「あの――」 アントニオとアズラエルたちの会話がひと段落したのを見計らって、セルゲイが、恐る恐る手を挙げた。 「私も、アントニオさんのように、いつでも夜の神を降ろせる? ようになるには、どうすればいいんですかね?」 セルゲイは、アントニオと食事の約束をしていたが、実はそれが聞きたかったのだと告白した。 「夜の神も太陽の神みたいに、弊害がありますか? 夜の神を降ろしっぱなしにすれば、雨が降り続けるとか、嵐になるとか――雷が落ちっぱなしとか」 ルナが「それはたいへんだ!」と叫んだが、 「あ、そのあたりの話なんですけどね」 アントニオはすこし元気の出た顔で、膝を払った。 「セルゲイさんは、基本的にいつでも夜の神を降ろせます」 「え?」 「セルゲイさんが嫌がらなければ、夜の神は自在にあなたに降ります。俺もそうです。呼べば来ます」 「呼べば……」 不可解な表情をしたセルゲイに、アントニオは笑った。そしてちょいちょい、と手招くようにして、 「来てくれっていえば来ます。基本的に、降りるだけなら弊害はないんです」 「……ということは」 カレンが、手を打ち、アントニオが頷いた。 「そう。太陽の神も夜の神も、降りるだけならあんな被害はないんだけど、神としての力を振るうときに、ああいった自然災害がね……」 アントニオは困り顔で苦笑し、 「セルゲイさんが心配していることは、心配の必要はないです。降りるだけならいつでも降ろせるから。夜の神が降りてきたら雷が鳴りっぱなしになるとか、そういうのはないです」 「えーと……じゃあ……」 セルゲイは、急に道に迷ったような顔をしたが、 「とりあえず、セルゲイさんは普段通りの生活をしていてくれれば、それで」 アントニオは、鷹揚に微笑んだ。 「……」 セルゲイは納得していない顔だ。 「あ、あたしはなにかしなくていいの!? あたしは、何代目だかのサルーディーバ、そう簡単に降りてくれないんだけど!」 ミシェルも慌てて聞いたが、アントニオは首を振る。 「ミシェルちゃんも、変わったことはしなくていい。イシュマールと川原で絵を描いてるんだろ」 「え? う、うん……」 「だったら、それを続けてくれれば。毎日真砂名神社に来て神気を浴びるだけでずいぶん違うから」 「……」 ミシェルも腑に落ちない顔をしていたが、やがてしぶしぶ、頷いた。セルゲイ同様、なにもしなくていいと言われたからといって、素直に納得できない。あのとき、何もできなくて歯がゆい思いをしたのはたしかなのだから。 だが、今は、言えないことなのかもしれない。ミシェルも動物会議の夢を見ていたから、セルゲイと真剣な顔で頷き合った。 ミシェルは、自分でできることを探してみるつもりだった。 セルゲイも恐らく、そうだろう。 「俺は!? 俺は、俺は!? 俺も傭兵の特訓、する!!」 ピエトが両手を挙げて怒鳴ったが、アントニオは、 「ピエトは、ガッコ行きなさい」 と一蹴した。 「なんでだよ!! 俺だけ! 俺だってルナを守るんだからな!」 ピエトは大いにふて腐れたが、アズラエルにも「学校に行け」と言われたために、憤慨した顔のまま黙り込んだ。だが、あきらめたわけではない。あれは何か企んでいる顔だと、ルナとアズラエルはすぐに分かった。 「でも、君たちは、ちょっとトレーニングしてもらうからね」 アントニオは、ミイラどもに向かって言った。 「なに?」 「なんで俺が……」 「君たちは、ラグ・ヴァーダの武神と直接対決する役なんだから、なまった体を鍛え直さないと」 包帯まみれの兄弟神は、そろって自分の哀れな姿を再確認した。 「やべえな……メルヴァが来るまえに、核爆弾のひとつは手で揉み消せるレベルになってねえとな……」 グレンの冗談は、冗談として通じなかったようだ。ミシェルが、「頑張ってよ? グレン!」と真剣な顔で念を押したので、グレンは返す言葉を失った。 「いやまあ、そのくらいできて当然だよね」 カレンまでもっともらしく頷くので、ルナは泣きそうな顔で、「ばくだんで練習しなくちゃいけないの……?」と呟いた。 随分と過酷な課題を突き付けられた兄弟神は、絶句するほかない。 「ま、アズラエルとグレンのことは、ペリドットに任せてある……」 アントニオが言ったところで――襖が勢いよく、開けられた。 「ああ――いい湯だった――皆さんやっと、お揃いか」 呑気な顔のペリドットが、椿の宿の浴衣を着て、風呂上りの姿を現したのだった。 「てめえ!!」 「なにを呑気に風呂なんか入ってやがる!!」 アズラエルとグレンが牙を剥いたが、ペリドットは、 「温泉に来て、温泉に入って何が悪い」 どかりと座布団の上に座って、缶ビールをあけるふてぶてしさだ。 「謝罪のひとつもねえのかてめえは!!」 「このあいだのことか? 悪かったな」 「「「「「軽い!!」」」」」 ひょいと右手を挙げて謝ったペリドットに、ベッタラとルナをのぞく全員が突っ込んだ。ルナは相変わらずテンポが遅いので、口をぽっかりとあけて終わり、ベッタラはニコニコと笑っているだけだ。 「心配すンな。ニックとベッタラから聞いたろ? ここの温泉で、一ヶ月療養すれば治る」 「そういうことを言ってンじゃねえ……!」 グレンが歯茎を剥き出すまえに――ペリドットが缶ビールをコツン、とテーブルに置いた。 パチン! と指を鳴らすと、急に空間に重みが増す。 ズシン……という重みを感じさせる音が地面から聞こえたかと思うと、一度だけ、グラリと底から突き上げる揺れが起こる。 「地震――?」 ルナが、隣のミシェルにしがみつこうとすると、ミシェルがキラキラ光っていて、ルナはびっくりして手を離した。ミシェルも、ルナと同じような顔でルナを凝視している。 「――!? なに、ルナ? お姫様みたい――!!」 「――え?」 それをいうなら、ミシェルもだ。 ミシェルはサルーディーバの様な衣装を着ていて、髪が長くなっている。ミシェルから見たルナも、王冠やたくさんの宝石でできたアクセサリーをつけたドレスを着ていて、お姫様という言葉はおおげさではない。 「え――何コレ!? なに――」 ミシェルもルナも、周りを見て口をあんぐりと開けた。 セルゲイとカレンは、いつのまにか軍服を着ている。カレンの方は目が覚めるようなブルーで、セルゲイはグレーの――。 みな、自分の変化が信じられずに戸惑っている。 カザマはルナたちと似たような格好になっていて、アントニオは無精ひげが生えて、探検家のような服装だった。ニックとベッタラの衣装も変わっていたが、彼らは、平静なままだ。 ピエトだけ、変化がない。自分が仲間外れにされたような気がして、さらにふて腐れたピエトがそこにいた。
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