「アズ!? グレン!?」 「……っ、イデデデデ……」 「……!!」 アズラエルとグレンを、陽炎の様な白い光が取り巻いていて、ぼうっと後ろに二対の石像が見える。このあいだ真砂名神社で見たのと同じものだが、大きさは、ルナくらいの大きさになっていた。 ホログラムのような影が重なっているだけで、アズラエルたちは恰好が変化しているわけではない。だが、いたみを盛大に堪えている顔だ。 「アズ、グレン、だいじょうぶ!?」 「これが“八転回帰”だ」 ペリドットが右手の指を掬うように握ると、皆の姿に重なって現れていた幻影は、すうっと吸い上げられるように消えた。 「あっ!!」 「消えた!!」 ルナとミシェルは同時に声を上げて、自分の両手を見つめた。綺麗なお姫様だった自分はあとかたもなく消えてしまった。 ペリドットはふたたびビールをぐびりとやり、アズラエルとグレンに言った。 「指動かしてみろ、指」 「指?」 言われた反射で、アズラエルが指に神経を向けると、今までピクリとも動かなかった指先が、わずかに跳ねた。 「!?」 今度は確実に意識を持って動かすと、指は動いた。グレンの方は、しっかりと握りこぶしを作っている。 「おまえ、今なにやった!?」 アズラエルは、絶叫したあと、頭の痛みも取れているのに気付いて、思わず頭に手をやった――やろうとして、あまりの痛みにまた絶叫した。 「なんだ? 頭蓋骨の陥没もいっしょに治ったか? でも、まだ腕は治ってねえんだから、無理に動かすな」 ペリドットは、缶ビールをぐびぐびと一気飲みしたあと、 「こうやって、毎日一度、おまえたちとアストロスの兄弟神をシンクロさせる。神の自己治癒力は絶大だ。骨が体の中で急激に動く痛みはけっこうなモンかもしれねえが、ふつうの治療を受けるより、早く治る」 と言った。 アストロスの兄弟神は、アズラエルたちの中に鎮まったとはいっても、セルゲイとアントニオのように、いつでも呼び出せるわけではないらしい。 「アストロスの神も、石像の中に閉じ込められてるからな」 ペリドットは、なくなってしまったビール缶を名残惜しげに覗き込みながら、つぶやいた。 「アストロスの、マーサ・ジャ・ハーナ遺跡の入り口にある、巨大な二対の石像に封印されてる。おまえらがそこにたどり着くまでは、封印はとけない」 アズラエルとグレンは無言で手指を動かし、 「一日一度きりか?」と聞いた。 「ああ。あまり一日に何度も下ろせば、この宇宙船の運行システムに異常をきたすってンでな。一日一回しか許可が下りなかった」 ルナたちは、またしてもここが宇宙船の中だということを忘れていたようだ。さっきも、真砂名神社での儀式のときも、アストロスの兄弟神が動いたときに起きる地震。宇宙船が揺れているのだ。宇宙船の計器に不具合が出るのだろう。 「それにここの温泉は傷に良く効く。外傷も、はやく治るだろう」 ペリドットは言いたいことだけ言うと、さっさと立った。 「俺の見立てでは一ヶ月。それより早く治ったらもうけモンというやつで、まあのんびりやれ。一ヶ月以内にメルヴァが来ることはねえ。どうせ椿の宿で療養するんだろ? 毎日この時間帯に来るよ、じゃあな」 座布団から立って、飲み干した缶を持ち、襖に向かい、開けて出て閉めるまでのあいだにそれだけ言って、ペリドットはいなくなった。 「なんてマイペースな奴だ……」 苦々しいアズラエルの声に、アントニオの呆れ声も重なる。 「ほんとにな。だから俺、アイツ苦手なんだよ……。でも、今回の件に関しては、アイツがいないとどうにもならないからなあ……」 アントニオは、天然パーマの頭をガシガシとやり、 「とりあえず、温泉はいったら? いきなり秘湯のほういかなくてもさ、ここの温泉はぜんぶ、傷にいいから」 と思い出したように言った。 「足の指は治ったが、歩けねえよ」 グレンは器用に足の指だけ動かして見せた。 「足湯とかする? お湯を汲んできてあげようか?」 ルナが言うと、アズラエルも言った。 「まあ最初はそれしかねえだろ。――何してんだベッタラ」 ベッタラが、自分の衣装を脱ぎ始めていた。 「なにって――ワタシが入れてあげます。任せてください」 「あァ!?」 グレンとアズラエルが絶叫した。 「足湯だけじゃだめだ。全身湯につからなきゃいけないんだろう? じゃあ、私も手伝う」 セルゲイも上着を脱ぎ始めた。本気で介添えするつもりらしい。 「わたしは介護の経験もあるから、心配しなくていいよ」 「そういう問題じゃねえ!!!!!」 グレンの絶叫。 「ベッタラさん、セルゲイさん! ここには女の子がふたりいらっしゃるのよ!」 カザマのあわてた声がして、やっと気づいたベッタラとセルゲイは、決まり悪げな顔でルナとミシェルを振り返ったが、ルナは真後ろをむき、ミシェルは手で顔を覆いながら二人の上半身裸をチラ見していた。 「ルナさん、ミシェルさん、ええと――カレンさんも! わたくしたちは一度出ましょう」 「え!? あたしもかよ!」 カザマはさっさと女の子二人と、どっちとも取れる約一名を追い立てて、部屋を出た。 「ちょうどいいや! 男同士で親睦でも深めよう!」 ニックは大賛成といった喜色満面の顔で、いそいそと入浴セットを持ち出してくる。 「俺も温泉に入る!!」 ピエトは瞬く間に全裸になって、室内露天風呂に飛び込んでいった。 「お、俺はいいよ……風呂、狭そうだし……」 アントニオは引き腰で遠慮した。一番大きな家族風呂が備わった部屋を予約しておいたが、その風呂だって、アズラエルとグレン、ベッタラとセルゲイと入ったら、いっぱいいっぱいだ。彼らは体格が良すぎる。 「ええ〜アントニオ君も入ろうよ〜」 「あっ! 俺用事思い出した! コーヒー豆仕入れてこなきゃ!」 「おい待てアントニオ、逃げんな!!」 こいつらを止めろ! アズラエルが叫んだが、アントニオはすたこらと逃げ出した。 「おい……ちょ……待て! ルナ、戻ってこい!!」 「ルナに付き添ってもらうから、おまえらはいい!!」 「ルナちゃんが、君たちどっちか片方でも支えられると思う?」 セルゲイの手厳しい指摘にミイラどもは蒼ざめたが、もっと蒼ざめるのに、あと五分と掛からなかった。 襖の向こうから聞こえてくるミイラたちの絶叫に、ルナとミシェルはアワアワとしていたが、カレンは、「コーヒーでも飲みてえな」と鼻歌を歌いだし、カザマも呑気に、「では、食堂にパフェでも食べに行きましょうか」と誘うのだった。 |