「はちかいまえ……」

 ルナは一生けん命、寝起きの頭で理解しようとした。

 

 「ペリドットは、“八転回帰”は可能でした。ですが、“千転回帰”は不可能だということがわかった」

 「せんてんかいき?」

「ええ。“回帰”術のリスクは、周囲の、縁の濃いZOOカードも巻き込んでしまうということです。つまり、おふたりをアストロスの兄弟神にしてしまうと、ルナさんは“メルーヴァ姫”、セルゲイさんは“セルゲイ・B・ドーソン”、ミシェルさんは“ラグ・ヴァーダの女王”――そしてわたくしが、“アストロスの女王”、アントニオが、“地球から来た調査団の長”といった具合に、その時代の魂が一緒に蘇ってしまうというわけです」

「それは――なにか――だめなの」

「ダメなんです」

カザマは深刻な面持ちで言った。

「ミシェルさんはいいでしょう。“ラグ・ヴァーダの女王”としての彼女ならば、“百五十六代目サルーディーバ”と同じくらい力がある。けれど、セルゲイさんは、“夜の神”として、そしてわたくしもアントニオも、“昼の神”と“太陽の神”としておかなければ、メルヴァに対抗できません」

「あ……」

ルナは口をぱかっと開けた。

 

「アズラエルさんとグレンさんだけは、“八転回帰”、わたくしたち四神は、“千転回帰”しなければならないのです」

「せん……」

 ルナが唾を飲んだのを見て、カザマは苦笑した。

 「わたくしたちの転生の数は数えきれない。ある数を超えると、まとめて“千”と記される。……“千転回帰”だけおこなうと、私たちは四神になりますが、かわりにアズラエルさんたちは、“船大工の兄弟”になってしまう。船大工では、武神に勝てません」

 「……」

 「つまり、ZOOの支配者はふたり必要なのです。“千転回帰”と“八転回帰”を同時におこなうために」

 

先日の真砂名神社でおこなわれた儀式では、ペリドットが“千転回帰”を、真砂名神社の力のある神官が五十人もあつまって、“八転回帰”をしたのだという。

しかし、結果はあのとおりだった。

武神は呼び出せたが、アズラエルとグレンは武神と一体化できずに押しつぶされ、生死の境を彷徨った。神の手助けがあったとはいえ、なんとかアズラエルとグレンが頂上まで持ちこたえたため、武神は彼らを依り代と認めて、ふたりのなかに鎮まったのだという。

ペリドットは千転回帰できたはいいが、神を一体ずつしか召喚できず、力も小出しにしか表せなかった。十段ずつ引き上げる力しか出せなかったのだ。

「本番」では、四神を一気にぜんぶ千転回帰せねばならない。それも、数分ではなく、何日もその状態を維持しなければならない可能性がある。

ペリドットは“八転回帰”は余裕でできるが、“千転回帰”はどんなにがんばっても、あれが限界だということがわかった。

 

「ペリドットは偉大なる力の持ち主です。あそこまでできたのは、ペリドットの力が強大だったためです。ですが、“回帰”術をどれだけ扱えるかは、術者の神力のおおきさはあまり意味をなさない」

「えっ……」

「どれだけ魂が古いか、によるのです」

 

ペリドットも古い魂ではあるが、地球時代を二千年生きたほどで、ルナたちには及ばない。ペリドットよりももっともっと太古の魂――ルナが月の女神だった頃の前世を呼び起こすためには、同じ時代を生きた魂でないと、呼び起こせない。

 

「――あ!」

「分かって、いただけましたか」

 

カザマの笑みに、ルナはようやくわかって、何回も首を縦に振った。

 

――アンジェ!

 

ペリドットが、ルナにアンジェリカを助けてくれといった意味が、ルナはようやくわかった。おそらく、アンジェリカが、“千転回帰”ができる、唯一の術者なのだ。

 

だけれども、いったい、アンジェリカになにが起こっているというのだろう。

ルナが最後に会ったのはいつだったか。電話をしたのは、いつだったのか。

ZOOカードをつかえなくなっているというのは、本当なのか。

 

「本当です」

カザマも肩を落として言った。

「わたくしも悪かったかもしれません。あの子は助けを求めて来たのに、叱ってしまった。ついつい、あの子にはきつく当たってしまいがちで……」

ルナさんには分からないかもしれませんが、とカザマは前置きして言った。

「あの子のように、若い身空でサルディオネとなるのは、大変なことなのです。サルディオネとしてのひとことが、どれだけ人の人生を左右してしまうか――重圧でもあるけれど――あの子の口数の多さには、ハラハラさせられることがよくあります。ですから、甘やかしてはならないと思って、顔を見れば叱ってしまう。……心労が、積み重なってしまったのかもしれません」

「……落ち込んじゃったのかな」

「アントニオに聞いたところによると、ペリドットにもきつい言葉を投げかけられたようで――アントニオとペリドットがケンカしたところなど初めて見ましたわ、わたくし」

「え!? け、けんかしたの!?」

あのアントニオが怒るところなど、ルナには想像できなかった。

 

「ええ。ペリドットは、当然のことを言ったまでだと譲らない。アンジェリカも追い詰められているところにつめたい言葉を掛けられて、傷つかないはずはないと――アントニオは優しいですから――でも、ペリドットは、アンジェリカがZOOカードを使えなくなったのは、心労とか、落ち込んだせいではない、と主張するのです。別の原因だと」

「べつのげんいん?」

「アンジェリカは、わたくしやペリドットの言葉くらいで、落ち込むような女ではない――もっとほかの要因があるはずだと。――アントニオには失礼ですが、わたくしも、そう思いました。あの子は強靭で賢い子です。叱られて落ち込みはするでしょうが――ZOOカードがつかえなくなるほどの心的外傷を負うほどのことは、ないとわたくしも思います」

でもいくら勝気なあの子でも、ひどく落ち込むことはあるでしょう、とカザマは、自身が落ち込んだような声で言った。

 

「……やっぱりまだ、原因は分からないんだ」

カザマは頷いた。

「ええ。ZOOカードといっしょに、リズンの二階に閉じこもったまま、出てこないそうです。アントニオが毎日差し入れている食事は取っていますし、真砂名神社の方に出たりもしているので、顔は見ていますが――」

 

ルナが、ぷっくりほっぺたを、ぱん! と両手で叩いたので、カザマは飛び上がるところだった。

「ど……どうしたの、ルナさん」

「あたしがんばるからね! カザマさん!!」

ルナなりの気合いだったのだ。カザマは綺麗な目を思いっきり見開いて、それからくすりと笑い、「……頼りにしています」と小さく頭を下げた。