オルドははっと飛び起きた。いつのまにかソファに横になっていたのだ。反射で腕時計を見ると、十時を回っている。

 

「起きた?」

カレンが覗き込んでいた。

「今起こそうかと思ってたの。ホレ、水。あんた相当飲んだから、ノド乾いたでしょ」

 

ペットボトルの水を手渡されて、オルドは呆然と、その光景を見た。

きのうのダイニングテーブルにはすでに朝食の用意がされていて、何人かが席について、食事を始めていた。オルドが眠っていたソファのほうのテーブルにも、何人かの朝食が次々と置かれていく。運んでいるのは、ルナだ。

 

「おはよう! ハトさん!」

「……おはよう」

俺は鳩じゃなくてオルドだと訂正することも忘れて挨拶した。

オルドはまたはっとして、あわてて立ちあがった。寝癖つきの髪を手ぐしで整えることもせずに。

 

「帰る」

「待ちなって。朝メシ食っていきなよ」

カレンが止める。

「いや……俺は、」

「はい、これタオル、バスタオルと歯ブラシ。シャワーはあっちです! ハトさんは、どっちの朝食がいい? ごはんとおみそしると出汁巻たまごですか。おさかなは今日サンマの干物です。それともパンとオムレツですか。こっちはいっぱいソーセージがつきます! コーヒーと紅茶はどっちにもつくよ! セルフサービス!」

ルナが、つっかえもせずこんな長文をすらすら喋ったことに、アズラエルたちは驚いていたが、オルドも、ルナの勢いに怯んだように、バスタオルセットを持ったまま佇んでいた。

 

「――パンと――オムレツ、で――」

「わかりました! シャワーゆっくりつかっていいよ! ハトさんが最後だから!」

ルナはぱたぱたーっとキッチンに戻って行く。オルドは呆然とそのまるい後姿を追った。ふいにルナが振り返る。

「ヨーグルトもあるです!」

オルドは、無心でコクリとうなずいた。

 

 

 髪を拭きながらオルドがキッチンに戻ると、人数はだいぶ減っていた。テーブルについているのは、カレンとロビン、クラウドとミシェル、ルナだ。グレンとアズラエルは車いすなので、すこし離れたところでコーヒー片手にニュースを見ていた。

 

 「……」

 オルドは、キッチンのドアの柱に寄りかかって、光景を見つめた。

 彼らは、この宇宙船に乗って、こうして、皆で暮らしてきたのだろうか。何気ない朝の風景。オルドが、ライアンやメリー、レオンと暮らしてきた日々と同じだ。グレンたちの車いす姿が、レオンのそれと重なる。

あの退屈をきらうライアンですら、ほだされる生活だった。地球に行って、四人で暮らそうと言ってしまうほど。

 

 (俺も)

 オルドの目がかすんだ。

 (俺も――そうしたかった。四人で、いっしょに――)

 

 「できてるよ、ごはん」

 カレンが手招いた。オルドは、今度こそ素直に座った。

 二日酔いだが、オルドはめのまえのパンとオムレツ、サラダとソーセージ、ヨーグルトつきの朝食を完食し、さらに、昨夜の残りの、ラークのシチューまで食った。

 

 「アンタ、どこでラークの肉なんか、手に入れたんだ」

 オルドはコーヒーを飲みながら、ルナに聞いてみた。

 「うんとね、これ作ったのは、あたしじゃなくて、バーガスさんで、」

 「K15区の港に、毎月一度、L系惑星群全土の食材があつまる市があるんだって! 今月の市は、今日までだよ」

 茶髪の女はクラウドの彼女だった――が教えてくれた。

 「――今日までか」

 「差し入れのミート・パイ、とってもおいしかったよ!」

 ルナも言った。パイはみんなが食べてしまって、ひとつも残らなかったそうだ。

 「そうか。メリーも喜ぶ」

 「メリーさんってひとがつくったの? 今度のバーベキューパーティーには、メリーさんも、ライアンさんも連れてきてね!」

 「……」

 オルドは小さく笑ってごまかした。任務がなければ、それが可能だったかもしれない。

 

 和やかな朝食の席に、急に電子音が響いた。電話だ。ルナがぺぺぺっと電話まで走って、出ると、間もなくして子機を持ってオルドのところにやってきた。

 「ライアンさんってゆうひと」

 オルドは黙って電話を取り、二、三受け答えすると、今度こそほんとうに「いろいろ悪かったな、帰る」とルナに電話機をかえした。

 

 「ライアンさん怒ってた?」

 ルナがかなしそうな声で聞くので、オルドは苦笑した。

 「怒るかよ。心配してただけだ……俺が昨夜、帰って来なかったから」

 「おいおい、嫉妬深い旦那サマだな」

 ロビンが呆れ声で突っ込む。

 「当然だろ。二時間ですむ“任務”が、翌朝までかかってりゃ、心配もする」

 オルドはコーヒーを飲み干して立った。ルナが昨夜くれた“プレゼント”は、しっかり持っている。

 玄関先までは、ぎゅうぎゅう詰めになってまで、全員が見送りに来た。オルドはそのおおげさな見送りに、なんとなく気まずい思いをしながら、昨夜何度言ったかしれない「じゃあな」を、三度目の正直で言った。

 

 「オルド」

 カレンが言った。

 「――軍事惑星群で会おう」

 

 オルドはその言葉にわずかに目を見開き――「ああ」とはっきりと返事をした。そして、ルナにディスクを掲げて見せ、「ありがとう」と言い、グレンに「達者で」と言って、今度は振り返らずに、小走りで階段を降りて行った。

 

 

 

 

 

 オルドは、K06区に置いたアジトではなく、K32区の本アジトの方へ向かった。着いたのは、十五時近くだ。アパートの部屋にはいったとたんに、ライアンがオルドの胸ぐらをつかんで、部屋に引きずりいれた。体格差で勝るライアンに力づくで来られれば、オルドに為すすべはない。殴られるのを承知でされるがままになっていたが、ライアンは、オルドの方が息苦しくなるような声で、「オルド」と呼んだ。

 

「なにをほだされてンだ、バカが」

 ライアンからはつよい酒の匂いがした。オルドもおあいこだ。

 「クラウドにいいように丸め込まれたか? グレンに何か言われたか。尊敬してるグレンにいわれて、その気になったのか――あれほど嫌だったアーズガルドに、てめえはまた、戻る気なのか!!」

 「……俺はまだ、なにもいってねえよ、ボス」

 「そうだな、なにも言ってねえな。でも俺は、おまえが“何を選んだか”くらいは分かる」

 ライアンはそう言って、オルドを突き離し、自身も床に座り込んだ。

 

 「てめえを易々、ピーターなんぞに渡して、“今度は俺がおまえの故郷になってやる”なんて、カッコつけたセリフでてめえを送り出せって? ……できるか」

 

 床には、酒の瓶が数本、転がっていた。

 「そんなセリフ、だれが思いついたんだ」

 「メリーに決まってんだろ」

 「……ケンカしたのか」

 「ああ。大泣きして、アイツは今、K36区のアジトにいる。ひとりでな」

 「レオンをひとりに?」

 「レオンは、動けねえわけじゃねえ。いざ任務となったら、常人と同じ行動をとらなきゃいけねえんだ。たった一日、ひとりにしたところで――」

 ライアンは、顔を拭った。

 

 「ちくしょう、クラウドの野郎。――ぶっ殺してやる」