「やっと会えたな〜! 俺のミシェル〜!!!」

 「ちょ、ちょっと! 近い!! 近すぎる!!」

 茶髪のショートヘア美人を、ロビンが構い倒している。オルドは、ふたりが仲睦まじげな(?)様子だったから、言ってみただけだった。

 「そいつが、アンタの恋人か?」

 

 軽い気持ちだった。話のタネだった。

 オルドの台詞に、茶髪の女は猛然と首を振り、「そう♪ 俺の最愛のハニー♪」とロビンは最高に嬉しそうな顔をし、悪魔を背後に背負ったようなクラウドが、ウィスキーを持ってやってきて――「どこをどう勘違いすれば、そう見えるの? あのアホ面傭兵とミシェルの間には、なにひとつ、一ミリたりとも、関わりなんてないよ」とすごんだ。

 オルドは「悪い……」としか言えなかった。

 

 オルドは、缶ビールを飲み干したところで、立てなかった。カレンがいつの間にか隣にいて、オルドとガッチリ肩を組んでいたし、クラウドが絶妙なタイミングで新しい酒を寄越すからだ。

 酔っ払いたちはなにがおかしいのかしらないが、引っ切り無しに笑っていて、非常にうるさかったが、この空気は嫌いではない。傭兵たちの、賑やかな酒宴とは、こういうものだ。アンダー・カバーもそうだった。オルドは二杯目を干したところで、やっと帰ることを諦めた。

オルドは缶ビールを自ら要求し、ほんとうに久しぶりに、ラークのシチューを食べた。なつかしい味だった。

いつしか隣のメンバーは変更していて、グレンとロビンに挟まれていた。

 

「なァ、マジで、俺の傭兵グループのナンバー2にならねえか」

ロビンが最後の誘いをかけて来たが、オルドは「断る」とあっさり振った。だが、今度は小さな笑み交じりだったので、ロビンは仕方なくあきらめた。警戒されているのではなく、本気の返事だ。

 

グレンとオルドは、もうレオンの話はしなかった。学生時代の話をぽつり、ぽつりとした。オルドの口数があまり多い方ではないので、ほとんど会話らしきものはなかったが、グレンは最終的に、朝までオルドの隣にいたと思う。

 

話のタネがなくなり、ずいぶん酔っぱらった自覚のあるオルドが、

「――俺は、アンタを尊敬してたんだ」

と零すと、「幻滅したろ」とかえってきた。苦笑交じりに。

部屋はいつまでも騒がしい。だれかが、あの恐ろしい妊婦の片方をむかえに来ていた。この集まりの中で唯一の子どもが、ずいぶんまえに、ルナに背負われて部屋を出ていくのをオルドは酔った目でぼんやり追った記憶がある。

 

「尊敬は尊敬だ――変わらねえよ。俺の憧れは――アンタとユキトと、ブライアンじいさん。それはたぶん、一生変わらねえ」

「……」

「俺は……よく喋るな」

「いや、おまえはそのくらい喋ったほうがいいんじゃねえか」

オルドの口数は、おしゃべりなくらいが普通だ。

「そうか?」

「そうだ」

「そうかな? ――おかしいな。酔ってる」

オルドは一重の目を、眠たげに閉じたりあけたりした。

 

「なァ、言ってくれねえか。一回だけでいい。レオンが居なくて――寂しかったって」

 

グレンは、驚いてオルドの目を見つめたが、オルドの目は、さみしさをたたえた目だった。そうだ――傭兵の目だ。

 

「……寂しかったよ、俺は」

オルドが今度は、びっくりしてグレンを見つめる番だった。ほんとうに言うとは、思わなかったのだ。

「レオンが居なくて、寂しかった」

 

オルドがふっと笑って、落ちた。まるで睡眠に包まれるように、カクリと落ちた。満足げな顔をして。

 

「……オチちゃった」

カレンが、目の前でソファに沈んだオルドを、目を丸くして見ている。

「やっと緊張が解けたんだろうさ――コイツ、この部屋に来たとき、敵地に潜入してきたような目ェしてたぞ」

ロビンが肩を竦めて、オルドのまえの缶を揺すった。

「飲みのこしはねえ。お見事」

「クラウド、あんたの誘い方が悪かったんじゃないの」

「俺は、パーティーがあるからおいでって言っただけだよ」

「クラウドのせいって言うよりは、レオナとヴィアンカにビビって、ベッタラとニックに絡まれて、疲労しただけだろ――」

 

アズラエルの台詞には、全員が賛同した。あの妊婦二人組には、近づくものではない。さっき、店を閉めたオルティスがヴィアンカを迎えに来て、バーガスがレオナを背負ってグレンたちの部屋に連れていき、ようやく静かになった。三時を回っている。

バグムントとベッタラとニックは酔いつぶれて大の字になって寝ている。ミシェルはもうとうに、自室に戻って休み、カザマも日付が変わるころには帰った。

セルゲイが、ブランケットを持ってきたので、カレンはオルドにかけてやった。

 

「寝てるとフツーだよね」

カレンはオルドの寝顔をのぞき込みながら言った。

「グレン先輩なんていっちゃって、可愛いじゃん。コイツ、あたしらのいっこ下か。グレンのふたつ下?」

「ああ」

「ずいぶん、飲んだね」

セルゲイが、ソファの周りに転がっている空き缶を見てつぶやいた。

「缶ビール三十三本、ウィスキーボトル半分、ルナちゃんのカクテル缶六本、日本酒五合、ワイン一本……」

「よく見てるねクラウド!?」

「差し出されるままに、よく飲んだよね――こんなに酒が強いとは」

カレンが呆れて言った。クラウドの観察眼にも、オルドの飲酒量にもだ。

 

「クラウド」

グレンも、オルドの寝顔を見つめながら言った。

「おまえ、コイツの“選択”次第じゃ、ライアンに一発ぐらい殴られるの、覚悟しておけよ」

「殴られるのは嫌だけど――まあ、俺が引き起こした結果だからね。覚悟はしてるよ」

クラウドは苦笑し、顎を擦りながら身震いした。

 

「――じゃ、俺もここで寝るかな」

グレンがおおあくびをする。

「じゃああたしも」

「俺もそうするか。めんどくせえ」

カレンとアズラエルが、セルゲイからブランケットを受け取って、さっさと寝る用意を始めた。

「俺はミシェルのベッドに……」

「ふざけるな。明日の朝食に盛られたくなきゃここで寝ろ」

いつもグレンとアズラエルの間で行われる諍いは、今夜ロビンとクラウドの間で勃発した。

 

カザマがある程度食器をシンクに片付け、残り物もまとめて冷蔵庫に入れてくれていたので、酒の残骸は明日片付けようと決め、セルゲイが合鍵を持って部屋を出ようとすると、ルナがとててっと走ってきた。

「ルナちゃん、寝てなかったの」

「うん。明日の朝ごはんは、十時です」

と眼をしょぼしょぼさせて言った。

「分かった。ルナちゃん、おつかれさま」

「セルゲイも、おつかれさまでしたです。おやすみなさい」

「おやすみ」

セルゲイが二階の自室に戻って行き、ルナは玄関のドアを閉め、リビングの電気を消した。

(おやすみなさい)

 

ルナは慌ただしくピエトの部屋に戻った。

ZOOカードの箱が輝いている――正確には、一枚のカードが輝いているのだ。

“故郷を想う鳩”のカードが、変貌しようとしている。ルナはその様子に釘付けになって、眠れなかったのだ。

 

(おやすみなさい。よく眠って、ハトさん)

起きたら、ハトのカードも生まれ変わっているかもしれない。ルナはウキウキとしながら、自身もピエトのベッドで眠りについた。