「だって――」

 メリーが口を尖らせたが、レオンはおだやかに言った。

 「クラウドが、オルドに接触した理由はクラウド本人が話してるじゃないか。クラウドは、オルドに、アーズガルドに戻れと言ってるんだよ。――アーズガルドを救うために」

 

 「――!!」

 オルドの鉄面皮がゆがんだ。

 

 「オルド、アーズガルドにもどる気はないのか」

 「!!」

 まさか、レオンにそんなことを言われるとは、という顔だ。オルドの目が彷徨った。レオンの信じられない言葉に、あきらかに動揺していた。

 

 「……俺は、アーズガルドにもどる気はないと、クラウドにも言った」

 「……」

 ライアンは、腕を組んでオルドを見つめていた。

 レオンは、かつてのレオンとは違う顔、違う声で、かつてのレオンとおなじやさしさを持った口調で、言った。

 

 「俺の頼みでも?」

 「――っ!?」

 

 めのまえの、車いすの男は、かつてのレオンとは違う顔だ。この顔に慣れるまでに、オルドはだいぶかかった。

 “テセウス”という法律違反の科学技術でよみがえり、別の顔を持って生まれ変わった。――任務のために、宇宙船に乗せられて、あと二年弱しかない命を、ドーソンのために捧げようとしている、レオン。

 

 「オルド――アーズガルドは間に合う。おまえがいれば、きっとまだ、間に合う」

 レオンはしずかに言った。

 「これ以上、大切な人をなくしたいのか」

 「……っ、レオ……」

 オルドは唇を震わせたが――次の瞬間には、レオンの肩をがっとつかんだ。

 

 「レオン、あんたが会え!!」

 「俺が? だれに?」

 「グレンにだ。あんただってまだ間に合う! クラウドが、グレンと話す席を用意した。ほんとうは――あんたが話すべきなんじゃないのか!?」

 

 レオンがユージィンから課された任務は、ほんとうに必要なのか。レオンとグレンが腹を割って話し合い、昔のように理解し合えれば、――グレンを消す必要なんてなくなる。

 

 だがレオンは、首を振ってオルドの肩を抱いた。

 「――無理なんだよ。俺とグレンは、とっくの昔に決裂してる」

 「……」

 「グレンを消したいと願ってるのは俺の意志だ。アイツは、俺たちを捨ててひとり宇宙船に逃げた。それは許せない」

 ライアンもメリーも無言だった。オルドも知っていた。だが、言わずにはいられない。

 

 「もっと話すべきだ。分かりあえるまで!」

 

 レオンもグレンも同じだ。傭兵が好きで、傭兵と軍人が、手を取りあえる世界を――いや、傭兵の友達と、対等でいたかっただけだ。どちらが下とか上ではなく――。

 

 「なあ……いっしょに地球に行って、暮らそう。レオン。ライアンが言ったみたいに……」

 オルドは震える声で言った。メリーが涙ぐんでいた。

 「グレンのことも、ドーソンのことも忘れて……」

 

 レオンは、首を振った。

 「グレンは、“ドーソン一族は滅びてもいいと思ってる”。だが俺は、そうじゃない」

 「……!!」

 オルドは顔を反らした。レオンの気持ちが痛いほど分かるからだ。

 

 「俺は――俺にだって、親がいる。たいせつないとこもいる。ドーソン一族が行ってきたことに、目を瞑るつもりはない。裁かれるべきは裁かれなければならない。だが俺は、たいせつなひとを見捨てられない――おまえのように」

 「許してくれ――レオン」

 「許す? 俺は、一度だっておまえを恨んじゃいない。どうしておまえがそんなことを思うんだ。――もしかして、反乱のことか? 俺はおまえたちに打ち明けなかった。だから、おまえたちが俺を助けられなかったなんて、そんなことを考える必要なんて、ないんだ。あれは、俺がドーソン一族としてやったことだ。おまえは関係ない」

 

 

 レオンが、傭兵擁護派のいとこたちを引き連れ、ドーソンの宿老に反乱を起こしたのは、これ以上ドーソンを崩壊させたくないためだったということは、ここにいる三人しか、もはや知る者はいない。レオンの意志を知っているほかの仲間は、みんな監獄星のツヴァーリ凍原で爆死した。

 レオンは、言葉通り、ドーソンの血脈を持っている人間しか集めなかった。だが、ドーソン以外を巻き添えにしないというレオンの意志があるように、仲間にも意志があった。彼らが勝手に、よそで仲間を募ってしまった。そこからユージィン達宿老に漏れ、じっさいに反乱が起こるまえに鎮圧されてしまったのだ。

 レオンはたしかに、仲間とともに爆死したはずだった。

 なのに自分は目覚めた。生きていた。めのまえにはユージィンの顔があった。

 よみがえった自分は、かつての記憶があいまいだった。最初は、めのまえの男がだれだったかも、分からないほどだった。

だが、日を追うにつれて徐々に記憶はもどり、ユージィンが自身の叔父であることも思い出し――なぜ自分がこんなところで寝ているのかもわかった。

自分は、マルグリットやほかのいとこや親類の仲間とともに、輸送列車内で死んだはずだったのに。

それが、テセウスという科学技術で、バラバラになった身体がかき集められたのだと知ったときは、動揺し、憤慨した。

 おまけに、自分は全くの別人に、作り替えられていたのだ。

 怒りと困惑で気が狂いそうだった。レオンをよみがえらせたのはユージィンで、レオンを利用するためだ。

 

 ユージィンは言った。「レオン、おまえを許そう」と。 

 

 「ドーソンも人手不足なんだ。おまえをわざわざ生き返らせなくちゃならんほどにな。今回の任務には、おまえが適任だ」

 

ユージィンは、エーリヒが宇宙船に乗ろうとしていることから、地球行き宇宙船になにかがあると感じていた。

 マリアンヌという女が残した、L18、つまりドーソン一族の滅亡の予言――それに関連するなにかを得るために乗ったのではないかと。

 

 ユージィンはレオンに任務を与えた。地球行き宇宙船に乗り、グレンの動向と――これから宇宙船に乗ってくるエーリヒという男の動向を見張ること。

 ――そして。

 

 「グレンが、ドーソンの滅亡に関与しそうになったら、消せ」

 「……」

 一番仲が良かったいとこを、消せというのか。昔可愛がっていた子供でも、逆らえば容赦なく爆破する叔父らしい言葉だった。

 だがレオンは、グレンを消せるような気がした。彼の自殺願望を、レオンはよく知っている。グレンはドーソン一族の嫡男である自分自身を憎み、ことあるごとに消そうとした。

 銃を向ければ、意外と簡単に受け入れるのではないか。

 俺と一緒に死のう、といえば、グレンは頷くような気がした。

 

 「グレンは、おまえたちを見捨てて、ひとりで逃げたんだぞ。地球行き宇宙船にな」

 

 そんなことはとっくに分かっている。グレンは、ドーソン一族が一滴の血も残すことなく滅びればいいと思っている。レオンはそうではない。傭兵との差別はなくすべきだ――だが、ドーソンが滅びればいいとは、微塵も思っていなかった。

その時点でグレンには失望した。だからレオンが、マルグレットたち、同じ血筋の仲間を連れて反旗を翻した。これ以上、ドーソン一族に無駄な血を流させたくなかった。これ以上、罪を重ねてほしくなかった。

 グレンにいて欲しかった。グレンといっしょに立ちあがったら、どれだけ良かっただろう。だがグレンは逃げた――俺たちを置いて、ひとりで。

 

 「おまえが、ドーソンを滅ぼしたくないために起こした行動だというのは分かっている」

 ユージィンは、哀れな者を見る目で親戚の子どもを見つめて、そう言った。

 「宇宙船でエーリヒを見張れ。――おまえだって、もう、たいせつな人間を失うのは嫌だろう。おまえは、グレンとは違うからな」

 レオンは、よみがえったところで、二年弱しか寿命はないと言われた。それなら、ユージィンの任務を成し遂げようと言ったのは、レオンだった。

 

 「グレンは、俺が始末する」

 「地球行き宇宙船に、おまえと乗るのは、ドーソンの人間ではない。おまえが学生時代、友人だった傭兵だ。ライアンと言ったかな。……任務が終わったら、そのまま、地球に行っていい」

 

 ユージィンの大きな手に撫でられて、レオンは涙をひとすじ零した。

 子どものころは、よくそうされた。恐い父とは違い、ユージィンはいつでもレオンを、グレンを抱き、よく誉めてくれた。その手でいつくしみ、撫でてくれた。

 レオンにつけられた見張りは、ドーソンの人間ではない。ライアンは一番仲が良かった傭兵の友人だった。そのことが不思議で、レオンは無垢な瞳でユージィンを見つめたが、すぐに目を反らされた。

 この叔父はやさしかった。かつてはやさしかった。彼もまた、ドーソンという、巨大な支柱に、こころを押しつぶされた者のひとりなのだ。

 

 (グレン、だれもがおまえみたいに、割り切れるわけじゃない)

 

 ドーソンを憎み、でもたいせつな人を捨てきれないでいる。その葛藤に引き裂かれた人間は、ドーソンの中にも数多くいるのだ。

 

 

 「――オルド。おまえがグレンと会え」

 レオンは、オルドの髪を、あのときのユージィンのように撫でながら言った。

 「俺の代わりに会ってくれ。それで、できるなら、後悔しない道を選べ。――俺みたいに、選択の余地がなくなるまえに」