(とりあえず、あたしにも、やらなきゃいけないことがあるぞ!)

 

 ルナは、真砂名神社から持ち帰ってきたZOOカードボックスを、テーブルに置いた。

 とにかく、これがつかえるようにならなければ始まらない。

 

 ――導きの子ウサギが、ちかくにいる筈なんだがね――

 

 夢の中で、黒い鷹がそう言っていた。

ちょうど「導きの子ウサギ」――ピエトがそばにいる。

 ピエトはかつて夢で出会った、チョコレート色のうさぎだ。

 ルナは確信していた。

 夢の内容はうろおぼえなのだが、図書館のようなところで、「導きの子ウサギ」と名乗った、チョコレート色のうさぎと会話した。

 『宇宙船で会おう! 僕のママ!』

 たしか、別れ際に彼はそう言った――あのうさぎは間違いなくピエトだ。あの夢のあと、すぐにピエトと出会った。

あの夢は、なんだったか。K19区の港? あの港に図書館などあっただろうか。遊園地はあったけれど――あれは、あのガソリンスタンドは――。

 

 「ルナ! ルナ――ZOOカードつかうの?」

 ルナは、ピエトの声にはっと我に返った。ピエトが心配そうにのぞき込んでいる。

 「だいじょうぶか? ルナ」

 「う、うん! 平気だよ。ちょっと考えてたの」

 これ以上、ピエトに心配させるわけには行かない。ルナはふん! と気合を入れて椅子に座り、ZOOカードボックスのふたを開けた。

 

 「うさこよ、出てこい!!」

 ルナは叫んだが、やはりカードはピクリとも動かない。ルナが手を伸ばすと、カードはまた白銀色の光でルナの手を弾いた。

 

 (導きの子ウサギであるピエトが傍にいるのに?)

 ルナは首をかしげた。ピエトが「導きの子ウサギ」ではないのだろうか。

 

 「ちょ、ちょっと、ピエトがやってみて!」

 「え!? 俺!?」

 「うん、そう!」

 ルナはピエトと席を替わった。「なんでもいいから、呪文唱えてみて!」

 「呪文!?」

 ピエトはう〜んと唸ったあと、ルナのマネをして「うさぎよ出てこい!」と叫んだ。

カードは動かなかった。

 「じゃ、じゃあ――ラグ・ヴァーダの神話歌ってみる!」

 ピエトはラグバダ語で、朗々とそれを歌った――カードに、まったく変化はなかった。

 

 「なんで動かないのよう〜!!!」

 ルナはさすがに、頭を抱えてうずくまった。

 (カレンのことも、アンジェのことも、ZOOカードが動かなきゃ先に進まないのに!)

 

 ピエトは、また「う〜ん」とうなりながら、箱を持ち上げてみたり、ふたを開けたり閉めたりしている。

 

 「もぉいいよピエト……もっかい、イシュマールさんかペリドットさんに相談してみるから……」

 ルナが諦めたときだった。

 

 ピエトが、じっと箱についている南京錠を見つめている。やがて気づいたように、「あっ!」と小さな叫び声をあげ、自分の身体を探った。ポケットをひっくり返してみたり、宙を見たりして――。

 「そうだ! 俺、体育の時間に外したんだ!」

 と叫んだかと思うと、一目散に洗濯機のあるほうへ飛び跳ねて行った。

 

 ルナが追うと、ピエトは、洗濯籠のなかにある、自分の体操着を漁っていた。そしてポケットから、取り出したのだ。

 

 ――ルナがあげた、真月神社のお守りを。

 

 「これ、体育の時間に、外しなさいって先生に言われたから、俺ポケットにしまってたんだ。ずっと、忘れてた!」

 一週間前、体育の時間にそうして、忘れたまま体操着を洗濯かごに入れていた。

 「洗濯するまえで良かったぜ!」

 

 ルナが口を開けている間に、ピエトはうさぎの速さでテーブルに戻り、真月神社のお守りをZOOカードの箱に置いた。

 ――すると。

 白銀色の光がぱあっと煌めき、ピンクのうさぎが、ぴょこん、と顔を出したではないか。

 

 “呼んだ?”

 

 「すごい!! ピエト!!!!!」

 ルナは心からの感嘆を込めて、盛大に拍手した。ピエトは得意げに胸を張り、

 「この鍵の模様、お守りの模様とおんなじなんだぜ! どっかで見たことあると思ったらさ、」

 

 ピエトの言うとおり、ルナが母星の真月神社からもらってきたお守りの模様と、ZOOカードボックスの南京錠の絵柄が、同じだったのだ。

 

 “ふふ。やっと気づいてくれたのね、ルナ”

 

 ZOOカードから出て来たのは、五センチくらいの、小さなピンクのうさぎ――「月を眺める子ウサギ」だ。

 

 “よく試練を乗り越えたわね――さあ、ルナ、これからはわたしと一緒にZOOカードをつかいましょう”

 

 「うん!」

 ルナは勢いよくうなずいた。ピエトも、真剣にピンクのうさぎを見つめている。

 やがて、チョコレート色のうさぎが、横から飛び出てきた。

 

 “僕は「導きの子ウサギ」。ピエト、君はぼくで、ぼくは君だよ”

 

 「えっ!?」

 ピエトはショックで立ちすくんだ。

 「俺ってうさぎなの!? なんか弱そう!!」

 

 傭兵を目指すピエトにしてみれば、ライオンやトラや、ウシなんかがよかったと零した。だがチョコレート色のうさぎは、

 “まだ君は、じぶんが何ものなのかを知らない――十歳だもの”

 と微笑んだ。

 

 “ルナ。僕は「導きの子ウサギ」。「こたえを導き出す」役割も持っている。どうしても解けない謎があったら、僕に聞いて”

 

 ルナは感心して、何度も頷いた。そうだったのか――だから黒い鷹は、導きの子ウサギが近くにいるはずなんだが、と言ったのか。彼は、導きの子ウサギが、答えを導き出してくれることを知っていた。

 

 “さあ、ルナ、「大忙し」よ。わたしたちに命じて。知りたいことを、何をしたいかを”

 

 ルナは口をぽかっと開けて、小さな頭を抱え込んだ。

 「な、何をしたいか――いっぱい、あるの。いっぱい。――アンジェを助けなきゃ。そ、それから、カレンの、そうだ! カレンの病気とか――カレンの病気が治って、それから、当主になるの。あ、メルヴァのこと! メルヴァのZOOカードはほんとに革命家のライオンかなとか――ええっと――ええと――」

 しなければならないことは、山ほどある。

 ルナは頭を掻きむしって、

 「う〜ん――やっぱり、アンジェからにしよう! アンジェをまず助けよう! そうしよう!!」

 と、決意したように叫んだ。

 

 “……”

 うさぎ二匹は見つめ合い、

 “アンジェも大切だけど、まず「鳩」さんを探しましょうね、ルナ”

 月を眺める子ウサギが言った。

 

 「鳩さん……?」

 

 ぜんぜん思いもしなかった動物の名が出てきて、ルナは拍子抜けしたが、ピエトは「鳩!」と叫んだ。

 

 “そう――ハトさん。探しているのはこの人ね。「故郷を想う鳩」さんよ”

 

 月を眺める子ウサギが、指揮棒を振るように小さな手を動かすと、一枚のZOOカードが浮き上がった。

 カードのなかのハトは、まるで「布被りのペガサス」のように、大きなフードを被っていて、顔が見えない。

 

 “ハトさんが、フードを脱ぎ捨てる日が来たのよ”

 

 ピンクの子ウサギは言った。

 

 “さあルナ、大忙しよ。これから「天槍を振るう白いタカ」さんがいるコンビニエンスストアに行って、そこでもう一枚、「思い出」のディスクを焼いてもらうの。プレゼント用にね”

 

 「ディスク?」

 

 ルナは、「天槍を振るう白いタカ」がニックだと分かった。でも、なんのディスクを?

 

 “ユキトおじいちゃんが映ったディスクよ。あしたのパーティーにはちゃんと間に合わせて。そうして、「故郷を想う鳩」さんにあげるのよ――いいわね?”