知らなかったとしても、それを告げたところで、サルーディーバがグレンへの恋情を素直にみとめることは、もう、ないかもしれない。

 (恋心ほど複雑で、ストレートにいかないものは、ないしな)

 そのあたりは、急を要することではない。この事実をサルーディーバかアンジェリカに確認するとしても、ペリドットが確認していないということは、“口に出してはならないこと”とひとつかもしれない。

 (ラグ・ヴァーダの武神に、聞かれてはならないことのひとつか)

 クラウドは、それを頭の片隅によけて、かわりに軍事惑星群を中心に据えた。

 

 (メルヴァ関連は、――ルナちゃんの夢待ちするしかない。俺にできることは、)

 クラウドは、カレンとグレン、ロビンに並んだ、深くフードを被った、するどい目つきの男を、クローズアップした。

 

 L55中央政府が、非常事態宣言を出した。

 (いよいよだ)

 オトゥールたちの改革は間に合わない。L11の監獄星から、更迭されたドーソンの宿老たちが、呼び戻されてしまう。

 そうなれば、また軍事惑星群は血にまみれる。

 

 (俺の役目は、まずはコイツをつついてみることだ。軍事惑星群のために)

 彼のデータの、ZOOカードの欄に名称はなかったが、動物の名は、だいたい見当がついた。

 

 (鳩、だな)

 

 オルド・K・フェリクス。

 居住区K32区。

 同乗者、ライアン・G・ディエゴ。メリー・M・アップル。ルパート・B・ケネス。

 出身星L18。傭兵グループ「アンダー・カバー」幹部。

 

 (俺の目をだまくらかそうったって、そうはいかないよ。“ヴォールド”)

 

 クラウドは不敵に笑い、ジャケットをひっかけて、コンピューター・ルームの自動ドアを抜けながら携帯電話を手にした。

 

 「……もしもし? ピエト?」

 『あっ! クラウド』

 クラウドは手元のGPSでピエトの位置を確認した。K05区の病院内だが、周囲にルナや、仲間の気配はない。

 『クラウド! ルナもアズラエルも、グレンも起きたよ! それでね、ミシェルとセルゲイ先生も起きたって、さっきカザマ……カザマさんが言ってた!』

 

 ――ミシェル!

 

 クラウドは安堵にほっと胸をなでおろすと、「周りにルナちゃんたちはいないね?」とわざとらしく聞いた。

 『う、うん! ちゃんと俺、ひとりだ。ルナにも、ほかのみんなにも、この電話のこと言ってねえから!』

 「よかった。――ピエト、ルナちゃんが起きたなら、さっそくだけど、頼みがある」

 『ああ! なんだよ』

 「ルナちゃんがZOOカードをつかうときは、必ずそばにいて。それで、鳩のカードを見つけてくれ」

 『ハトのカード?』

 「そう。鳩の絵がついたカードだ。どんな絵柄だったか、教えてくれ。名前もね。それから、ルナちゃんがそのカードについて、なにか言ったら、そのことも」

 『わ、分かった! まかせろ!』

 

 頼もしいピエトの返事だった。ピエトはクラウドほどではないが、記憶力もいいし、理解力も同年の子にくらべてずば抜けている。

 クラウドは、自分の留守中の仲間とのつなぎを、ピエトに一任した。シャイン・カードと、携帯を使用できる権限は、バグムントを脅して認可させた。バグムントに脂汗を百年分かかせた見返りは、じゅうぶんするつもりだ。

 クラウドが、軍事惑星群崩壊を、食いとめる道をさぐる。

 (まずは――“アーズガルド”から、崩壊を食い止める)

 クラウドは、指紋認証システムの扉を幾重にも潜り抜け、シャイン・システムでK34区にむかった。

 

 

 


 「――ルナさん、わたくしたちは、あなたに謝らなければいけません」

 

 ピエトがいきなり出て行った病室で、カザマは、ぼさぼさのルナの髪をブラシでとかしてあげながら、神妙な声で告げた。

 「真砂名神社で、あの“儀式”が行われることは、予定されていたことでした……」

 カザマが目を伏せた。あわせる顔もないといったふうに、カザマの声がすこし沈んだ。

 「あれはやっぱり、儀式だったんですね」

 ルナは、真砂名神社での顛末を思い返しながら、うなずいた。

 アストロスの兄弟神が、アズラエルとグレンの前世として“蘇る”儀式――とでもいえばいいのか、とカザマは言葉を選びながら、ぽつぽつと説明した。

 

 「あれは、メルヴァとの戦いの予行練習でもあったんですよ」

 「よ、予行練習?」

 ルナは目をぱちくりとさせた。

 「ZOOの支配者が、ペリドットひとりでもだいじょうぶかどうかということを検証する儀式でもあったんです」

 「――?」

 ルナは話が呑みこめなくて、首を傾げた。

 「メルヴァと、メルヴァの軍には、通常の軍隊では太刀打ちできません」

 カザマはどこまで言っていいのか悩んでいるようだった。それは、ラグ・ヴァーダの武神に知られるから言ってはいけない、というよりかは、ルナの顔色を気にしているようだった。

 ルナが、大丈夫ですと口で言う代わりに、精いっぱいのキリリとした顔をしてみると、カザマの目にどう映ったのか――カザマの肩がすこし下がった気がした。

 彼女はルナの髪をとかすのを再開させ、続けた。

 

 「どんな形で、メルヴァが攻撃を仕掛けてくるのか、定かではありません。ですが、ラグ・ヴァーダの武神をよみがえらせたメルヴァの軍は、――通常のL20の軍隊では太刀打ちできません。太古のたたかいの、二の舞になってしまうでしょう。アストロスの弟神と、地球の軍隊が戦ったときのように」

 「――!!」

 

 ルナは息をのんで顔を強張らせた。キリリとしたはずの顔は一転、情けないふくれっ面に変わった。

 ペリドットの話を思い出す。

地球の軍隊が、アストロスの弟神ひとりに敗れ去った話を。

今回は、アストロスの弟神がラグ・ヴァーダの武神だとして――ルナたちが、地球の軍隊なのだ。

 

 「神がやってくるのですから、こちらも神が立ち向かわねばなりません。アズラエルさんとグレンさんの前世、アストロスの兄弟神を、今生きているお二人の身体に蘇らせるには、ZOOの支配者の禁術、“回帰”が必要です」

 「かいき?」

 「はい。アストロスの兄弟神は、アズラエルさんとグレンさんの八回前の前世。つまり“八転回帰”しなければなりません」