本気の憎しみがこもった言葉だった。いつも飄々としているライアンに、抑えきれないほどの憎しみを抱かせたのはクラウドであり、オルドだ。

 ライアンは、アンダー・カバーの組織には何の未練もない。大きくした組織が解体されようが、それは構わない。ライアンはもともと、組織を大きくする気などなかったのだ。ライアンは、オルドとメリーがいれば、それでよかった。

 

 ライアンもメリーも、オルドと同じく将校と傭兵の“ハーフ”だ。

メリーはオルドと同じ、父親が将校で母親が傭兵。メリーの母親は、将校の男に乱暴されてメリーを産んだという最悪のケースだ。

ライアンは母親が将校の家の出、父親が傭兵だ。ライアンの場合も、将校の女の火遊びでできた子どもで、十歳くらいまで居心地のわるい将校の家で暮らし続けて家出したという、オルドと同じような経歴だ。

 だがライアンの方が、過酷さはうえだ。ライアンの父親は不明だったため、ライアンは家出したあと、しばらく浮浪者同然の生活を送った。母親はライアンをさがしもしなかった。

飢え死にするまえに、“ベンティスカ”という傭兵グループのボスに拾われて、世話になり、学校にも入れてもらった。悲劇はライアンが十五の年に唐突に訪れた。傭兵グループは任務で「全滅」した。学校に通っていた、ライアンを抜かして。

ライアンは、父親代わりの親分も、仲間も好きだった。だが、だれにも、自分の母親が将校だということは言えなかった――ずっと。

 

 ライアンは天涯孤独だった――オルドやメリー、レオンと会うまでは。

 

 メリーもすでに母親をなくしている。母親は、メリーの父親をずっと憎んでいた。メリーもそうだ。ライアンも、オルドの数倍は、軍人に憎しみを持っている。自分の出生のふくざつさを、疎んでいる。

 傭兵仲間には、将校の片親を持っていることは言えない。傭兵の中でも、孤立する。

 同じ経歴の三人は、まるで傷をなめ合うように生きて来たのだ。兄弟も同然だった。

 だがメリーは、オルドが望むことなら、とオルドがアーズガルドに帰るのを、寂しがってはいても反対はしなかったのか。

 オルドは意外だった。ライアンの方が、あっさりとオルドを送り出すと思っていたのだ。現に、レオンがオルドに「アーズガルドに帰れ」と言ったときは、何も言わなかった。拗ねて泣くのは、妹分のメリーだと、オルドは思っていた。

 

 「ボス――ライアン、シャワーを浴びて、酒を抜け」

 オルドは、ライアンをささえて立たせようとしたが、ライアンは血走った目で床を睨んでいる。

 「酒を抜いて――K15区に行くぞ。メリーとレオンも連れてだ」

 「……何をしに」

 「ラークの肉を、買いに行く」

 「ラーク?」

 俺はそんな気分じゃねえ、とオルドの腕を振り払うライアンだったが、オルドはライアンの腕をつかんだ。

 「行こう」

 「……」

 ライアンは、脱力したように座り込んでいたが、やがて渋々、腰を上げた。

 

 

 メリーも、目が真っ赤だったが、女は得だ。濃い化粧で、見かけはなんとかごまかせる。ラークと聞いたメリーは笑顔を取り戻し、ミート・パイが完売だったことを告げると機嫌はますます上々になった。ライアンはふて腐れていたが、だまってレオンの車いすを押し、あとをついてきた。

 自動車でK15区に着いたのは、十七時をすぎたころだ。

 市は、最終日ともあって、店じまいの店舗が目立つ。三人――オルドとメリーと、ライアン&レオンは、あわてて、百あまりも並ぶ店舗から、ラークの肉が売っている店を手分けして探した。

 見つけたのは、メリーだった。メリーはおおはしゃぎで飛び跳ねながら、肉がたっぷり入った紙袋を掲げて、待ち合わせ場所にもどってきた。

 あとは四人一緒に野菜が売っている店舗でタマネギやきのこを買い、まだ残っている店舗を冷やかしつつ、歩きながら、レモンとはちみつが入った赤ワインを飲んで、魚のフライをはさんだパンを食べた。

 「あんたたち、呑みっぱなしじゃない」

 メリーに言われて、ライアンとオルドは二杯目を諦めた。ペットボトルの水を分け合いながら、肩を竦めて笑いあった。やっと、ライアンにも笑顔が戻った。そのことに、メリーもオルドもほっとした顔をした。

 

 夕食は、だいぶ遅くなったが、ラークのシチューだ。いっしょに買ったライ麦パンが添えられる。ひと匙すくって食べ、「なつかしい」と一等先に言ったのは、レオンだった。

 「まさか、宇宙船内でラークのシチューが食えるなんてな」

 メリーもパンをちぎってシチューに浸しながら言った。

 「コレだけは、傭兵も将校もないよね。L18の人間は、みんな食べてる気がする」

 「ラークだけは、極寒の痩せた土地でも育つからな――意外と脂たくわえてるし」

 ライアンも「旨い」と言って瞬く間にたいらげた。

 昨夜パーティーで食べてきたシチューより、メリーのつくったシチューの方がうまいとオルドも思いながら、無言で食べた。

 

 女の力は偉大だ。K32区のアパートも、K36区のそれも、ほんとうに「アジト」といった具合に生活感がなかったが、ここK06区の家だけは、メリーの尽力もあっていろいろと家具がそろっていた。オルドもライアンも、物は持ちたくない方で、おそらくメリーが居なければ、冷蔵庫ひとつ、ブランケット一枚の、殺風景な生活をしていたことだろう。

 メリーの号令一下、男たちはありったけのマットレスを持ち出して、床一面に敷いた。ソファベッドはキッチンに押しやられた。マットレスの足りないところを毛布でうめて、部屋は男三人と女一人が寝転がっても余裕のある特大ベッドと化した。

 メリーは、よくこうして寝たがった。オルドもライアンも、ほかの人間はごめんだが、メリーのわがままには付き合った。元が優しい、レオンもだ。

 宇宙船に乗ってから、何回こうして、四人でゴロ寝しただろうか。片手で数えられる回数にはちがいないが、今日が、四人で一緒に寝る最後だということは確実だった。

 

 「オルド、オルド、こっち向いてよ」

 オルドは一番端で、壁側を向いていた。真ん中にメリーとレオン、オルドとは反対側の端で、ライアンは天井を見上げていた。

 「オルドっ! こっち向いてよっ!」

 ライアンが天井を見つめたまま裏返った声で怒鳴ったので、レオンがプーッと噴き出した。背を向けていたオルドも「ぶフッ!」とヘンな音を出して全身を震わせた。

 

 「どっから声出てンのよ!」

 メリーももちろん笑って、枕でライアンを叩こうとして、レオンの顔面を直撃した。

 「ぶお!!」

 「あっゴメン!!」

 メリーの謝罪が終わるまえに、レオンが自分の枕をオルドの後頭部に投げつけ――オルドが反撃した。メリーに。メリーがオルドを枕で殴り返し、最後は三人で、ニタニタ笑っているライアンめがけて突撃していった。

 四者入り乱れて暴れ――やがてレオンがぜいぜい、おかしな呼吸になってきたので、レオンの体調を慮って、まくら投げは終了した。

最終形態は、なぜかライアンの腹をレオンとメリーが枕にし、オルドの腹をライアンが枕にするという奇妙な体勢で、四人とも天井を見上げることになった。

 

「レオン」

オルドが言った。

「……グレン先輩は、アンタと会えなくなったことが、寂しいって言ってた」

「そうか」

レオンは短くこたえ、「知ってる」と微笑んだ。

アイツは寂しがり屋なんだ、昔からな、となつかしむようにぼやいた。

 

 枕は羽とただの布きれと化した。枕から出てしまった羽を摘まみあげながらライアンは、

 「やっぱおまえの顔、慣れねえわ」

 とこぼした。

 「……俺もだよ」

 あと二年しかねえが、一生慣れねえよ、とレオンは苦笑した。

 「元の顔のが、男前だったよね……」

 メリーがつぶやき、

 「トイレはいったとき、アレまで別モノになってたのには怒り通り越してフいた」

 とレオンが言ったので、三人はまた噴きだした。

ひとしきり爆笑したあと、

 「でも、生きててよかった」

 とメリーがしくしく泣き出したので、手が三本、メリーのどこかを撫でる羽目になった。だれかの手がメリーの肩を抱いて、だれかが髪を撫で、誰かが手を握った。

 

 「ライアン、ロビンとのイタズラはほどほどにしとけよ」

 オルドが思い出したように言って、ライアンはうなずいた。

 「ああ。そっちはケリつけることにしたよ。な、メリー」

 メリーの声が低くなった。

 「うん――あのブレアって女、あたしが生かしちゃおかないよ。アイツ、あたしのこと見た瞬間、なんて言ったと思う」

 オルドとレオンが首を振った。

 「“白ブタ”って言ったんだよ!? アレ聞いたとき、あたしが消してやろうと思った」

 たしかにメリーは少々太めだ。だがここにいる三人にとって、メリーはブレアの百億倍可愛い女に違いなかった。

 

 「俺が消してやろうか」

 オルドがなかば本気で言ったが、

 「いいの。オルドは、自分のしたいことをしなよ。したいことっていうか、しなきゃいけないこと」

 

 四人は、それからまた無言になった。それぞれ、同じことや別のことを考えて、天井を見つめた。