オルドの祖父は、ユキトのいとこで、ブライアン・K・アーズガルドという名だ。

オルドは、父は苦手だったが、祖父は大好きだった。

祖父のおかげで、オルドは傭兵差別主義に育たなかったと言っていい。

祖父から、ユキトの話をよく聞いた。父も、アーズガルドのほとんどの者が、それをよくは思わなかったけれども。

 

祖父は、ユキトと仲は良かったが、第三次バブロスカ革命には加担しなかった。むしろ、ユキトたちを止める側の人間だったと語った。

「革命は、多くの血が流れる。何かは変わるかもしれないが、私はだれかの血が流れることは、嫌なのだ。血を流さないで済む方法があれば、結果が出るまで時間はかかっても、私はそちらを選ぶ――そんなことは、ユキトたちを見殺しにした私が言えることではないけれど」

オルドは、祖父の言葉はよく覚えている。

祖父は、狡猾というより賢かった。状況判断にもたけていて、革命は成功の見込みがないと分かっていた。冷静で、情に流されず、ユキトの仲間に「臆病者」と謗られながらも、彼らの行動を止めた。

祖父は自身を日和見で気弱だと言ったが、その実態は、オルドの父とはまるで違った。

オルドの父は、面倒なことになるのが嫌なだけで、祖父は、いつでもユキトたちと、それから自分の一族を慮っていた。

同じ行動をしていても、祖父と父では、行動原理がまるでちがっていた。

 

祖父は、「第二次バブロスカ革命」の、ドーソンの男をよく例に出して、オルドに語った。ユキトは首謀者であるロメリアを自身に重ねていたが、祖父は、彼を尊敬していた。

祖父の言うドーソンの男は、革命には加わらず、革命の首謀者たちを止めたが、もう手遅れだった。彼は革命終息後、ひとり、サルーディーバについてL05に行き、革命に散った仲間の冥福を祈ったのだと。

祖父は、彼の名を知らなかった。第二次バブロスカ革命の記録は現存しない。ユキトが革命を起こすきっかけになった、「ロメリアの日記」は、ユキトが地球行き宇宙船に持っていき、地球で燃やしてしまった。

もちろんオルドも、読んだことはない。

 

オルドは、祖父もユキトも――そして、名も知らない、祖父の話に出てくるドーソンの男を畏敬している。

祖父は、思想だけはユキトと似通っていた――行動は違っても。

だから、祖父だけが、オルドの母親を悪く言わなかった。

父でさえ、親戚やドーソンのまえでは、オルドの母親と恋仲であったことを恥だと言うこともあったのに。

 

アーズガルド家でオルドを愛してくれたのは、祖父と、二つ上のアーズガルド本家の跡取り、ピーターだけだ。

父が結婚した貴族軍人出の女は、オルドにはつめたかった。よくある話だ。

オルドはいつでもアーズガルドを出て行きたかったが、祖父とピーターがいるから我慢していた。

オルドは母の顔も知らず、ヴォールドの名で、十二歳までアーズガルドの人間として暮らしたが、祖父が亡くなったのをきっかけに、家出した。

父は一度だけ呼び戻しに来たが、オルドの決意が固いことがわかると、「好きにしろ」と言って、籍を外してくれた。

あのときも泣きながら止めてくれたのは、ピーターだけだった。

ヴォールドは、オルドと名を変え、姓も母親の方のフェリクスにした。頭の方も悪くなかったので、アカラ第一軍事教練学校にすんなりと入ることができ、学校でライアンたちと知り合い、彼の傭兵グループに入った。

 

 

「俺は、アーズガルドに帰る気はねえんだ」

オルドはもう一度言い、今度はクラウドの目をまっすぐに見ながら言った。

「戻ったところで俺はつげない。アーズガルドにはピーターがいて……、いや、それ以前に俺は、アーズガルド内では傭兵の子と蔑まれていた。戻ったところで、なにもできやしねえ」

 だれも、俺の話を聞くやつはいない。どんなに得な話でもな、とオルドは言った。

 

 「……」

 クラウドは、オルドのグラスに酒を注いだ。

 「今度は、味わって飲めよ」

 クラウドの軽口は、肩が強張っていたオルドの姿勢を、すこしだけゆるめた。

 

 「……ララはああいったけど、選択は君の自由ってことに変わりはない」

 クラウドも、グラスの酒をちびりちびりとやった。

 「俺の気持ちは、君に声をかけたときから変わっちゃいない。今日の話を君が聞いて、どう行動するかは君の自由だと言った」

 「……」

 「だけど、俺も賭けてる――軍事惑星が崩壊しない方向にさ」

 

 (そう。そして、この宇宙船内で起きる、奇跡に)

 クラウドは胸の内だけでそう呟いた。

 “ヴォールド”が乗っていたことは、奇跡にほかならないのだ。

 

 「軍事惑星の崩壊だって――」

 オルドは苦笑しかけたが、完全には笑いとばしきれないようだった。

 「軍事惑星群というと、いつもドーソンとロナウド、マッケランの名が出る。三つ巴ってね。みんな、アーズガルドを忘れてる」

 「当然だろ――アーズガルドが何をしてきた?」

 

 歴史の中で。

悪いことも、いいこともやっちゃいない。

ユキトの存在は、稀有だった。

 オルドは苦笑した。

 

 「軍事惑星群は三つ巴じゃない。車輪は四つ――自動車のタイヤが一つ欠けるとどうなる。自動車は、走れない」

 「……おまえがアーズガルドをそんなに買ってくれているとは思わなかったよ」

 オルドの言葉はただの皮肉だ。だがクラウドは首を振った。

 「違う。買ってるのは、アーズガルドじゃない、君だ」

 オルドの目が見張られた。

 「アーズガルドはたしかに軍事惑星群の調整役だとおもう。だが、調整役たらしめているのは、人だよオルド。アーズガルドの血脈のなかに現れる、傑物だ――ユキトや“ロメリア”といった――人間だ。俺とララは、君の才能を買っている」

 

 あの金龍幇の頭領と、元心理作戦部の副隊長が俺を買っている? 

 オルドは、甘言に乗る気はない。

 彼らが、自分の何を知っていると言うのだ。

 

 「くだらねえ――話はそれだけか」

 「俺も、君に切り札を見せよう。――さっきの、ララと防衛大臣との会話の意味がわかるはずだ」

 クラウドも景気づけに、残った酒を飲み干した。

 

 「ロナウドは、マッケランと計画して、軍事惑星群の大改革を目論んでる。――具体的には、軍人と傭兵の垣根を、完全に取っ払うことさ」

 「なんだって!?」

 低い声しか出さなかったオルドの口から、はじめて大声が洩れた。ついでに、被っていたフードもぱさりと後ろへ落ちた。寝癖のついた、黒髪が揺れた。

 

 「内容としては、傭兵も自由に軍部に入れること――傭兵は尉官から上にはなれないが、その上限も取っ払う。傭兵出身者でも能力のあるものは、どんどん佐官や将官に抜擢する――ほかには、認定制度をゆるめて、傭兵をすべて認定にする――傭兵の子どもたちへの教育制度の徹底――ほかにもいろいろあるが、とにかく、軍事惑星に根付いた差別を根こそぎなくすってことさ」

 

 「無理だ……」

 言葉は簡単だが、そううまくいくわけはない。オルドは思わず呟いていたが、それでようやく、さっきの会話の意味が分かった。

 「――白龍グループは、その、ロナウドの計画に反対なのか」

 

 傭兵の待遇をよくする政策を、傭兵が反対する?

 

 「反対というか、不十分と感じてるんだ」

 クラウドは言った。

 「君も傭兵ならわかるはずだ――傭兵を軍部に入れるとか、傭兵をすべて認定にするとか、すべて軍部側から見た、傭兵に対する“譲歩”みたいな提案だ。そんなものに、傭兵が飛びつくものかと白龍グループは言っている」

 「……」

 「一見、いい提案に見えるが、すべて軍部の上から目線で計画された提案でしかない。ほんとうに傭兵のことを分かっていないと、――まあ、ぶっちゃけいうと、腹を立てている」