――君たちは、傭兵が虐げられてきた歴史をまるで理解していない。傭兵擁護派だのなんだの、それこそが差別だとおもったことはないか。今さら、“軍部の提案”などに乗ると思うか。どこの傭兵が? そんな、上から目線の提案に? 軍部とうまくやってる傭兵はいる。だがな、そんなのは少数だ。傭兵の大多数が、いまだに軍部に恨みを持っている。同じだよ――世間の大多数が、傭兵は野放しにすると危ない存在だって思ってるようにね――。 ララの台詞を思いだし、オルドは急に酒が苦くなった。 「これはまだ、白龍グループの幹部と、ヤマト、メフラー商社の幹部内だけに流布してる話だ。これがもっとほかの傭兵グループに伝わったら、抵抗はもっとひどくなるだろうさ――」 「……腹を立ててンのは、白龍グループだけか」 「メフラー商社も、ヤマトも同じさ。ロナウドの提案は、わるくはない。受け入れる部分もある、だが、それだけでは不十分だとね」 ララの言い分は、オルドにもよくわかった。ロナウドの提案は、ララの言うとおり、傭兵のことを分かっていない提案だ。 “傭兵が喜んで軍部に入る”と、本気で思っているのが、差別する側の人間の発想だった。 この提案をライアンに話したら、鼻で笑うことが容易に想像できた。メリー辺りは単純だから、「へえ〜あたしでも大佐とかになれんのかな?」と能天気に言うかもしれない。 オトゥールは、グレンと同じく傭兵を差別しない人間だった。だが、やはり傭兵のことを分かっていない。軍部と傭兵のあいだにある問題は根深い。差別の象徴と言えるべきバブロスカ監獄が破壊され、傭兵と軍人が手を取り合った瞬間があったのだとしても、それが“すべて”ではないのだ。 「おまえは意外とバカなのか」 オルドはクラウドを、信じられないといった顔で見つめた。 「俺は、まだアーズガルドと完璧に切れたわけじゃねえ――俺は切れたつもりだが、ピーターとは、まだつながってるといってもいい。そんな俺に、ロナウドの計画を漏らすのか? 俺から、ピーターに漏れ、ドーソンに漏れるって可能性を――」 クラウドは、「そうだな」と言った。 「ピーターでなく、レオンからか?」 オルドが、今度ははっきりと、動揺を示した。さっきから続く衝撃的な話のせいで、ポーカーフェイスを保つことが難しくなったのだ。 「レオンから、ドーソンに漏れる。それは確実かもしれない。どの道君は、今日俺から聞いたことを、ライアンには話す。俺は、それを前提で君に話をしてる」 「……」 「だが、おそらくドーソンに漏れたとしても、ドーソンにそれを邪魔する余裕はもはやない。――L11に投獄された連中が、一斉に戻ってこない限りは」 クラウドの言葉はハッタリか。それとも真実か。 オルドはクラウドの表情を観察したが、そこには真剣な顔があるだけだ。 オルドはクラウドと同じ舞台には立っていない。持っている情報量が違いすぎるのだ。軍事惑星の内情も、なにもかも。クラウドの言葉が真実だとするには、ドーソンはいまだ化け物染みた執念を持って権勢を誇っている。ロナウドたちの計画を妨害できないわけはない。それとも、これはクラウドの言うとおり「賭け」なのか。オルドに心を開かせるために手持ちのカードをさらけ出した――にしては、クラウドの、オルドを見つめる表情は涼し過ぎた。 オルドは知らない。クラウドとて、密かに脂汗をかいていたことを。 オルドの想定はあっていた。気が重くなるような探り合いが続く。 やがてオルドの息が荒くなり、自分を落ち着かせるように両腕を擦った。オルドはしばらくそうして、自分を鎮めることに成功した。 「――そのロナウドの計画には、確実に、ドーソンは邪魔だな」 オルドが呟くと、クラウドは笑った。 「話が早くて助かる。さすが、アンダー・カバーを大きくした、やり手のナンバー2だ……」 「ドーソンは、L18から消える――そんな予感はしていた」 「……」 「アーズガルドも同じだ……アーズガルドは蔦みてえなもんだ。ドーソンに寄生して生きてきた、ツタだ。巻き添え食って半分消えたところで、自業自得ってやつだろ……」 しんみりとした口調でオルドは言い、酒を手にしたが。 「それじゃ、済まないんだよ」 犠牲は、半分ではすまなくなるかもしれない。 クラウドは、オルドの耳近くで、衝撃の事実を口にした。 オルドは――絶句の形で固まったあと、「無茶だ!」と叫んだ。 「無茶だ、冗談が過ぎるぞ! そんなこと、できるわけが――!」 「ララが“交渉”していたのは、“それ”をL55に認めさせるためだ」 「……!」 オルドは、もう一度フードを被った。表情を見せないようにするためなのか――もう、何も聞きたくないという意志表示にも見えた。 「てめえ……!! とんでもねえ話を聞かせやがって……!!」 オルドの冷や汗交じりの鋭い視線を、クラウドは受け止めた。 「こんなとこに、ついてくんじゃなかったよ……!」 オルドは心底、そう思った。 「君ももう、他人事じゃいられないはずだ」 クラウドの涼しい顔が、憎たらしかった。クラウドがさっきのララなら、オルドは防衛大臣の立場だ。まるで誘導尋問だ。 「……クソ!!」 (やっぱり心理作戦部の鬼だよてめえは!!) ――オルドは、クラウドが言わぬまでも、アーズガルドの役割は知っている。 調整役――これほどハマった言葉に出会ったことはないが、オルドはその通りだと思った。 オルドは、アンダー・カバーに所属して初めて、自分が恐ろしく父親と似ていることを自覚した。 ああなりたくはないと思っても、為すことは結果、同じだった。「アンダー・カバー」のためなら、簡単に手のひらを返すことができた。日和見にも気弱にも化けることができた。 アンダー・カバーのために潰した傭兵グループのボスは、オルドを「なんて狡猾な奴だ」と罵った。狡猾。褒め言葉だと思ったその瞬間に、父と似ているのを自覚したのだ。 あくまで傭兵グループを潰したのは自衛のためだった。大きくしかけたアンダー・カバーの大多数を、やつが引き抜こうとしたから。 アンダー・カバーを大きくしたのはオルドだ。最初、ライアンとオルド、メリーだけで始めたグループを、三十二人態勢の、おおきな組織にしたのは。 ライアンのカリスマの陰で、オルドはうまくアンダー・カバーを調整している。オルドなしでは、アンダー・カバーの組織は終わりだろうと、いつもライアンは言う。 そして言うのだ、彼も。 「おまえはやっぱり、アーズガルドの人間さ」と。 オルドが嫌がるのを知っていて言う。だがオルドは、ライアンに言いかえすことができない。ライアンに、そんなふうに思われているのが哀しかった。 “ララの提案”がL55に通ってしまったら、軍事惑星群がどうなるか、オルドには容易に予想がついた。ついてしまった。 (そんなにうまくいくわけがねえ……でも、) 通ってしまったら、今度はアーズガルドが危ない。 大勢のドーソンの人間がL11に更迭されたことで、アーズガルドの人間も半分が巻き添えを食った。だが、ドーソンに関わっていない人間は無事だ。 ――嫡男である、ピーターも。 アーズガルドは「半分」残っている。でも、ララの提案が成し遂げられたら――おそらく。 (アーズガルドは、傭兵たちに潰される) 最悪のシナリオだった。 あの老舗傭兵グループ三社相手に、アーズガルドの代表となるピーターが太刀打ちできるわけはない。ピーターの命も、危なくなるかもしれない。 (いや――そんな大それた提案を、ロナウドとマッケランが呑むか? ヘタをしたら、軍事惑星そのものが崩壊するぞ) 防衛大臣が、あれほど冷や汗を拭いながら、ララの進言をくつがえそうとしていたわけが、ようやくわかった。 オルドは将校の子として十二年間、傭兵として十四年間暮らしてきたのだ。両方の視点を持っている――どちらの側から見ても、危うい“提案”だった。 (交渉が決裂すりゃ、傭兵連合と、ロナウド、マッケラン、アーズガルドの戦争になりゃしねえか?) ピーターはL22の軍事学校を出て、今はアーズガルドの後継者として奔走しているが、一度も戦争に出たことはなく、軍事関係には疎い。彼の性格も、軟弱とは言わないが、ロナウドのオトゥール、ドーソンのグレン、マッケランのカレンやアミザに比べて、カリスマも覇気も足りない。器も圧倒的に劣るだろう。 ピーターは優しいが、優しい分、平凡と言ってさしつかえない人間だった。 (ピーターじゃ、傭兵グループと交渉はできねえ……負ける) 今現在、動けないドーソンの穴埋めのために、マッケランのL20が辺境惑星群に駆り出され、そのマッケランの穴埋めに、L4系の一部の戦乱を止めているのは、ララの言った通り――傭兵グループなのだ。 アーズガルドも軍を出しているが、とても、ドーソンの穴埋めができるような勢力ではなかった。もともと強い一族ではないのに、半分に削られてしまったのだ。 今に始まったことではない。アーズガルドは縁の下の力持ちで、調整役だった。ほかの三家のような大きな軍事力はなくても――。 |