オルドがクラウドのあとをついてきたのは、素直に告白すれば、金龍幇の頭領の顔を見られるという興味からだ。クラウドに対して警戒は解いていない。

軍事惑星群で一番古く、もっとも大規模な傭兵グループである白龍グループは、白龍幇をトップとして、金龍幇、銀龍幇、黒龍幇、青龍幇、紅龍幇、黄龍幇……とそれぞれに組織分けされ、各頭領がいる。

無論、幇の頭領は白龍グループの幹部で、顔は滅多に拝めない。ライアンですら、幹部の顔は一人も知らない。幹部の顔を知っておくのは、のちのち、アンダー・カバーの活動においても有利になるだろうと思ったからだった。

(アンダー・カバーだって、この動乱期に、明日はどうなるかわからねえ……)

白龍グループの様なおおきい組織の幹部に、つなぎを作っておくのは、悪いことではない。アンダー・カバーのナンバー2として、オルドはそう考えたのだった。

 

(しかしコイツが、金龍幇の頭領と知り合いだとは……)

クラウド・A・ヴァンスハイトは、今回の仕事に関していえば、一番の要注意人物だった。その尋常でない記憶力で、アカラ第一軍事教練学校の生徒を一人も残らず覚えている可能性もあった。となれば、恐らくライアンや、メリー、オルドの顔も覚えていることだろう。

クラウドが、オルドたちの仕事に興味はないと言った言葉を、オルドは信じているわけではない。

 

(たしかに俺たちは、グレンの動向をさぐるために宇宙船に乗った)

クラウドは、オルドに、「グレンと話をしたいはずだ」と言った。

(コイツは、どこまで知っているのか)

オルドは、個人的にグレンと話してみたかった――それは事実だ。だが、それをほんとうにすべきなのは、レオンだ。ライアンも、オルドも、できることならレオンとグレンを逢わせてやりたかった。だが、レオン自身がそれを望まない。

(任務でさえなけりゃ)

――レオンは、グレンの前に「顔」を出すことができない。

 

クラウドとオルドは、互いに一言も交わさないまま――二人を乗せたタクシーは中央区に入った。

中央区役所と隣接する、宮殿染みた建物の門を、タクシーは潜っていく。舗装されたレンガの真白い道路をタクシーはすすみ、宮殿の玄関まえで、二人を降ろした。

 

「……ここはなんだ」

「株主総合庁舎だよ。宇宙船の筆頭株主が利用している施設だ」

なぜそんなところにクラウドが入れるのか。オルドは知りたかったが、黙ってクラウドのあとをついていった。玄関先の警備員に、クラウドがパスカードらしきものを見せているのを横目で眺めた。

クラウドはかんたんに通される。そのことに軽い衝撃を覚えながら、オルドも回転ドアを抜けた。ボディチェックは、回転ドアをくぐるときに、ドアの上に設置された最新式のシステムがやってのけた。オルドは玄関先で、警備員に銃を手渡した。

ホテルにも似た、広いロビーを突っ切って、クラウドはまっすぐエレベーターに向かう。

オルドもエレベーターに入ったところで、クラウドは五階のボタンを押した。

ふたりは終始無言だった。エレベーターが五階に着いたところで、クラウドはやはりまっすぐに、上質な絨毯の床を、目的の場所に向かって歩いた。

目的地はエレベーターを出て、すぐの部屋だ。赤のレザー仕様の重厚な扉を、クラウドはためらいもなく開け、オルドにも入るよう促す。

 

 

「……そっちがそういう考えなら、こっちもやり方を変えなきゃいかんってことだよ」

『どういう意味かね、アイザック』

 

百畳もあろうかという広い室内ですぐに目につくのは、巨大なスクリーンだ。スクリーンに映る初老のスーツ姿の男を、オルドは知っていた。知らぬはずはない、L系惑星群で普通に社会生活を営んでいるなら誰でも顔は見知っている――名前と顔と、役職が一致しなくても――L系惑星群の防衛大臣の顔だった。

防衛大臣と話しているのは誰だ。ソファの背しか、オルドには見えなかった。

会話の内容から、オルドは交渉だと悟った。L55の高官と、だれかが交渉しているのだ。

いったい、この一幕はなんだ。

オルドはクラウドを睨んだが、クラウドは、黙って話を聞けとでもいうように、顎をしゃくった。

 

「どういうもこういうもないさ。あんたたちがそういう考えなら、白龍グループはL4系の星からそうざらい、手を引いてやる――そう言ってるのさ」

スクリーンのなかの男が、大げさにため息をついて首を振った。

『そんな乱暴を言わんでくれ、アイザック』

防衛大臣は、大層疲れた顔で、もういちど男の名を呼んだ。

 

「あんたは分かってるはずだ。L4系の星から白龍グループが一斉に手を引く。――系列の傭兵グループもすべてだ。そうなったら困るのは誰だ」

『脅すのか』

「これは脅しじゃない、現実を見ろと言ってるんだ。よく考えろエイブ――今、“L4系の原住民の反乱を押さえてるのはどこだ”? ドーソンじゃねえ、そうだな?」

『……』

「マッケランでも、ロナウドでも、アーズガルドでもない。……傭兵グループだよ、エイブ君」

 

ソファの男が、ふんぞり返って葉巻を吹かすのを、オルドは見た。

オルドは絶句した。

――この男は、クラウドが会わせると言った、金龍幇の頭領か。

だとしてもだ。

(防衛大臣と――いったい、何を話しているんだ)

オルドは、出ていくべきだと思った。この話を聞いてはいけない。頭のどこかで警鐘が鳴った。任務で宇宙船に乗っている以上、よけいなことを知って、巻き込まれるわけにいかない。

だが、踵を返すはずの足は、膠着したままうごかなかった。

 

「ヤマトやメフラー商社に泣きついても、かえってくる言葉はわたしの言葉と同じだと思え。ブラッディ・ベリーもナンバー9も、あの辺の大手グループは、メフラー商社の息がかかっている。数多ある傭兵グループを、いっせいに戦争の真っただ中から引かせてやろうか、今すぐ」

防衛大臣だけではなく、周囲の秘書官たちの顔色も変わった。

「傭兵をつかえるときだけつかっておいて、うまい汁はぜんぶ軍部に吸わせようってのかい? L55はそういう魂胆か」

『それは、極論だよ……』

「じゃあためしてみるか。まずは白龍グループから――わたしの電話ひとつで、L4系の要所から撤退する――」

ソファの男が携帯電話を手にした瞬間、あわてたように防衛大臣は『待て!』と言った。

 

『分かってくれアイザック。傭兵たちを使い捨てにしようって言うんじゃない。だが、君の提案は無茶苦茶すぎる』

 

防衛大臣はスクリーンの向こうで必死にとめどない汗を拭き、アイスティーを口に含んで、カラカラに乾いた喉を潤した。

『君たちには感謝している、ほんとうにだ。君たちが居なかったら、今のL系惑星群の平和はないだろう――L18がなかなか機能せん今、君たちは君たちで動いてくれといったのは、たしかに私だ――だが、その要求は、傲慢過ぎはしないかね。世論は? アイザック、君ならわかるだろう、世論を無視できないことを。傭兵が権力を持つことを、安全ではないと考えるものはいまだに数多くいるのだ。君たちも保証できるのか、それを。絶対の安全を――』

 

「絶対、なんてものはどんな世にもありはしない」

ソファの男は言い切ったが、防衛大臣は首を振った。

『“君のいう条件を呑む”には、その“絶対”が不可欠だ。アイザック。でなければ、中央星会はうんとは言わない』

 

「この現状が、君たちのいう“絶対”に近いとは思わないか」

男は葉巻の煙をゆったりと吸いこんだ。男には余裕がある。防衛大臣にはない。

「軍部なしでも、傭兵グループは傭兵たちをまとめあげ、まるで規律正しい“軍隊”のように機能させている――そう、L4系の原住民の反乱を、見事、おさえている……」

防衛大臣は、何度も頷き、私は君たちを買っているのだよという姿勢を、こわばった笑いとともに見せた。

『そのとおりだ、そのとおりだよアイザック。だがな――その“要求”はまだ、早すぎる。時期尚早というやつだ――ロナウドとマッケランも、さすがにその要求は呑まんだろう』

「アーズガルドはどうかな」

 

ソファの男から出たアーズガルドの名に、オルドの肩がピクリと動いた。

 

『アーズガルド? アーズガルドなど一番に反対するだろう。アーズガルド家単体で、君たち傭兵グループを圧倒する力などない。“L18から追い出されると分かっていて”だれが頷くかね?』

「おいおい……徹底的にわたしたちは信用がないんだな」

ソファの男の声が、今度は呆れ声になった。

「わたしたちは、十分すぎるほど、貢献してきたと思っていたよ、軍事惑星群にも――L55にも、」

『待ってくれ、だから、君たちを認めていないわけではない』

防衛大臣の顔は、焦りで真っ赤だった。

『だがもっと――譲歩を、』