オルドは、震える全身を擦りながら、タクシーに乗っていた。「お客さん、寒いかい」と運転手がエアコンを弱めたが、オルドの震えは止まらなかった。恐怖ではない、動揺か――クラウドと肩が触れるほど接触した際に、盗聴器でもつけられていたらと全身をさぐったが、それらしきものは出てこなかった。

 

(あの野郎、レオンの任務が終わったら、俺が消してやる)

 

聞かずともいい話を聞いた。オルドはつくづく後悔した。金龍幇の頭領を見るためだけに、ノコノコついていった自分を。

オルドは追跡を撒くために、K16区でタクシーを降り、K06区には徒歩で向かった。

追われている気配はなかったが、オルドは、いまだかつてなく周囲に注意を払った。

 K06区は、いつ来ても気が殺がれる外観の区画だ。介護が必要な老人や、身体障がい者がすむこの居住区に、まさかアンダー・カバーの傭兵が紛れているとはだれも思わないだろう。可愛い花々に囲まれた道を、険しい顔をしてあるくオルドを、皆が怯えたように避けていった。

 オルドは、一軒の小さな平屋にたどりつく。ルナが「ここに住みたい!」と叫んだ、りんごの木がある庭つき一戸建てだ。

オルドは、情けない気分にしかならない、マヌケ面のきのこの郵便ポストのなかに手を突っ込んで鍵をさぐり、合鍵を使ってドアを開け、すばやく後ろ手でドアを閉めた。

 

 「どうした、オルド」

 オルドの焦った様子に、レオンを車椅子に乗せていたライアンが、驚いて目を丸くしている。メリーもだ。

 “テセウス”の後遺症で、身体が思うように動かないレオンは、この区画にいても違和感はなかった。ほとんど外に出られないレオンを、オルドたちは交代で、車いすに乗せて散歩させていた。

 

 「ライアン、アジトをもう一ヶ所増やそう」

 オルドは、息を弾ませながらささやいた。

 「クラウドに接触された。俺たちが、レオンと乗ってることもバレてる」

 「……え!?」

 叫んだのは、オルドに水を持ってきたメリーだった。

 ライアンは、眉をひそめただけで冷静だった。レオンも、反応はない。

 

 「レオン、散歩はあとにしよう」

 ライアンの言葉に、レオンは頷いた。

 オルドはメリーからペットボトルをひったくり、半分ほど飲み干した。

 「オルド、あんた酒臭い。どれだけ飲んだの――それに、敬語どうしたのよ。ライアンに敬語使おうっていったのあんたじゃない。部下にシメシつけるためにって、」

 「今は、俺たちだけなんだからいいだろ」

 ライアンは軽く言った。

「それで、クラウドに接触されたってどういうことだ、話せ」

 

 オルドは、クラウドに連れられて株主総合庁舎に行き、聞いてきた話を、すべて話した。ララと防衛大臣との会話も、それから、クラウドがした話も。

 ――ロナウドの、計画も。

 そして、最後に、クラウドがオルドに耳打ちした、ララと防衛大臣との、交渉の内容も。

 

 「……傭兵グループが、そんなことを企んでるのか?」

 レオンがつぶやいた。

 「ああ」

 オルドはいつものように、自身の主観を交えず内容だけを報告した。頭の中は混乱でパニックを起こしていたが、彼らに順を追って話すうち、自分でも整理がついてきたのか、震えは止まってきた。

 

 ライアンが肩を竦め、

 「あり得ねえ話じゃねえな。ドーソンの弱体化を考えりゃ、老舗グループが行動を起こすのも分かる」

 と言った。

 

 「なァ、レオン。いっそのこと、任務は中止したらどうだ」

 「なに言ってんのボス!?」

 メリーが素っ頓狂な声を上げた。

 「ユージィンは、おまえがあと、三年も生きられねえことを知ってる。まさか、おまえまで連れ戻そうとはしねえだろうさ」

 「だからって――任務を中止なんて――ドーソンが何をしてくるか――」

 メリーの声には怯えが交じっていた。だがライアンは平気な顔だ。

 「やめようぜ、レオン。グレンを殺したって、なにかが変わるか? エーリヒを見張って、何も出てこなかったら? どっちにしろ、任務は抜きにして、俺がエーリヒを張ってやる。ユージィンとのつなぎも俺が受け持つよ。おまえは死体になれ。おまえは死んだとユージィンに告げれば、ぜんぶ収束だ。これは不自然な嘘じゃねえ。おまえの寿命は、もうたいしたこと――」

 

 「やめて、ボス!」

 メリーが引きつる様な叫びをあげた。

 「それは知ってる。知ってるけど、何度も言わないで!」

 

 ライアンは、メリーに「すまん」と短く詫びたが、前言を撤回することはなかった。

「おまえは、もう任務のことも、グレンのことも、あきらめろ。それで、みんなで地球に行って、仲良く暮らそうぜ。今みてえに」

 「……」

 俯いたのは、メリーだった。俯き、掬い上げるような目でレオンを見る。

 

 「――ユージィン叔父は、そんなに甘い男じゃない」

 レオンは言った。

 「俺は三年もせずに死ぬ。メリー、ライアンの言うことはもっともだ。だが、ユージィン叔父は、冷酷で、最後の詰めを絶対にあやまらない男だ。俺が死んだという証拠を見せろ、死体を送り返せと言ってくるはずだ」

 「……!!」

 メリーの肩がビクリと怯えた。

 

「ウソがばれたら、大変なことになる。おまえたちが地球に着いたって、任務を放棄した償いはさせるはずだ。俺は、おまえたちには、地球で無事に暮らして欲しいんだ。俺がいない世界で、おまえたちがユージィン叔父に捕らえられることを想像したらぞっとする。だから、任務は続行する」

 「……」

 「おまえたちを巻き込んですまない」

 「……おい。それはなしだと言ったろ。そんなことを言うなら、俺はもう、何も言わねえ」

 ライアンは、ほんとうにそれ以上何も言わなかった。

 

 「ボス!」

 メリーが怒鳴り、「な、なんだよ……」とライアンが怯んだ声を出す。

 「あんたがロビンなんかとくっだらない仕事してっから、そっちから、クラウドに漏れたんじゃないの!? ロビンとクラウドが仲間内なの、知ってんでしょ!!」

 

 「いや、それはない」

 ライアンが何か言うまえに、レオンが否定した。

 「クラウドがオルドに接触したのは、ライアンのせいじゃない」