電話は切られた。

ロビンは受話器をしばらく眺めていたが、やがてポリポリと顎を掻き、床に放り投げられたカーゴパンツを拾って、女たちの待つベッドに戻った。

そこに、当然だがイマリもブレアもいない。ロビンがさっき言った“足”というのは、彼女らのことだ。

 

(そろそろ潮時だな)

バカ女のご機嫌取りも飽きてきたところだ。

(ふたりそろって、降りてもらうか)

 

ひとつきほども前になるか。

ロビンは、サルーディーバ邸に呼ばれて、頼みたい依頼がある、とサルーディーバ本人に告げられたときは純粋に驚いたが、傭兵らしく、ふかい理由は聞かなかった。

まさか、生き神と呼ばれている存在に、生きているうちに相対するとは思いもしなかったロビンだったが、生き神は想像とは違い、ちゃんと足があった。

しかも、生き神でなかったら即口説いていただろうほどの、けっこうな美女だった。

 
 『どうして俺をご指名で?』

『……あなたが、マリーに尽くしてくれたことは、ヴィアンカさんから聞きました。ありがとうございます』

ロビンは尽くしたのではなくて、あれが仕事だったから全うしただけだ。

『それに、今でも頻繁に、マリーの墓へ花をあげてくれているそうですね』

『女の子には親切にっていうのが俺の信条なもんで』

あんたも美人だから、むちゃな要求じゃなきゃなんでもするよ、とロビンはおどけて見せた。もちろん照れかくしだ。

マリアンヌの件は、ロビンにとっても後味の悪い結果だった。死に目に会えなかったことが、余計に。

 

『なんでも』

『ああ。――サルーディーバが傭兵を呼ぶってンだから、並大抵の理由じゃねえだろう。殺しも請け負うよ? あんたの美しさに免じて別料金は取らねえ。俺の正規の金額、五百万でなんでもやってあげる』

ロビンは女相手にのみつかわれる、最上級の笑みを口に刻んだ。

サルーディーバは殺しと聞いたとたんに顔色を悪くし、その言葉を聞いたことさえおそろしいというように首を振り、おもむろに用件を切り出した。

 

『アズラエルさんを、ルナさんから離して欲しいのです。できるなら、宇宙船を降ろして、二度と帰ってくることはないようにしてほしい』と。

 

ロビンは、拍子抜けしたことは否めない。

どんな危険極まる依頼かと、子どものようにワクワクしていた結果が、恋人同士を別れさせる依頼だった。

メフラー商社にいたころなら、ロビンに来るような話ではない。受けないか、やんごとなき方々からの依頼なら、シドやマックあたりにやらせている雑仕事だ。

おまけに、なんでまた、アズラエルとルナを?

サルーディーバがまさか、アズラエルを好きっていうわけじゃないだろう。どんなに荒唐無稽な童話でも、そんな展開はない。

さすがのロビンも一瞬「何故だ」と質問しそうになったが、あやうく留まった。

傭兵は、深入りしない。依頼も受けるか受けないか。ただそれだけだ。

 

『……』

『ご無理でしたら、このお話は忘れて“いただきます”』

『忘れていただく?』

『ええ。ほかにも当てがありますので』

 

にっこりと笑んだサルーディーバの笑顔は、やはり浮世離れしていて、ロビンの笑顔もヒクついた。

ロビンとアズラエルが同じ傭兵グループだということを、サルーディーバが知らぬはずはなく、それでもロビンを呼んだということは、いざとなればロビンに任務内容を「忘れさせる」ことが可能だからだ。

それがどんな方法かは分からない。だがロビンは、数日の記憶が頭からすっぽり抜けて、「アレ? 俺この三日なにしてたんだっけ?」とボケ老人みたいになった自分を想像してぞっとした。

 

『……まあ、ちょっと待てよ……』

 

考え込んでしまったロビンを見て、サルーディーバはそう言ったが、ロビンは制止した。

殺しの依頼ではない。それに、アズラエルを宇宙船から下ろすだけなら、手段はいくらでもある。

が、なんだか裏がありそうで面倒なことになりそうだと感じた。

ロビンは断っても良かったのだ。サルーディーバも、ロビンに断られたら断られたで、ほかに当てがある。三日くらいの記憶障害は、この後のロビンの人生になんの影響ももたらさないだろう。

 

『アズラエルを宇宙船から降ろして、戻ってこれないようにすりゃいいんだな?』

『そうです』

『いいよ。俺がやろう』

『……!』

『五百万は、任務達成後でいい。そのかわり、任務が失敗したら、必要経費だけもらう。報酬は、いらねえ』

『いいえ。真剣に、お頼みしているのです。五百万は、失敗云々に関わらず、受け取ってください。ここに用意してございます』

 

ロビンは、宝石細工の箱に納まった依頼金を受け取ったのははじめてだ。中は紙幣で五百万デル、ちょうどあった。

 

『急いでいます。なるべくはやく、依頼を達成してくださるよう……』

『わかった。進捗状況のこまめな連絡はいるか?』

サルーディーバは少し迷ったあと、

『……いいえ。しかし、一刻も早く』

『わかった。コトがすんだら連絡する』

 

ロビンが依頼を受けたのは、その依頼がちょうど報復にも使えそうだという、イタズラ心が働いたからだった。

 

バーベキューパーティーを引っ掻き回した小娘が、まだ宇宙船に残っているとは、ロビンには想定外だった。

ロビンは、サルディオネと彼女たちの一幕には興味がなかったし、聞いてもいない。だから、イマリとブレアだけが宇宙船に残されたという事実は、知らなかった。

あれだけの騒ぎを起こしたのだ。降りたものだと思っていたのに、小娘二人は、しょっちゅうラガーに顔を出した。

まわりのうわさを聞けば、ナンパ待ちだという。それも、軍人や傭兵を選んでいるのだとか。

バーベキューパーティーにはラガーの店長もいたのに、なんというふてぶてしさか。

店長は、「客は客だ」という公平な立場を持って、彼女らの来店を拒むことはしなかったが。

 

ロビンは、まあ、どうでもよかったのだが、彼女たちがたむろするのはラガーだけではなかった。

ルシアンに、フェザーズ・キャット、レトロ・ハウス……その他もろもろ、ロビンの行くクラブやバーでよく見かけた。ロビンは、たくさんの軍人や傭兵が、彼女らの名と顔を知っているのに驚いた――この界隈で彼女らは、失笑の意味も含んだ、ちょっとした有名人だったのだ。