「おまえら、ついにうさちゃんを争って、殺し合ったのか」 ロビンは、包帯まみれで車いすに座ったままのアズラエルとグレンに、呆れてそう言った。 「だとしたら、いまごろ俺たちはここにいねえよ」 アズラエルが言った。ここで殺し合いなどしたら、レッドカード一枚で、退場。宇宙船を降ろされるに決まっている。 「え? じゃあ、なんでそんな大けがしてんだ」 ロビンの質問は自然であり当然だ。この宇宙船でふつうに暮らしていて、するケガではない。自らトラックにでも突っ込んでいかない限りは。 「潰されたんだよ、でかい石像にね」 「……っうおい! ちょ、おまえ!」 ひょいと現れたクラウドの台詞に、慌てたのはカレンだったが、「石像?」とロビンはますます不可解な顔をして見せた。 「ロビン、君、まだ宇宙船を降りる気はないんだろ」 クラウドが缶ビールをロビンに投げてよこす。ロビンはパシリといい音をさせて受け取り、「ああ」とうなずいた。 「だったら、協力してくれ。――ひとりでも傭兵は多いほうがいい。アストロスで、メルヴァの革命軍をむかえうつ、でかい仕事がある」 ロビンは、うっかり缶ビールを滑り落とすところだった――プルタブを開ける前で、助かった。 「――冗談だろ?」 ロビンは、一拍置いて、聞きかえした。 「いや、冗談じゃないさ。報酬は、地球行き宇宙船を管理しているE.C.Pから出る」 「……」 ロビンは何か言おうとし――ビール缶をクラウドに向けたり、上げ下げしながら――「……そういうことか」とやっとつぶやいた。 プルタブを、五分も経ってやっとあけたロビンは、アズラエルに向かって言った。 「おまえ、最近アマンダからのメール見てるか」 「――いや」 この一週間入院していて、やっと今日部屋に帰ってきたばかりなのだ。 「メフラー商社と、アダム・ファミリーにでかい仕事(ヤマ)が来たらしい」 「なんだって?」 「両傭兵グループを名指しでな――メンバーは親父とアマンダとデビッド。アダム・ファミリーは構成員全員だ。――こっちに向かってるぞ」 「はあ!?」 アズラエルだけではなく、その場にいたロビン以外の全員が裏返った声を上げた。 「こっちって――あいつらが地球行き宇宙船に乗るのか!?」 「いや。乗りはしねえだろ。だが、仕事には、俺たちも入れってメールだった。一応、俺たち――バーガスと、たぶんおまえは確実に入ってる。レオナは出産後の経過を見て。落ち合う先は、エリアE353。くわしいことは、会ってから話すってンで、書いてなかった。デビッドが動くってンだから、相当でかいヤマだ――と思ってたら、それかよ」 ロビンは肩を竦めた。 「革命軍相手っていうなら、もっとでかい傭兵グループに依頼が来そうなもんだがな。白龍グループとかブラッディ・ベリーとか、すぐ大人数動かせるところ――少数精鋭を選んだってことは、工作員かなにかか」 「エリアE353って――」 「マルカやリリザみたいに、宇宙船が観光目的で立ち寄る大きな惑星だ」 カレンの疑問には、クラウドがこたえた。 「リリザみたいにアミューズメントパークで埋められてる。たしか、今年の内に立ち寄るはずだ」 「そこで落ち合うようになってるって?」 アズラエルは嫌な顔をした。よりにもよって、アダム・ファミリーがまるごと来る。家族と顔を鉢合わせるわけで。 「アズラエル」 いつでも軽い調子のロビンが、仕事の真っ最中にだけ見せる、真剣な声で聞いてきた。 「そのケガは、もしかして、――メルヴァのヤマと関係がある?」 アズラエルはグレンとわずかにアイコンタクトを取り、「ああ」とうなずいた。 「サルーディーバにも、関係があるか?」 「サルーディーバ?」 グレンが今度は聞きかえしてきたので、ロビンは黙って見つめ返したが、 「サルーディーバは関わってねえな」 とアズラエルが言ったので、「……そうか」と言って終わった。 (サルーディーバが、アズラエルとルナちゃんを引き離して、アズラエルを宇宙船から降ろせという依頼は、メルヴァのヤマに関係ねえのか?) メルヴァとサルーディーバ――同じL03に関わる人間である。だが、それになぜルナが関わるのか、ロビンには、まったく分からなかった。アズラエルを降ろさなければいけない理由も、彼をルナと別れさせる理由も、メルヴァの革命軍とは、まったく関連付けられない。 しかし、バーベキューパーティーにサルディオネを招待したのはルナだった。あのときは、ロビンも軽く驚いたのだが、やはりルナは、サルーディーバや、あのあたりに関係があると考えていいのか。 (だが結局、いい方には転んだな) アズラエルが降りたところで、宇宙船に戻れなくても、仕事でアストロスまでは行ける。つまり、ルナが地球に行って帰ってくるのを、アズラエルは、アストロスで待てばいいのではないか。 ロビンは呑気に考えた。関係があるのかもしれないが、ロビンはここで、サルーディーバの依頼の内容を話す気はなかったし、突っ込んだ話を聞く気はなかった。クラウドに細かいことを聞こうとすれば、ロビンが受けている依頼の内容も多少話さなければいけなくなってくる。その事態は避けたい。 ロビンは、どんな任務であれ、終了するまでは、徹底的に秘匿する。 アズラエルはアズラエルで、ロビンがなにか隠していることは容易に知れた。ライアンに告げられた、「ロビンに気をつけろ」という言葉を忘れたわけではない。 だがアズラエルには確信できることがあった。ロビンは、メフラー商社の不利になるようなことは絶対に行わない。だから、今ロビンが関わっている仕事も、アズラエルの命に関わることではないのは確実で、ロビンのことだ。「でかい仕事」に入るまえに、今持っている仕事は片づけるだろう。 「ところでクラウド、俺とカレンに会わせたい奴って誰なんだ」 グレンが、ビールが飲めないことに舌打ちしながら、不機嫌面で言った。 「ああ、オルド・K・フェリクスって男さ」 「オルド?」 ロビンが割って入った。 「オルドってあのオルドか? アンダー・カバーの?」 「そうだ」 「じゃあ、ライアンも来るのか」 ロビンの眉が顰められたので、歓迎していないことが伺えたが――。 (やっぱりコイツ、ライアンとなにか仕事していやがる) 「いや、呼んだのはオルドだけだ」 「アンダー・カバーの傭兵を? なんであたしたちに会わせたいの」 「彼はアンダー・カバーの傭兵だけど、本名はヴォールド・B・アーズガルド。父はアーズガルド家の者だが、母親が傭兵だ。彼は十二の年までアーズガルドで育ち、それから傭兵になった。彼の祖父は、ブライアン・K・アーズガルド」 「おい、ちょっと待て――」 反応したのは、アズラエルだった。 「ブライアンって、まさか――」 「そう、アズラエル」 クラウドが頷いた。 「アズのママのエマルさんが、L18に来たとき、アーズガルド家に迎え入れようとしてくれた人だ。その後もずっと、陰ながらエマルさんを守っていた――ユキトさんのいとこだよ。つまり、ヴォールドは、アズラエルの遠い親戚だね」 |