オルドは十九時には五分早い時刻に、リズンに到着した。まだすこし明るい。陽が沈みかけて、外のテーブルには人がわずかに残っているだけで、店内の方が賑やかだった。

 オルドが、外の席に腰掛けて待っていると、ウエイトレスが注文を取りに来るより先に、クラウドが来た。

 「やあ。来てくれてありがとう」

 クラウドの態度は変わりなかったが、オルドの様子は、先日よりは幾分か柔らかくなっていた。フードを被ったままの服装も、陰気な雰囲気もそのままだったが――。

 

 「メリーから差し入れだ。女の方が、こういうとき、よく気づくよな」

 パーティーなんだろ、とオルドが、焼きたてのミート・パイがたくさん詰まった箱をクラウドに差し出した。

 「ありがとう、でも、気にしなくて良かったんだ」

 こっちだよ、とクラウドはオルドを招いた。オルドはポケットに手を突っ込み、猫背を丸めてクラウドのあとをついていった。アパートに着くまで、ふたりは特に言葉を交わさなかった。オルドが無口だということもある。

 ルナとアズラエルの部屋のインターフォンを押すと、すかさずルナが顔を出した。

 

 「いらっしゃい!!」

 「ルナちゃん、ちゃんと画面見てって言ったでしょ」

 ルナがぷっくりと頬っぺたを膨らませる。だがすぐに頬っぺたはしぼみ、オルドを見て、

 「――鳩さんだ!」

 と怒鳴った。

 

 「――ハト?」

 怪訝な顔をしたのはオルドだった。それからようやく気付いた。

 「あ? ――ああ、Tシャツのことか」

 

 確かに今日、オルドはパンクな鳩の模様が付いたTシャツを着ていた。だが、それほど珍しい柄でもないし、Tシャツは量販店で買った、だれかがどこかで着ていそうな安物だ。この女は鳩が好きなのだろうか?

 (すっとぼけた女だな……)

 オルドはちょっと引き気味になりながら、「ドーモ……」とぼそりと言って、クラウドのあとをついて部屋に入った。

 先を歩くクラウドが堪えきれずに笑っている。

 

 「オルド、さっきのがルナちゃん。――アズラエルの彼女だよ」

 「!!!???」

 

 オルドは思わず振り返って見てしまった。うしろをとてとてついてきているルナがへらりと微笑み返す。オルドは絶句した顔で、ちいさく会釈した。それしかしようがなかった。オルドに愛想良く微笑み返すスキルはない。

 

 廊下の先のリビングは賑やかだった。

 ルナがとてててーっとクラウドたちを追い越していき、「ハトさんが来たよっ!」と叫んでいるのが、オルドにも聞こえた。

 (ハトさん……? アタマ弱えのか、あの女……)

 オルドは、ルナがアズラエルの女だと言うのが信じられなくて、ますます口の端がへの字に曲がっていく。

 

 「いらっしゃい!!」

 「こんにちは!」

 「よう、兄ちゃん、ここ来て飲めや」

 大勢の人間がリビングにはひしめいていた――リビングとダイニングの境に壁がないから、ずいぶん広い空間だ。いつから始めていたのか、すっかり盛り上がっている。オルドは、声をかけてきた人間を愛想のかけらもなく一瞥しながら、リビングを突っ切り、クラウドが招くままに、廊下を挟んだリビングの向こうの部屋に向かった。

 

 そこには、ロビンとカレンと、――グレンとアズラエルがいた。

 

 「食べ物と酒は俺が持ってくるから、君はここにいてよ」

 クラウドが引き返していく。それを目で追い、オルドは促されるまま、ソファに腰を掛けた。

 

 「よう。ラガーで会った以来だな」

 ロビンが真っ先に声をかけてきた。

 「……ああ」

 オルドが短い返事を返す。

 「あのときは、俺がアンダー・カバーに誘われたが、今度は俺が誘ってやる。どうだ、俺の右腕にならねえか」

 「右腕?」

 聞いたのはカレンだった。

 

 「親父が、そろそろ俺も独立しろってうるせえんだよ。メフラー商社の人員連れて行ってもいいし、地球行き宇宙船で仲間見つけてこいってなァ……」

 「親父って、メフラー親父か」

 オルドが言った。

 メフラー商社は、内部の傭兵をすぐ独立させて、傭兵グループをつくらせることで有名だ。だから、常に三十人未満のちいさな組織だが、傘下のグループはおそらく軍事惑星群一。

 ロビンはだいぶ長くいた方だ。だが、メフラー親父が、「俺がまだ元気なうちに、オメェがつくったグループが見てえ」と孫の顔でも望むように言われるので、ロビンは最近、抵抗しきれなくなってきた。

 

 「俺が昔、軍事演習のドラフトでてめえを指名したの、覚えてねえだろ」

 「覚えてないな……」

 オルドは記憶を探ったが、ほんとうに覚えていなかった。ライアンは多かったが、オルドを指名したグループは少なかった。

 

 「もともと俺は、どのグループにも所属する気はなかった。ライアンとグループをつくるって決めていたからな」

 「ライアンねえ……メフラー商社のナンバー2のほうが、いい“旦那サマ”になると思わねえか?」

 「ライアンは俺の理想的な“旦那サマ”だ。アイツと別れる気はねえ。残念だったな」

 「身持ちの固い奥サマだ」

 ロビンが嘆息すると、カレンが笑った。

 「どうした。人妻奪うの、得意なんじゃなかったのかよ」

 「ダメだ、俺の秋波は女にしか通じねえよ」

 

 皆が笑い、オルドもつられてちいさく笑った。

 クラウドが戻ってきて、缶ビール数本と、食べ物が乗った皿をテーブルに置く。

 

 「ところでアンタ――どうしたんだ、その大ケガ」

 オルドは何気なくした質問だったが、グレンは「……トラックに突っ込んだんだよ」と言い、アズラエルは「十二階から飛び降りた」と言った。

 「説明し始めれば、本が一冊できあがるよ」

 クラウドが肩を竦めて言い、ふたたびリビングへ引き返していった。

 「ごゆっくり」

 

 「俺は――長居するつもりはねえよ」

 「おいおい、直球だな」

 「俺がここに来た目的は、ひとつだ」

 ロビンの呆れ声に、オルドはもらった缶ビールを弄び、開けて、口をつけてからそう言った。

 「グレン」

 まるで挑戦的な――するどい視線と口調が、グレンに突きつけられた。

 「アンタ、どうして――レオンに黙って、この宇宙船に乗ったんだ」