「ジュリは?」

 ジュリの気配がない。ジュリはいつも騒がしいので、いるかいないかはすぐにわかるのだが。

 「ああ――ジュリには何にも話してないけど――アンタも、ジュリは追い出せって言うはずはないと思ってたんだけど、」

 「ジュリはいても構わないよ」

 「けどね、アイツが勝手にレトロ・ハウスってクラブに行っちゃったの。最近のあのこの行きつけ。ラガーはオルティスがいるからさあ、ラガーの方に行ってくれれば、変なのに声かけられなくていいんだけど……今日、パーティーやるよって言ったのに、ジャックに会いたいからって。――だいじょうぶかな、アイツ」

 カレンは深刻に思い悩む顔をした。

 「エレナが宇宙船降りちゃったあたりから、また男漁りが始まっちゃってさ――ジャックは、まだ安心できるかな。アイツはたくさん女がいるけど、ロミオみたいに女を傷つけたり、ひどい目に遭わせてるわけじゃないから――でも、ジュリは確実にジャック以外とも寝てるよ。声かけてくれた男とは簡単に。だから、またおかしな男に引っ掛からなきゃいいんだけど……」

 カレンのため息は深かった。

 「……」

 クラウドは、ちょっと考えるそぶりをして、

 「ロビンは呼んでないね?」

 

 カレンはしまったと言う顔をした。

 「あ〜……呼んでねえ。どうする? 今から呼ぶ? つうか、アイツにメルヴァ関連の話して、いいの?」

 「いや、呼んでないならいいんだ……」

 

 ロビンはまだ、早すぎるかもしれないとクラウドは推察した。「羽ばたきたい椋鳥」の謎は、まだわずかにも解けていない。

 クラウドの目的は、カレンとグレンとオルド、そしてできるならロビンを、一度会合させ、顔見知りにすることだった。

 グレンはともかく、この三人が――おそらく、これから軍事惑星群の舵となり、船首となる。

 そのとき、「代表者」同士ではなく、かつての知己として会うことができれば、まだ血の通った話ができるはずだ。

 腹の中身が分からない者同士で、さぐりあいから始めるよりは、よほど――。

 

 (まあ、多少雑談をしたところで、互いのなにが分かるって言われたら、それまでなんだけど)

 グレンとカレンも、こんなに親しくなるまで、一年以上もかかった。オルドのあの頑なが、今日の数時間でほどけるわけはないとクラウドは分かっていたが、それでも、わずか、ほんの0.000001%くらい、この宇宙船の奇跡に賭けていた。

 

 (オトゥールは、だれにでも好意的だから、アーズガルドの嫡男ピーターとも友人だし、グレンとは本当に仲が良かった)

 どこかで、つながってくれればいい。全員とは言わない。そのことが――軍事惑星群の行く先を、岐路の選択を、血の通ったものに変えるのだ。

 

 クラウドは、縁を結ぶことのむずかしさに改めて嘆息し、口をとがらせてうさぎ面、慎重にいちごを盛り付けているルナを凝視した。

 (月を眺める子ウサギなら、どんな方法を取るんだろうか)

 とたんにいちごの山が崩れ、うさ耳がぴんっと立ち、ミシェルに「なに積んでんのルナ! なにこの盛り付け!? カオスすぎる!!」と怒鳴られているのを見、

 (月を眺める子ウサギは聡明なのに、なぜルナちゃんはあんなにカオスなんだ……)

 とクラウドの頭脳をもってしてもどうしても解けない謎に頭を悩ませた。

 

 (問題は、ロビンなんだけど)

 ロビンは、グレンが嫌いだし、カレンともあまり親しくはない。オトゥール、ピーターはたぶん論外。こうして誘えばパーティーには来るが、将校全般が嫌いという、典型的な傭兵だ。おまけに、男とは口をききたくないと言う、極端な奴だ。カレンがギリギリ女性――ロビンには、女に見えているらしい――から、当たりはソフト。だが、軍人と傭兵という垣根を乗り越えることはしない。常に、一線置いている。

 

 (だけど――唯一、オルドには興味を示してる)

 ロビンは、オルドの顔を知っていた。そして、実は、ライアンよりもオルドのほうに、好意を持っていたことは、クラウドも意外だった。

 

 『クラウド? え? 何の用』

 久しぶりに聞いた声は、相手がクラウドだと分かるととたんに面倒そうな声になった。

 『バーベキューパーティーの誘い以外はかけてくんじゃねえよ――え? オルド?』

 仕事――傭兵関連の会話になると、声のトーンは普通に戻った。

 『ああ、知ってる。けっこう前だ。アイツらが、――ラガーで、俺に声をかけて来たんだ。メフラー商社ナンバー2の勧誘がしたかったらしい。――ああ、そうだよ。あのオルドってやつは、アンダー・カバーのナンバー2で、なかなかのやり手だ。

 俺も後から調べたんだけどな。三人ではじめた傭兵グループを、たった数ヶ月で三十二人もメンバーを増やした。むかし、アマンダがスカウトしてたってンだから驚きだ。それで、俺も思い出したんだよ。

 ――ほら、学校の軍事演習で、傭兵グループ相手にドラフトの時間あるだろ。そのとき、どうも俺がコイツ欲しいって言ったらしいんだよな。――そのとき一番欲しかったのは、シンディって女で、コイツはブラッディ・ベリーに行っちまった。女しか指名しねえ俺が、男を指名したってンで、アマンダが驚いて、覚えてたんだな。

 だが、俺は正直言って欲しかった。俺の右腕にな――アイツのデータは、理想的な“右腕”だった。――俺は、男のことはすぐ忘れるからな。このあいだ声を掛けられたときに、逆に勧誘してやりゃよかったと思ってよォ……』

 

 ロビンは、ライアンとはその後も接触しているが、オルドとは、最初に声を掛けられた一度きりしか会っていないこともわかった。

 (少なくとも、ロビンは、オルドとはまともに話す――かもしれない)

 

 クラウドがまた思考スタイルに入ったところで、インターフォンが鳴った。

 

 「はいはーい!!」

 ルナうさぎがいちごを放り出し、ぺぺぺっと飛び出していく。クラウドも、玄関につながるドアをのぞき込んだ。

 「ルナあ! 相手確かめてドア開けなよ!」

 クラウドが言いそうになったことを、カレンが先に怒鳴った。ミシェルもそういうところがあるので、気をつけろと念を押したいクラウドだった。だが、ドアの向こうにいた人間を見て、クラウドではなくミシェルが「げっ!」と叫んだ。

 

 「やあ♪ うさちゃん。久しぶりだな〜♪ 相変わらず可愛いね。幼な妻サイコーだなアズラエル。ハイこれおみやげ。俺のミシェルは元気?」

 「いらっしゃいロビンさん!」

 「……誰が呼んだの」

 おおきなピザの箱を受け取ったルナが、元気に挨拶をしたその後ろで、クラウドが重苦しい声でつぶやいた。

 

 「俺だ!!」

 キッチンからバーガスの大声が届く。

 「いいじゃねえかロビンの一人や二人!!」

 

 「いいじゃねえか、ロビンの一人や二人」

 ロビンはふたたびルナの手からピザの箱を取り上げ、(重いので)ルナをエスコートしつつクラウドを無視してダイニングに向かい、テーブルの上を見て、「酒にすりゃよかったかな」とピザの大箱を椅子に置いた。

 

 「ロビン君いらっしゃい! 僕、ピザ大好きだから大歓迎!! うわあシーフードピザ! 一番豪華なやつ! サイコーだね!!」

 コンビニの制服を着た金髪男がキッチンから声をかけて来たので、ロビンは「誰……?」とつぶやいた。

 「あなたがロービンですね!! ワタシはアノールのベッタラです!! 最強戦士ベッタラ!!」

 「くそ……またキャラ濃い友人ばっか作りやがってアズラエルの野郎……!!」

 ロビンはベッタラの洗礼(=ハグ)を華麗にかわしながら、ニックのお喋りに絡まれ、ミシェルにたどり着くこともできずにリビングへと追いやられた。

 

 (ロビンが来るなんて)

 時期尚早ではないかとすこし焦ったクラウドのシャツの裾を、だれかが引っ張った。

 「あ、ピエト」

 「クラウド! ハトのカードの名前が分かったよ!」

 ピエトは周囲を気にしながら、小声でクラウドに耳打ちした。