を受け取った時だった。

グレンが急に動いて、サルーディーバの腕を鷲掴みにした。渾身の力だ。けが人の力とは思えないような力で、グレンは、サルーディーバの骨が軋むほどの力で、彼女の腕をつかんでいた。

 

「……アンタの、名前は?」

「……サルー……ディーバです……」

彼女の声は震えていた。

「あんた――キレイだな……。……綺麗な……目だ」

どんどん、グレンの声がか細くなっていく。力が抜けていく。

 

こんなキレイなものを見て死ねるなら、よかった……。

 

サルーディーバが、思いもかけない大声を上げた。彼女は泣いていた。

 

「死んではダメです。 あきらめてはダメです! 貴方は生きるんです! 生きて、宇宙船に乗って、夢に見た小さな少女に会うんでしょう!? ドーソンなんかに囚われないでください! ドーソンなど、本当はあなたにとって何の意味も為さないものなのですよ! そんなものに囚われて、苦しんで、死なないでください…! あなたはきっと…!」

 

グレンは、ごほっと血を吐き、それから動かなくなった。

 

「グレンさん! グレンさん! グレンさ……!」

 

 「サルーディーバさま!」

 大柄な青年が、部屋に駆け込んできた。

 「救援隊です! ……サルーディーバ様、救援隊です、L18の!」

 

 ルナが見ている光景は、バーガスが、L18の軍服を着た青年兵と、担架を担いで部屋にはいってきたところでふつりと途切れた。

 

 

 

 「――サルーディーバさまに、すべての責を負わせてしまったのは私です」

 

 救助のヘリコプターが、砂埃を舞い上げて砂漠にあった。上空にはL18の戦闘機が旋回している。

 グレンが担架で、ヘリの中に運び込まれていた。軍服を着た、おそらく軍医であろう男が、「心配いらない」とメルヴァたち、L03の青年たちを勇気づける声音で言った。

 「君たちの応急処置がよかった。だいじょうぶ、彼はもう心配ない。君らの処置がなかったら危うかったかもしれないがね。――礼を言います」

 

 メルヴァと固く握手をしたのち、軍医はグレンに付き添って奥へ入った。それをおって、アズラエルも乗り込もうとしたのを、メルヴァが呼びとめたのだった。サルーディーバはここにはいなかった。建物の出口で別れた。彼女はここには来なかった。

 

 「世話になったな」

アズラエルの言葉に、メルヴァは寂しげに首を振った。

 「サルーディーバ様を責めないでください」

 

 「……今回の戦に「可」と出した四人の神官のうちのひとりは、わたしなんです」

 

 メルヴァは、震えながら話した。

 今回の戦を引き起こした、後悔しても足りない、あのできごとを。

 

 『――サルーディーバ様が、「不可」を?』

 『左様。あとはメルヴァ様おひとりにあらせられます。戦の期日は近い。こたびの戦に関する予言を早くL18に送らねばなりません』

 『申し訳――ありません。なぜだか、今回は調子がおかしいのです。たしかに、戦が勝利し、この星の民が、諸手を挙げて祝杯をあげている光景は見えるのです。でも、なにか――なにか嫌な予感がするのです。そのうしろにあるものが、なぜか見えないのです。大きな黒い闇が――』

 『戦が勝利――では、「可」ということで構いませぬな』

 『お待ちください! その黒い闇がなんなのかわかるまでは――』

 『メルヴァ様。あなたはまだお若い。見えたものの中で、判断がつかぬこともおありでしょうが、こたび、サルーディーバ様以外は、みな「可」と出されたのです。御心配はありません』

 『しかし……』

 『あなたは千年に一度と呼ばれた人物であり、サルーディーバ様も百年に一度と呼ばれた偉大なる方に違いありません。しかし――見えたものをどうとるかは、経験がものをいうのです。あなたはもちろん、サルーディーバさまもまだお若い。この星で五十年も予言を続けてきた古い者たちが「可」と出した。それが正しい結論です。むろん、戦が勝利とあれば、「可」ということに間違いない』

 『お願いです、どうか、今しばらく』

 『メルヴァ様。これ以上はお待ちできません。期日が近づいています。……メルヴァ様がたとえどんな予言を「見られた」としても、それはL03の大義として、避けては通れぬ道なのです。それがお若いあなたにはわからないかもしれません。どうか、ご自重くださいませ』

 『……』

 『サルーディーバ様のように、長老会に議論を吹っ掛けるような真似は、してはなりませぬぞ』

 

 ――そのとき、悟ったのだ。あの穏やかなサルーディーバが、長老会に食ってかかるなど、よほどの出来事だったのだと。でも、メルヴァはサルーディーバのように食い下がることもできず、「不可」と言い切ることもできず――。

 

 「――サルーディーバさまに、すべての責を負わせてしまったのは私です。……サルーディーバ様は、今回の戦を、避けよう避けようとしていらした。なのにわたしは。L03のため、大義のためと言われて、反論することもできませんでした。わたしは、この地で千年に一度と言われた神官です。長老たちが、サルーディーバ様をおさえるために、余計わたしの口から「可」の選択を引き出したがったのです。でも、わたしは、わたしは……。三年後の、この戦が集結して、この星の民たちが平和に湧く――それだけしか見ていなくて。この星を追い出された住民たちが、L4系の惑星でどれだけ過酷な生活を強いられることになるかも……。気をつければ、今度の戦の、……ことも、見えていたかもしれないのに。わたしは……。グレンさんのあのケガを見てわたしは――」