「元気が沸き起こっていますか! アーズラエル、グーレン!!」

 「わ! 元気そうだねえ、よかったよかった!!」

 「この格好のどこをどう見て元気だと判断した!? おまえら!!」

 アズラエルの掠れた怒鳴り声に、車いすを押して病室にやってきたベッタラとニックは、ふたたび全開の笑顔で笑った。

 「冗談が言えるなら元気じゃないか!」

 「なんでおまえらが来るんだよ。ルナの顔を見せろ! てめーらのむさくるしい面より先に!!」

 「僕、むさくるしいなんて言われたの、初めてだ!!」

 ニックが顎のあたりを擦りながら、嬉しげに言った。

 「小さなころは、男かどうかも怪しいって言われてたし、むさくるしいは褒め言葉だね!」

 ニックには皮肉も悪口も効かない。グレンは忘れていた自分を憎み、枕でも叩きたい気持ちだったが、全身複雑骨折では指先も動かない。

 

 「なんなんだ、おまえらは! なんであのとき、真砂名神社に来てたんだ。その車椅子はなんだ!」

 「おまえらだって怪我してただろ。どうした、怪我は」

 話題から確実に逸れゆくニックのマシンガントークがはじまるまえに、アズラエルとグレンは、一週間まえ、重みで聞けなかったことをこれでもかと聞いた。

 たしかにあのとき、ニックは肩を、ベッタラはろっ骨を折ったはずなのに、今目の前にいるふたりは健康体そのもの。包帯も巻いていなければ、怪我をしたはずの肩をニックはぐりぐりまわしている。

 

 「まだ完治とはいかないけど、全治三ヶ月が、十日間に短縮されたことはたしかだよ」

 「十日だと!?」

 ろっ骨は、十日でくっつきはしない。骨まで見えていた複雑骨折の肩もだ。

 「ワタシはもう、すっかりだいじょうぶです!」

 ベッタラに至っては、折れたはずの肋骨がある場所を、でかい拳でガツンと叩いた。

 

 「……おまえらはなんだ。化け物か」

 「アノールの兄弟神とか言わねえだろうな」

 二人の冗談はめずらしくスルーされたので、二人のニックに対するいらだちは増した。

 「僕たちの治療期間が短縮された場所に、君たちも連れて行こうと思って来たんだよ」

 「行きますよ、グーレン」

 ベッタラは、ニックの話が終わるまえに、さっさとグレンのベッドに寄って、肋骨を折っていた男とは思えないほどの力強さで、あっさりグレンを持ち上げて車いすに乗せた。

 相変わらず、人の意見はガン無視の奴らだ。

 

 「どこに連れてく気だ! 全治三ヶ月が十日だと!? バカを抜かせ、もう摩訶不思議はゴメンだ!」

 グレンの心の底からの叫びだった。だがニックは、腰に手を当てて、おじいちゃんが孫をたしなめるように恐い顔をしてみせた。

 「君たちがそれでいいならいいよ」

 ベッタラは、グレンに続いて、アズラエルもさっさと持ち上げて、車いすに乗せた。

 「真砂名神社で君たちの身に起きたできごとの、理由もきかずに寝ていられるとは思えないけどね。君たちは入院七ヶ月。完治までにはもっとかかる。それでいいの? 七ヶ月もおとなしくベッドに縛り付けられてるつもり?」

 「……」

 それを言われると、アズラエルもグレンも返す言葉がない。

 

 「僕たちは、全治七ヶ月を一ヶ月に縮めてあげようといってるんだよ。摩訶不思議がいらないっていうんなら、それでいいけど?」

 「グーレン、聞きわけなければなりません。アナタのケガは、明日にも治る見込みがないのですから」

 「意味が分からねえのに、腹が立つのはなんでだ……」

 グレンは負け惜しみを呟いたが、ベッタラはさっさとグレンの車いすを病室の外に出そうとした。その隙間から、天使がぴょこたん☆と顔を出した。ニックのように生態系が天使の天使ではなく、アズラエルとグレンが心から癒されるラブリー☆エンジェルというやつである。

 

 「アズ! グレン! おはよう!」

 一週間の昏睡状態からよみがえった後としては、あまりにも呑気な第一声ではあったが、ベッタラとニックが、「「おはよう!」ございます!」とアズラエルたちより先にあいさつを返したので、さっそく出鼻をくじかれたふたりは、苦々しげな顔で生態上天使と、自分たちをお姫様抱っこした共通語が残念な男を睨まねばならなかった。

 たしかに、今のままでは、ルナを抱っこして頬ずりするどころか、ベッタラにお姫様抱っこされる屈辱に耐えなければならない。ニックにまでされたらそのまま死ねるレベルだ。

 

 「ルゥ、気分はどうだ。悪くねえか」

 ルナは、アズラエルとグレンの様子を目にしたとたんに、目にいっぱい涙をためはじめた。

 「あたしより、ふたりのほうが重傷だよ!!」

 ルナは、アズラエルとグレンのケガに触れないように、二人の膝に手を置いた。

 「あたしは寝てただけだもん。ふたりこそ、だいじょうぶ?」

 「ああ。たかが全治一ヶ月だ」

 アズラエルは笑った。

 「二週間かもな」

 グレンも肩を竦めて笑った。ルナを安心させるように。ふたりとも包帯に隠れた、引きつり笑いだったが。

 

 「ルナさん、私たちも一緒に参りましょう。ピエトちゃんも連れて――あら? さっきまでここにいたはずなのに」

 廊下を覗いて、不思議な顔をしたカザマは、すぐにもどってニックに言った。

 「椿のお宿ですわね。傷が治る、秘湯の」

 「さっすがカザマさん。ご名答!」

 

 「秘湯!!」

 ルナだけは意味が分かって、ぴーんと飛び跳ねた。

 「傷が治るおんせんだ!!」

 

 「傷が治る温泉だって?」

 グレンは不思議そうな顔をしたが、アズラエルは以前ルナが温泉の話をしたとき、怪我や病気が治る鉱泉があるようなことを話していたのを思い出した。

 「それが椿の宿にあるってのか」

 「ええ。普段は一般に提供していません。けっこうきつめの成分の温泉なのです。肌がピリピリしますから」

 「……それ、だいじょうぶなのか」

 グレンの顔に影が差したが、ベッタラは鼻歌を歌いながらグレンの車いすを押し始めた。ニックが、アズラエルの車いすを押す。

 「じゃあ、行きましょう! 椿の宿で、アントニオさんたちも待ってます!」

 誰よりも明るい声で言ったニックだったが、兄弟神の顔は凶悪にゆがんだ。

 「……おう」

 「納得いくまで、とっくり説明してもらおうじゃねえか……」

 コワモテふたりの凶悪顔に、ニックだけはぶるっと震えて、このふたりが満身創痍であったことを心底感謝したのだった。