サルーディーバは激しく動揺し、悔い、自分の邪な考えを何度も真砂名の神に謝罪したが、父なる神は、サルーディーバを責めなかった。それどころか、サルーディーバの彷徨える心を見抜き、新しい神託をくだした。

 

 ――地球行き宇宙船に乗れ。そうすれば、ルナという少女が、おまえを救ってくれる。

 

 サルーディーバは、宇宙船に乗って、グレンと、グレンと縁がふかい女性――ルナの前世の夢も見るようになった。そして確信した。

 月の女神の前世を持つ彼女こそが、イシュメルを産む存在であると。

 

 だが、それと同時に、“父なる神”に疑問も沸いてくるようになった。

 アントニオやカザマ、メリッサと触れ合ううちに、やはりL03の真砂名の神は偽物で、宇宙船の真砂名の神が本物であることを、確信することが多くなった。

 

 宇宙船の真砂名の神は、神託を寄越さない。

 予言をおろすこともない。

 それどころか、かつてサルーディーバが使えていた、サルーディーバとしての摩訶不思議な力は、消えていく一方だった。

 

 力が消えていくことに不安は抱いたが、宇宙船の、真実の真砂名の神は、サルーディーバを包み込んでくれた。

 真砂名神社で相対するたび、すべての苦しみが解けていくような安堵を、彼女に与えてくれた。

 

 L03の真砂名の神は、腐った長老会も放って置く。L03の違和を、矛盾を、放置しておく。

 アントニオは、真実の真砂名の神が、サルーディーバとアンジェリカを宇宙船に招いたのだと教えてくれた。だとすれば、あの神託は、本物の真砂名の神がくだしたものなのか。

 (わからない)

 L03の真砂名の神が偽物なら、神託も間違っていたのか?

 グレンが愛する女が、イシュメルを産むというのは間違いなのか。ルナが、自分の迷いを解決してくれるというのも間違いなのか。

 

 だが、唯一真砂名の神から直接神託を受けられるアントニオは、サルーディーバに言った。

 

 ――イシュメルだのなんだの、もう君が考えることじゃない。グレンが愛する女が産むなら、グレンの愛する女が産むんだ。放っといてもグレンが誰かを好きになり、子を産ませればそれがイシュメルだ。君がグレンを好きなら、君がグレンの恋人にだって、妻にだってなっていいんだ――

 

 アントニオは、そう言った。やはりグレンの愛する女性が、イシュメルを産むことは間違いない。

 おかしなことに、カザマはサルーディーバがアントニオと結ばれることを望み、アントニオは、グレンとサルーディーバが結ばれてもいいのだという。

 (おかしなこと)

 メリッサは、いつも物言いたげな目をするが、決してアドバイスめいたことはいわない。いつも、「……私は、サルーディーバ様が安心して生活できるように、努めるだけですわ」と寂しそうに言うのだ。

 

 ペリドットがこの宇宙船に戻ったから、訪ねてみたが、彼もやはりサルーディーバの話を一通り聞き終わったあと、「まあそうだな。“グレンの愛する女”が生むんだろうな、それは」と肯定してくれた。

 そして、「ルナがあんたを助ける――それもあながち、まちがっちゃいねえ」とも言った。

 

 やはり、神託は間違ってはいなかったのだ。

 それからペリドットは言った。

 

 「メルヴァがルナを襲いに来るのは分かってんだろ。だったら協力しろ。おまえの力が必要だ」

 「わたくしの……? ですが、わたくしは、サルーディーバとしての力はもうほとんどないのです」

 サルーディーバが断ると、ペリドットは重ねて協力を要請しなかった。だが、不思議なことを聞いた。

 

 「おまえの父母は元気か」

 もはや人の心が読めなくなった今では、彼の真意を探ることもできない。

 「宇宙船に乗ったとき以来、会ってはいないですが――L05に避難しましたし、政変には巻き込まれていません。でも元気で暮らしていると……」

 「おまえは、自分の家のルーツをなにひとつ聞かされちゃいないのか」

 「ルーツ……?」

 「アンジェリカもか」

 

 サルーディーバは困惑した。

 生まれてすぐ、サルーディーバとして王宮で育てられ、父母と直接喋ったことは、片手で間に合うくらいの数しかない。

 ペリドットは苦笑いし、「おかしなことを聞いた。忘れろ」と言った。

 そして、

 「イシュメルのことは、おまえが努力しなくてもどうにかなる。だから、まずは一緒にルナを助けよう。無理にとは言わん、考えておいてくれ」

 と言って会話を終わらせた。

 

 (ルナさんを助けたいのは山々ですが……)

 サルーディーバは思った。

 (そもそも、ルナさんとグレンさんが結ばれ、イシュメルが生まれれば戦争は終わるのです)

 ルナが、イシュメルを懐妊すればいいのだ。腹に魂が宿ったその時から、イシュメルの働きは始まるのだという。

 

 (急がねばならぬというのに……いったい、ロビンさんはなにをしていらっしゃるのか)

 

 サルーディーバはいたむこめかみを押さえつつ、寝間着のまま寝室を出て、電話を取った。こちらから連絡するのは初めてだ。

 数回鳴り、寝ぼけ眼の声が、向こうからした。

 『はいはい――誰ですか――あ――え!? サルーディーバさん!?』

 あっという間に目覚めたようだ。

 

 「ロビンさん、状況はどうなっていますか」

 サルーディーバはつとめて冷静に言ったつもりだった。だが、苛立ちは声にあふれていた。ロビンはあきらかに、サルーディーバ本人が電話を寄越したことに戸惑っていた。彼はしばし沈黙したあと――神妙な声で詫びた。

 

 『あ――申し訳ない。作戦は立てたが、肝心の“足”が動いてねえ』

 「なるべく急いでくれと申し上げたはずですが。動いてくださらないのなら、契約は切らせていただきます」

 『うっ……おっ!? ちょい待て!!』

 ロビンは電話向こうで慌てたように叫んだ。

 『ちょっと待ってくれ。俺は金貰ってんだぞ?』

 ロビンを正規に雇ったときに支払う報酬、五百万デルを、彼女は即金で寄越したのだ。

 

 「動いてくださらないのなら結構。わたくしもいい勉強になりましたわ、メフラー商社の傭兵というものは、存外、信用ならないものだと、」

 『ちょっと! 待て待て待て!!!』

 本気で電話を切ろうとしたサルーディーバに、ロビンが必死の形相で食らいついた。

『悪かった! 俺が悪かったよ!』

依頼の内容が内容だっただけに、ロビンは侮りがあったことを、もう一度詫びた。

 

『俺が悪かった――でもあんた、期限を切らなかったろ』

サルーディーバは、急ぎだとは言ったが、期限は切らなかった。それはたしかだ。

急に無言になったサルーディーバに、ロビンは恐る恐る話しかけた。

『サルーディーバ……さん?』

「では、一週間以内になんとかしてください。それができなければ、契約は解消です」