――長老会様、マリアンヌです。 しつこくお手紙を差し上げて申し訳ありません。ですが、どうかもう一度考え直していただきたいのです。マリアンヌの予言が信じられぬというならば、どうかサルーディーバさまに申し上げて、高位の予言師様たちに伺ってください。 あのサルーディーバ様を――私たちの若き姉であるサルーディーバ様を、地球行き宇宙船に乗せることは決してしないでください。あれだけお止めしたのに、皆さまはお姉さまを宇宙船に乗せておしまいになられました。 それは、メルーヴァの改革の、もう一つの道なのです。 サルーディーバ様がL03に残れば、三年後、とある若者がL03を訪れます。そうすれば、イシュメルが生誕し、革命はL03内で収束し、たった三年で終わるのです。たくさんの血が流れることもありません。 しかし、サルーディーバ様を宇宙船に乗せれば、もう一つの改革の道――L系惑星群が戦禍に巻き込まれることとなります。それはL4系から戦争の火種が発し、いずれ全土におよびます。L18でも異変が起こります。ドーソン一族は完全なる滅びを迎えるでしょう。L18を支配するドーソン一族の力がなくなるということは、L系惑星群の軍事惑星の要ともなるL18の体制が揺らぐことになります。多かれ少なかれ、そうなります。そうなれば、L4系の反乱を、抑えきれなくなる。それによって、L系惑星群に戦火が広がるのです。 L03とL18の異変は、同時に起こってはならぬのです。 どうかいま一度、お考え直しくださいませ。マリアンヌの言葉を、お聞きくださいませ。 サルーディーバ様を、宇宙船からL03に呼び戻してください。 どうか、マリアンヌを信じてください。 お願いします。 わたしは、L03のために、この小さな命を投げ出しましょう。わたしの不出来な弟のしでかした、たった一度の過ちを許してもらうためにも。 長老会様、どうか、すべての民の幸せをお守りください。 たくさんの血が、流されるようなことがあってはならぬのです。 どうか、どうか、このマリアンヌの祈りをお受け取りください。 マリアンヌ (――おそらく、ルナちゃんとメルヴァの接触と同時に、L18に、なにかが起こる) クラウドは、すでに暗記している手紙の内容を、もういちど活字にして読んだ。そのほうが、新しい発見をしやすいからだ。 (マリーは、ルナちゃんとサルーディーバの接触を憂えていた。でもそれは、ふたりが接触するとL18に革命とか異変が起きるとか――迷信染みた話じゃない) クラウドは、ラガーで聞いた、カサンドラだったときのマリアンヌの言葉を反芻した。 ――あたしは、サルーディーバをこの宇宙船に乗せてはいけない。そう言った。……何度も、何度もだ。そうすればL03は滅び、やがて、L系列惑星群におおきな変革が起こる。あたしは何度もそう言った――でもだれも信じやしなかった。力を失った予言師が、L03を離れても、だれも気にはしない。ましてや、サルーディーバがL03を害することなど。皆そういう。あたしを信じないのは、あたしがカサンドラだからさ――。 (マリーが憂えていたのは、L系惑星群に大きな変革が起こって滅びることだ) L18と、L03だけではない。だが、L系惑星群の変革は、この二つの星の変革をきっかけに、起こるのだ。 L18に変革が――つまりドーソン一族が更迭されたことによって起こっている、ここ近年の危機は、L系惑星群の滅亡とも容易につながる。戦火の拡大は、L55の中央政府が非常事態宣言を出すまでになっている。 戦禍の火種であるL系惑星群全土の原住民を煽動してまわっているのは、L03の革命家メルヴァで、それを支援しているかもしれないのは、ドーソン一族。 そして、L03――太古のラグ・ヴァーダ星の女王が、ドーソン一族に三千年の繁栄を約束した。 その三千年後が今だ。 奇しくも、L18とL03は、連動している。 L系惑星群が滅ぼされないためにはどうしたらいいのか。 マリアンヌは、“イシュメルの生誕”を重視している。イシュメルが生まれると、戦争は終結するという話だ。 だとすれば、マリアンヌがL系惑星群の平和のために、一番望んでいることは、一日も早くイシュメルが生まれること。 (マリーが心配していたのは、ルナちゃんとサルーディーバが接触することによって起きる、サルーディーバの“混乱”だ) マリアンヌの手紙によれば、サルーディーバが宇宙船に乗らなければ、とある若者――つまり、グレンがL03を訪れる。そしてふたりは結ばれ、めでたくイシュメルが誕生し、世界に平和が訪れる――というシナリオがあった。 グレンがL03に向かうつもりだったことは、たしかだ。クラウドはグレン本人から聞いている。グレンは、地球にたどり着いた後、L03に行って、ガルダ砂漠の命の恩人であるサルーディーバに会い、直接礼を言いたいと希望していた。 (サルーディーバがルナちゃんに会わなければ、たぶんこのふたりは、もっと素直に結ばれていたかもしれない) あくまでも予想でしかないが、クラウドはそう考えた。 サルーディーバは、グレンがルナを心から欲していて、愛していることを知っている。 だがそれを「見せつけられる」のと、「知っている」だけでは、気持ちはだいぶ違うだろう。 (グレンがルナちゃんを愛していることを知っていても、サルーディーバが宇宙船に乗らず、ルナちゃんを知らない状態なら、イシュメルを産むためだけにグレンと寝ることは、できるだろう) 生まれたときから神として育てられたひとだ。使命感に駆られれば、おそらく、サルーディーバはそれが可能だ。生き神と呼ばれるほどの存在で、博愛主義も、犠牲的精神も、常人の度を越している。 だが――そこに恋情がからまると、とたんにコトはややこしくなる。 (サルーディーバが宇宙船でルナちゃんという人物に出会い、その存在を認識してしまったせいで、状況はひっくり返った) サルーディーバは、ルナとグレンの結びつきを必要以上に見せつけられ、混乱をきたしている。 だれだって、ほかの女を熱愛している男の子どもを産めと言われて、素直にうなずけるわけがない。けれども、サルーディーバは使命感でそれを成し遂げられるはずだった。 知らない方が幸せ――という言葉を、クラウドはこれほど痛感した記憶はない。 サルーディーバはこの宇宙船でルナと出会ったことによって、ルナとグレンの結びつきも、より顕著に見せつけられる結果となってしまった。――心を痛めるほどに。 (サルーディーバはもしかしたら、グレンのことを好きかもしれない) マリアンヌの案じた“混乱”は、サルーディーバの恋情なくしては成り立たない。 (サルーディーバも、俺がミシェルの夢を見ていたのと同様、小さなころから、グレンの夢をみていたかもしれないな……) サルーディーバはクラウドの数倍は摩訶不思議に近い存在である。その推定も外れてはいないだろうとクラウドは思っていた。 (ガルダ砂漠で会ったのがはじめてじゃない。サルーディーバは、おそらく――小さなころから、グレンの夢を見ていた) グレンが愛する少女、ルナのことも、きっと。 (実際ペリドットの話によると、サルーディーバはルナちゃんとグレンをくっつけようと頑張っているらしいが……) 予想の範囲内ではあるが、クラウドは嘆息した。 ややこしい事態にもほどがある。 サルーディーバがL03にいたままなら、こんな面倒な事態にならずに済んだのだ。 ルナという人物に接触する前だったら、サルーディーバの恋心も捻じ曲がった方向にいかずにすんだかもしれない。 サルーディーバの待つL03に、無事グレンが来て、L03でイシュメルが生まれることにより、戦争が終結し、平和が訪れる。 サルーディーバが宇宙船に乗ったことで、そのシステムが総崩れになってしまったのだ。 そしてこともあろうに、サルーディーバ本人が、ルナとグレンを結び付けるために奔走しているのだという。 このままでは、“イシュメルが生まれない”。 |