アズラエルとグレンは、まるで双子のように、ぱっちりと同時に目を開けた。そしてシンクロするかのように、病院のベッド上で、同じセリフを吐いた。 「「――サイアクな、夢見たぜ」」 自分が吐いたのと同じセリフが隣から聞こえて来たせいで、アズラエルとグレンはこれ以上ないほどに顔を凶悪にしかめさせ、また同じような表情をして、同時にためいきをついたのだった。 アズラエルたちがようやく目覚めたころ、隣の病室では、ピエトが擦り過ぎて真っ赤になった両目で、瞬きもせずルナの寝顔を見つめていた。 ピエトはこの一週間というもの、ルナのベッドのそばから離れようとしなかった。むろん、学校へも行っていない。「私たちがいるから、だいじょうぶだよ」とタケルとメリッサが何度言い聞かせても、ピエトはほとんど動かなかった。ルナと、アズラエルの病室を行ったり来たりする以外は――。 食欲も俄然と落ち、ピエトの体調すらわるくなりかけている今では、ルナでもアズラエルでもいい、早く目覚めてくれと、タケルもメリッサも懇願したい気持ちだった。昏睡したまま起きないルナたちの様子に、ピピが重なったのだろう。ピエトは、六日間、まともなものを口にしていなかった。やっとジュースを口にするくらいで、固形物は食べても吐いてしまうのだ。 だが、ルナはまったく、目覚める気配がなかった。 アズラエルもグレンも――ミシェルも、そしてセルゲイも。 誰一人として、こん睡状態から目を覚まさない。 ルナが倒れて病院に運ばれたことをピエトが知ったのは、真砂名神社の階段でさわぎがあった日の、十九時も過ぎたころだった。 学校から帰ってきたピエトは、めずらしくルナが家にいないことに首を傾げながら、部屋でおとなしく待っていた。だが、外が暗くなり始めてもルナは帰って来ない。隣室のミシェル宅も不在、二階の、グレンやカレンたちの部屋も不在。おとなたちはみんな、いなかった。さすがにおかしいと感じたピエトは、タケルに連絡し、ルナが――アズラエルやグレンたちも、病院にいることを知ったのだった。 ピエトは初めて、タケルとメリッサのまえで不安を吐露した。 ルナが起きない、みんなどうなっちまったんだよ。いったい、何があったの。 ピエトはまだ十歳だが、尋常でない事態になっていることは、さすがに分かった。 ペリドットから電話が来て、病院を飛び出していったっきり、帰って来ないセルゲイを心配していたカレンも。 カザマから真砂名神社での顛末を聞き、事情を知ったカレンが強引に退院してきてから、メリッサとタケル、彼ら大人たちは、ピエトにどう説明すべきか話し合った――そして、すべてを包み隠さず、話すことに決めたのだ。 メルヴァのことも、ルナが、そのメルヴァに命を狙われているかもしれないということも――。 おそらく、これからいくらでもこういった事態は起きる可能性がある。ピエトがルナと暮らしていくというのなら、隠し続けることは難しいだろうという結論になった。 ピエトは絶句して大人たちの話を聞いていたが、こどもは大人より、柔軟だ。それにピエトはとても頭がいい。おとなでさえ整理しきれない事態の把握を、あっというまにやってのけた。そして、力強く決意した。 「ルナは俺が守る」と。 ルナたちが倒れて六日後、やっと病室に姿を見せたアントニオが、ルナたちは一週間後――つまり明日、明後日には目覚めるだろう、死の危険はないとピエトに言い聞かせてくれたおかげで、ようやくピエトはまともな食事を取りはじめた。 今日が、その一週間後だ。 ピエトは朝から、落ち着きなく病室内をうろつきまわり、ベッドのそばの椅子に腰かけては、「ルナ、ルナ」と眠ったままの彼女に呼びかけた。返事がないと分かると、そのまま隣室のアズラエルとグレンの病室にかけていき、同じことを繰り返す。朝から病室にいたタケルは、ピエトの薬の時間と食事には気を配っていたが、とくにたしなめることはしなかった。 そして、アントニオが予告した、七日目の朝十時。 「ピエト、――ピエトくん!」 隣室にいたタケルが、ルナの病室に駆け込んできた。 「アズラエルさんとグレンさんが、目を覚ましたよ!」 ピエトはその言葉に、うさぎでもこれほど跳ねられないだろうというくらい跳び上がって、病室を飛び出した。 何度となく往復した隣室に駆け込んで、「アズラエル! グレン!」と叫ぶと、「おう」という野太い声が、どちらのベッドからも聞こえてきた。包帯だらけの二人は、起き上がってこそいなかったが、ちゃんとピエトの方を見ていた。 「生きてる……!!」 「ったりまえだ。勝手に殺すな」 ピエトは溢れかえる涙を拭きながら、アズラエルに飛び乗った。 「うごあっ!?」 「こっこら! ピエト君! 彼らは全身骨折してるんだから、乗っちゃダメだ!」 タケルに言われて、ピエトはあわててベッドから下りた。 アズラエルとグレンはまさに満身創痍だった。両腕も両足も、指に至るまであちこち骨が折れていて、肋骨も何本かお陀仏だった。グレンに至っては、肺も傷ついた状態で、アズラエルは頭がい骨にもヒビが入っていた。 アズラエルたちは、包帯でぐるぐる巻きになって吊るされている、自身の片足を見てふたたび嘆息したのだった。 二人の状態を見たとき医者は、なにかおそろしい重さのものに圧迫された状態だと見抜き、よく内臓が無事だったと心底感嘆していたのだ。アズラエルもグレンも、常人よりずっと鍛えられた体躯をしている。だから内臓がほとんど無傷ですんだのだと。 掠れてはいたが、二人の声はしっかりしていて、「心配かけたな、ピエト」とアズラエルは動く方の右手で、グレンは左手でピエトの頭を撫でたので、ピエトは、「心配なんかしてねえよ……!」と鼻を啜った。 「ルナはどうした? みんなは――」 グレンの台詞に、ピエトは首を振った。 「ルナはまだ起きねえよ。それに、べつの病院に運ばれたミシェルとセルゲイ先生も、まだ起きて――」 タケルがふたたび、病室に駆け込んできた。笑顔でだ。 「ルナさんが、起きました!」 ピエトはアズラエルとグレンと顔を見合わせ、アズラエルは「行って来い」というように顎をしゃくった。ピエトはまた、野ウサギのように元気に飛び跳ねて隣室に向かった。 それを目だけで見送り、「おはようございます」とすこし疲れた声で、タケルはアズラエルたちに会釈した。 「だいぶ寝た気がするぜ――十年分くらいな」 グレンの嘆息染みた声に、タケルは小さく笑った。 「せいぜい一週間といったところですよ。おふたりとも、ご気分は? お医者様をお呼びしていいですか」 「一週間ね……」 「俺たちみたいに、寝たまま起きねえヤツがほかにもいるのか。ルナ以外に?」 「はい。ミシェルさんと、セルゲイさんも。彼らは中央区の病院に搬送されています。でも、アントニオさんの話では、彼らも今日中に目覚めるだろうとのことです」 首から頭まで包帯で固定されたアズラエルは、動きづらそうに身じろぎした。 「ここはいったいどこだ。中央区の病院じゃねえのか」 「違います。ここはK05区の病院ですよ――アントニオさんの指示で、ルナさんとおふたりは、ここに運ばれたんです」 タケルの言葉の途中で、医者が入ってきた。数名の看護師を引き連れて。 「具合はどうですか」 彼らに声を掛けられ、あちこち身体の様子をたしかめられている間に、タケルは、ルナの方の部屋に行ったのか、姿が見えなくなっていた。医者たちが、ひととおり二人の様子を確かめて、またぞろぞろと部屋からいなくなった。 電子機器の音だけが響く部屋に、沈黙が訪れる。グレンが、まるでひとりごとのようにぼやいた。
「……傭兵野郎、おまえ、夢を見たな?」 |