ルナが、ウサ耳をぴこぴこさせ、足をぶらぶらし、落ち着きなくパフェを食べているときだった。椿の宿のおかみ、マヒロが、ルナに電話だと言って、呼びに来た。 「でんわ? 誰からですか」 「どこかで聞いた声ですけれども、――とりあえずルナさんにと」 ルナが椿の宿にいるとわかっている人間には限りがある。ルナはぽてぽてとフロントのそばにある電話までいき、受話器を取って、保留ボタンを解除した。 『――ルナちゃん?』 「クラウド!?」 ルナは思わず叫んでしまった。食堂で同じく、もくもくとパフェを食べていたミシェルが、ネコ耳をぴんっと立たせるのをルナも見た。 ミシェルではなくどうして自分を呼んだのか。クラウドは今いったい、どこにいるのか。ルナがそれを聞くまえに、クラウドがぜんぶ喋ってくれた。 『ごめん、俺がいる場所はまだ言えない。だけど、明日一回、うちに帰るよ』 いつのまにかミシェルが傍に来ていたが、ルナに代わってとはいわなかった。 「あした?」 『うん。それで、ルナちゃんにお願いがある。俺とミシェルの部屋でもいい、ルナちゃんたちの部屋でもいいから、ホーム・パーティーの準備をしておいてくれないかな』 「ホ、ホーム・パーティー?」 突然いなくなったと思ったら、突拍子もないことを頼んでくる。やっぱりクラウドだ。 『うん。……実は、グレンとカレンに、会わせたい人がいる。それで、いつものメンバーは呼んで構わないけど、リサちゃんやキラちゃん、レイチェルたちは、今回は呼ばないで。そうだな……このあいだの真砂名神社で起きたできごとを話せる人間だけ』 ルナはこくりと唾を飲んだ。となりで、ミシェルも電話の内容を聞いている。 「わ、わかった……クラウドは誰を連れて来るの」 『ルナちゃんたちが知らないやつさ』 ルナはミシェルと顔を見合わせた。どちらにしろ、ただのホーム・パーティーでないことは伺えたが。 「グレンと、カレンに会わせたい人がいるのね?」 『ああ。だから、カレンもグレンも、明日の夜はかならず、ホーム・パーティーに出席していてほしい』 「う、うん! 伝えておく!」 『じゃあ、頼んだよ、ルナちゃん』 クラウドは、あっさり電話を切った。 ミシェルは、ルナの隣で、いつものルナのように盛大に頬っぺたを膨らませていた。 「……ずいぶん薄情じゃない。あたしに、ひとこともなしってわけ?」 いつもは、嫌だって言ってもベタベタ引っ付いてくんのにさ! とミシェルは怒りながら、食堂に戻って行った。 (ほんとにどうしたんだろう、クラウドは) ミシェルにも内緒で、いったいどこへ行ってしまったのか。いつものクラウドだったら、何は置いても、ミシェルは連れていくはずだ。 ルナはミシェルの後姿を眺め、切れてしまった受話器を慎重に戻し――「たいへんだ! おおいそがしだ!」とウサ耳をピーン! と立たせ、叫びながら、パフェを食べ終わって退屈しているカレンの元までもどった。 クラウドからの伝言を、伝えるために。 電話を切ったクラウドは、ミシェルの声を聞けばよかった、でも聞いたら、ミシェルに今すぐ会いたくなってしまう、などとウジウジ考えながら、湿っぽく公衆電話の受話器を置いた。 クラウドが今いるのはK34区だ。 (明日の夜会えるわけだし、我慢だ、我慢) 公衆電話のボックスからでた彼は、夜に比べてずいぶん閑散とした昼間の街を、速足で歩いた。ラガーのネオンのまえを通りすぎ、四、五軒行った先で、地下に降りる階段をくだった。コンクリートで固めた殺風景な壁の奥に、クラウドがやっと一人通れるくらいの狭いドアがあった。 午後二時にちかい時間帯だったが、開店していた。薄暗い店内は、カウンターが四席あるだけの、ほんとうに小さな店だ。愛想のないマスターが、ちらりとクラウドを一瞥した。客は、奥の席にフードを目深くかぶった男がひとりいるだけ。 クラウドは、「アイリッシュ・ビール」と言って、男の隣に腰掛けた。フードの男は胡散臭げにクラウドを見て、すぐ酒に視線をもどした。 「オルド・K・フェリクスだよね?」 紙のコースターに乗ったロンググラスが、すぐクラウドのまえに置かれた。ビールの味は悪くなかった。 「――何の用だ。クラウド・A・ヴァンスハイト」 「君、俺が誰か知ってるの」 「驚くことか。あんただって俺の名前、教えてもいねえのに呼んだじゃねえか」 オルドは残りの酒をさっと飲み干して、立った。しわくちゃの紙幣をカウンターに置くと、店を出ようとする。 「ああ、ちょっと待ってくれ」 クラウドは一口しか飲んでいないビールをコースターに戻し、同じく紙幣を一枚、カウンターに置いてあとを追った。 逃げるようにオルドは階段を上がったが、クラウドもすぐに追いついた。 「ちょっと待ってくれ、“ヴォールド・B・アーズガルド”!」 オルドの逃げる脚がピタリと止まった。 「――何か用か」 「用があるから、呼び止めてるんだ、さっきから」 クラウドは、やっと話ができそうだと思ったが、オルドの警戒した目つきは変わっていない。 「俺に? 元心理作戦部の男が何の用だ」 「俺のもと職場は関係ない」 「だとしたらなんだ。あんたの近くにはグレン・J・ドーソンや、カレン・A・マッケランがたむろしてるそうだが? 俺は、そいつらとは何のかかわりもない。俺はたしかにアーズガルドの姓は持っていたが、今はフェリクスだ。嫡子同士で仲良くしたいなら、ピーターを呼べ」 ピーターとは、グレンやカレンと同じくアーズガルド本家の“嫡男”だ。つまり、現アーズガルド家当主。 クラウドは、「なあ」と口調を和らげた。 「俺は、悪意があって君を探し出したわけじゃない」 「善意でも、歓迎しねえな。放っといてくれ」 オルドの反応は冷淡だった。 「心理作戦部の人間に探し出されるなんざ、悪意しか感じられねえよ」 「ひどいな」 クラウドはオルドが逃げないように二の腕を掴みながら、やっと言った。 「君は、グレンと話がしたいはずだ」 「……!」 オルドが、クラウドを睨んだ。そして、警戒をさらに強めるように、クラウドの腕を振り払い、「……なにを知ってる」と脅す口調で凄んだ。 「そんなに警戒するってことはさ――君たちは、仕事で宇宙船に乗っているのか? ――いや、俺は何の仕事で乗ったのかなんて、聞きたいわけじゃない。君たちが宇宙船に乗っている理由には、正直興味がない。そっちに興味があるなら、君たちはアンダー・カバーのメンバーで乗ったんだから、ボスのライアンに聞く」 「……」 「俺が、用があるのは、君だ。ヴォールド。アーズガルドの姓を持っている、君だ」 オルドはクラウドを睨み据えたまま、固い声で拒絶した。 「……アーズガルドに用があるなら、ピーターを呼べと言っただろう。俺は、本家とは遠い上に、おふくろが傭兵だ。おまえのことだから、調べ上げてるんだろ」 「ああ」 「だったら、俺に声をかけるのは筋違いってモンだ」 「そうでもないさ。まだ君は、俺の用件をちゃんと聞いていないだろ」 「……?」 オルドは、ますます不審げにクラウドを見た。 「会わせたい人がいるんだ。――ああ、いや、グレンじゃない。俺についてきてくれないか」 「……」 「警戒しないでくれ。俺は、さっきから何度も言ってるように、君たちの仕事には興味がない。したがって、何の仕事で乗っているかも知らない。詮索する気も、邪魔をする気もない。俺は、アーズガルドの血を引く君に、用がある」 「いったい……なんだってンだ」 オルドの顔に困惑が現れた。蝋人形のような固い顔に。 「俺から引き出せることなんか、なにもねえ」 「引き出そうとしてるんじゃない。君からなにかを奪おうなんて、思っちゃいない。俺は、これから会う人物に君が接して、君がどう思うかを、知りたいだけだ。それから行動を決めるのも、君の自由だ」 「だれに会わせようとしてるんだ」 クラウドはちょっと迷ったあと、名を口にした。 「白龍グループ、“金龍幇”(コンロンパン)の頭領だよ」 |