オルドはL18に帰る――アーズガルドへ。

 

 そうなったら、おそらく、永遠のわかれに近い。

 レオンは、生きてあと二、三年。メリーとライアンは、地球に行く。地球に行けなくても、おそらくユージィンが監獄星にしょっ引かれでもしないかぎりは、L系惑星群にはもどれないだろう。任務を果たしても果たさなくてもだ。任務を果たしたと安心顔でもどっても、ユージィンのことだ。口封じに、ライアンとメリーを消しにかかることは、容易に想像できた。だから、L系惑星群には戻れない。

 

 ――すなわちもう、オルドとは、会えないかもしれない。

 

 「オルド」

 メリーが、べそべそと泣きながら言った。

 「あたしたちとピーター、どっちが好き」

 「おまえと、ライアンとレオン」

 オルドが即答したのに、ライアンとレオンの肩が揺れた。笑いにだ。

 「俺を愛してる?」

 ライアンがおどけて聞くのに、オルドはそっぽを向いて、「おまえ“ら”だ」と訂正した。

 

 「大好きって言って。愛してるでもいい」

 メリーが怒ったような顔で食い下がる。

 「……メリー、愛してる」

 オルドが真剣な顔で言ったのに、レオンとライアンはもう我慢できず、笑いながら起き上がった。

 

 「なによ!! 笑わないでよ、あたし、真剣にオルドに聞いてるの!」

 「オルド! 俺のこと愛してるって言って!」

 レオンとライアンが爆笑しながら、左右からオルドの手を握り、オルドが、「愛してるよ」と無表情で言ってキスしたのと同時に、またふたりで床を叩きながら爆笑した。

 「オルド! あたしにもキスして!」

 オルドは、メリーの唇にしてやった。頬にされたふたりからブーイング。じゃあ口にしてやろうとレオンに迫ったオルドを、レオンは全力で避けた。

 

 「オルド。今度はあたしたちがあんたの“故郷”になるからね。いつ、帰ってきてもいいんだからね。辛いときは、あたしたちを思い出して」

 メリーがオルドの手を握って言った。オルドは「――ああ」とうなずく。

 「おい待て」

 ライアンが怒った。

 「それは俺の台詞じゃなかったのか」

 「だって、あんたそんな気障なセリフ言えるかって怒ったじゃない!」

 「ライアンが怒ったのは、オルドがいなくなることにだよ」

 「そうだ、レオン。俺は離婚届を出す気はねえぞ」

 深夜まで笑い続けていた二人は、「あんたたちって真剣になるときってないの」と、メリーが怒って寝たのを皮切りに、崩れるように眠りについた。

 

 オルドだけは、いつまでも眠れなかった。

 

 K27区からアジトにもどるまえ、ピーターに電話をした。

 自分から電話をしたのははじめてだった。

 

 『――ヴォール?』

 「ピーター」

 

 互いに名を呼んで、それから沈黙した。なにか言わなければいけない、だが、オルドは声が出なかった。

 

 『ヴォール』

 

 たっぷりの沈黙のあとに、なつかしくも優しいピーターの声が鼓膜に溶けた。

 

 『ヴォール。帰ってくるんだろ』

 「ピーター――」

 『おまえから電話が来たのははじめてだ。嬉しいよ。たぶんね、おまえが電話してくるときは、おまえが帰ってきてくれるときなんじゃないかと、そう思ってた』

 「……」

 『間違いないよな?』

 

 少し不安そうなピーターの声。オルドは、喉を詰まらせながら「……ああ」とやっと言った。

 

 言ってしまった。もう戻れない。

 ライアン、メリー、レオン……俺は、もう戻れない。

 

 『ヴォール。俺は、おまえからみたら全然頼りないかもしれないけど、頼りがいがあるどころか、おまえに頼ってしまうかもしれないけど、これだけは約束する。アーズガルドからは、かならず俺が守るから』

 「……」

 『アーズガルドの因習から、おまえを守る。……もっとも、それしかできないのかもしれないけど』

 「いいよ――それだけで」

 オルドは、ピーターに聞こえないように鼻を啜った。

 

 「でも、ひとつだけ頼みがあるんだ」

 『……いいよ。なんでも言って』

 「俺を、ヴォールではなく、オルドと呼んでくれ」

 『……』

 「俺はオルドだ。オルドとして生きてきた。生まれ変わるつもりなんてない。これからもオルドとして生きていく。――遠く離れた友人にも、俺がどこにいるか、すぐわかるように」

 

 アーズガルドの人間として――ヴォールド・B・アーズガルドとして、ピーターのそばにいた方がいいことは分かっている。オルドを、傭兵差別派の連中から守ると言ってくれたピーターの負担を、増大させることになるかもしれない。でも、これだけは譲れなかった。

 

 『……うん。分かった』

 だが、ピーターは快く承知してくれた。

 「ありがとう」

 オルドは、心を込めて礼を言った。

 

 『じゃあ、待ってるよ。オルド・K・フェリクス。俺は君を、L22で、待ってる』

 「ああ」

 オルドは電話を切った。涙が止まらなかった。

 “故郷”は、ピーターから、ライアンとメリーになった。

 

――俺は故郷を想い続けて、強くなれる。

 

 

 

 

 「――あっ」

 ルナは、ジワジワと変化し続けていたハトのカードが、完全に変わったのを見た。

 「はれ?」

 カードの絵柄は変わっている。フードを被っていたハトが、黒いスーツを着たハトにかわり、こころなしか顔もキリっとした感じがする。

だが、カードの名称は、なにひとつ変わっていなかった。

 “故郷を想う鳩”のまま。

 ルナは目をぱちくりとさせた。

 (絵は変わっても、名前が変わらないことなんてあるんだ)

 感心した面持ちで見つめていると、カードはやがて、キラキラと銀の鱗粉に包まれながら、カードボックスに姿を消した。

 

 (ハトさん――元気でね)

 

 

 

 

 ――アーズガルド中興の祖として歴史に残るピーター・S・アーズガルドのかげに、ヴォールドの名はない。だが、オルド・K・フェリクスという、名参謀の名がある時期から登場する。

 彼は、崩壊寸前の軍事惑星群をよみがえらせた立役者の一人である。ドーソンの名が消えたL18の立て直しに尽力し、また、傭兵と軍部の戦争に至るところを見事交渉によって鎮めた辣腕の持ち主である。

ピーターの名は、オルドなくしては残らず。またピーターの、アーズガルド内部の傭兵差別派の猛反対をはねのけ、才ある元傭兵の若者を側近に取り上げた慧眼と度量にも着目せねばなるまい。

 かくして、軍事惑星群は難を逃れる。――

 

 (L歴1467年4月刊行 軍事惑星群覚え書き) 

 ケヴィン・O・デイトリス