アズラエルは目を見張ったが、首が固定されていて、グレンの方を向けない。すぐに自分もひとりごとの形を取った。

 「見たよ」

 「俺は、てめえに、ウソをついた」

 アズラエルは、今度はほんとうに驚いた顔で、動かない首をむりやり横に向けてグレンを凝視したが、グレンは天井を見つめたままだった。

 

 「俺がガルダ砂漠で夢に見た、小柄で髪の長い、可愛い女ってのは、ルナじゃねえ」

 

 アズラエルは、それがだれか聞こうとして、聞くまでもないことに気付いた。

 夢を見た――グレンも恐らく、自分と同じ、ガルダ砂漠の夢を見たのだ。

 過去の夢を。

 そしてもしかしたら――動物たちが会議をしていた夢も。

 

 「――こどもみてえな女と言ったじゃねえか」

 

 子どもみたいで小柄、髪の長い女と聞いたことで、アズラエルはすっかりルナのことだと思い込んでいた。だがよく考えてみたら、グレンの羅列した特徴は、だれにでもあてはまる曖昧な特徴で、なにひとつ個性を表すものはなかったのだ。

 やっとそういったアズラエルの言葉を、グレンは飲みこむようにひとつ沈黙し、

 「子どもみてえ、なんじゃなくて子どもなんだよ」

 苦笑気味に言った。

 

 「――幼いころのサルーディーバだ」

 「なんだと……?」

 「ルナじゃねえよ……」

 寂しそうにつぶやくグレンに、アズラエルはこたえる言葉が見つからなかった。

 

 

 

 ルナは隣室で、泣きじゃくるピエトをぎゅうっと抱きしめたあと、部屋に飛び込んできたカザマに、自分が抱きしめられたところだった。

 「良かった……! ルナさん、どこか痛いところはない? 平気ですか? 声は出ます?のどは乾いていない?」

 カザマは涙ぐんでいた。真砂名神社で見たときのような、近づきがたい、一種浮世離れした彼女のおもかげは微塵もなかったので、ルナは少し安心した。

 

 「だ、だいじょうぶです、あたしは……そ、それより、アズは? グレンは、だいじょうぶ……」

 「ふたりとも、さっき起きたよ! ケガはしてるけど、元気だった!」

 ピエトはルナにしがみついたままそう叫んだ。

 「ケガ!」

 やはり、無事ではすまなかったのだ。ルナはベッドから飛び降りかけたが、一週間も寝込んでいたこともあって、足がすっかり萎えてしまっていた。

 

 「ルナさん、落ち着いて。彼らも今、目覚めたばかりだそうです。隣にいますよ。安心して」

 カザマが、ルナの肩と背をさすってくれる。

 「それから、ミシェルさんとセルゲイさんは、中央病院にいます。お二方も先ほど目覚められたと、連絡がありました」

 「ミ、ミシェルも……セルゲイも?」

 みんな、倒れてしまっていたのか。ルナのつぶやきに、カザマはうなずいた。やはり、あのとき神を身に宿した人間は、アントニオとカザマを抜かして全員昏睡してしまったらしい。

 

 「ミシェルさんとセルゲイさんには、カレンさんとジュリさんがついてらっしゃいます。だから、心配なさらなくてもだいじょうぶですよ」

 私も、毎日ようすを見に伺っていましたから、とカザマは、ルナを安心させるように言った。ルナはだが、そのカザマの言葉に、約一名、いるはずの人間の名が出ていないことに気付いて、おもわず尋ねた。

 

 「クラウドは……?」

 クラウドが、ミシェルのそばについていないはずはない。

クラウドももしや、倒れて?

 

カザマは困惑した顔で首を振った。

「クラウドさんは、あの日から行方不明なんです」

「えっ」

「宇宙船は、この一週間、どの星にもエリアにも停泊していませんから、彼が宇宙船を降りていることは考えにくいですが、居場所が特定できません。クラウドさんの持っていらっしゃるものと同じGPS装置が船内の科学センターにありますが、その機械でも、クラウドさんの居場所を見つけることができません。――どこに行ったか、わからないんです」

 

 

 

 宇宙船内居住区の西――K29区。

 L3ナンバーの惑星から来た科学者や研究者の居住する区域であり、科学センターがある。ジュリが先日、学校のイベントで見学に来た場所だ。

ジュリたちが見学していったのは、およそ100ヘクタールもある敷地内の、青少年向けに、科学館だのプラネタリウムだのが併設された遊び場の様なところだ。もっと奥には、大学に併設された専門的な科学研究所があった。ここにはL系惑星群最先端の科学技術が集結している。

 クラウドは、その研究所の一室を貸し切っていた。

 九つのモニターが設置されているほかに、クラウドが手元の端末を弄ると、デジタルの画面が空間に浮かび上がる、ひろいコンピューター・ルームだ。

 クラウドは何もない空間に現れた緑色のキーボードを打った。クラウドの指が触れたところだけが赤色に点滅し、エンターキーを押したとたん、クラウドの周囲は一面、カードと、何色ものカラーの線で埋まった。

 

 「よし――成功だ」

 クラウドは、赤青黄色の電子線と、カードが敷き詰められた空間の中央で、満足げに微笑んだ。

 クラウド式、ZOOカードとでも言おうか。

 むろんこれで、サルディオネがするような占いはできないが、カードの種類と人間関係の線はひとめで分かるようになっている――この複雑にからみあった糸の相互関係を、ひとめで理解するのには、クラウド並みの頭脳がいることは違いないが。

 

 クラウドは寸時の満足にひたると、すぐに手元の端末を動かした。動物の絵柄のカードが、一転して人の顔写真に変わる。

 グレンは、カレン、グレン、ロビン、――そして、おそらくアズラエルがそばにいたら、「だれだ?」と首をかしげる人物の顔写真をクローズアップした。

 

 (まったく俺も――最初から、こうしていればよかったんだ)

 

 クラウドは、フードを深く被った、無表情の男の顔写真をにらみ、真砂名神社で猛烈に後悔した、おのれの過去をしばきあげながら、心の中だけでつぶやいた。

 (ミシェル、ごめんね。しばらく帰れないけど)

 カレンに伝言を預けてきた。カレンから、ちゃんとミシェルには伝わるだろう。

 みんなのもとに帰るのは、すべての情報を整理しきってからだ。

 ペリドットにはすでに会ってきた。彼に会ったことで、欠けていた情報が、完璧とはいかないが、じゅうぶん埋まった。

 

 (俺の役目は、L18――すなわち、軍事惑星群に関わることだと言っていたな)

 ミシェルを通して、百五十六代目サルーディーバはそう言った。

 クラウドのZOOカード、「真実をもたらすライオン」がもたらす真実とは、軍事惑星群に関わることなのだ。

 (だとすれば、マリーの残した、パスとIDも、軍事惑星群関連のことだろう)

 クラウドはまた手元の端末で、マリーの顔写真の横に、もうひとつ電子ページを浮き上がらせた。マリアンヌが書き残した手紙だ。

 マリアンヌが拷問されるきっかけになってしまった、手紙。