「うさちゃん、何をそんなにソワソワしてんだい」

 ルナうさは、思いっきりソワソワモードであった。落ち着きなく足をぶらぶらさせ、立っては座って、座っては立って、チャンが持ってきた餃子を食べて「えびさんがはいってる!」とうさ耳を跳ねさせてみたりしていた。

 「アズラエルはだいじょうぶだよ。ケガしてるったって、そんなつきっきりじゃなくていいんだよ」

 「ルナさん、餃子は逃げませんから――どうしたんです?」

 

 レオナもチャンも、ルナがずいぶん離れ部屋を意識しているのは分かった。でも、たいせつな話があるから入るなと言われたのだろう。クラウドがやっと戻ってきて、

 「ルナちゃん、オルドに用があるなら、彼が帰る前にルナちゃんに教えるから」

といわれてようやく、ぴこぴこしていたうさ耳がゆっくりと垂れた。

 (カオス……)

 「チャンさん、エビチリも餃子もピーマンいためもものすごく美味しい!」

 「ま、本場ですからね」

 チャンの眼鏡がキラリンと光る。そして餃子の餡の作り方についての講釈が始まった。真剣に聞いているのはルナだけだ。チャンは褒められて嬉しいときは、けっこう分かり易い。

 

 ルナはちらりとピエトの行方を探したが、ピエトはベッタラとセルゲイと、いっしょにいた。その席から、アノール語とおぼしき言語とラグバダ語と共通語の不協和音が聞こえてくる。

 会話になっているのか謎だったが、三人は楽しそうだ。特に、ベッタラが嬉しげにピエトを抱き上げたり、ゼラチンジャーごっこをピエトに付き合ってあげたりしてるのを見ていると、ベッタラは意外と子ども好きなのかもしれないとルナは思った。

 ミシェルはカザマとふたりきりで、なんだか、真剣な顔で話をしている。

 

 「参ったね。あたし、つわりらしきつわりもなく、ここまで来ちゃったよ――メシが美味しくて、どうしよう」

 「ほんとよね。エレナちゃんは、つわりひどいときあったのにね」

 ヴィアンカとレオナは、ふたりそろって大きなおなかを突き出して、シチューと鳥肉を頬張っていた。二人とも予定日は九月だ。そして謎の鳥は、ただ規格外に大きかっただけで、七面鳥だった。

 

 「おっきな赤ちゃんが生まれそうですね!」

 ルナも元気よく言うと、

 「まあ、旦那に似れば、どっちも大きいよね」

 ラガーの店長もバーガスも体格は大きい。だがレオナに似ても、大きな子が生まれそうだ。

 「元気がいいから、男の子かなあ」

 「こんなに元気で女の子なら、幸先不安だよ。あたしみたいになっちゃう」

 ふたりとも、生まれたときの楽しみとして、性別は聞いていない。

 

 「つうか、チャン、あんたユミコちゃんとどうなったのよ」

 「え!? ユミコさん!?」

 ヴィアンカのツッコミに、ルナが驚いて、春巻きを落とした。

 チャンが咳払いをし、「今回のツアーが終わったら、結婚するつもりでいます」と眼鏡を押し上げた。

 

 「ええーっ! プロポーズ済みってこと!」

 レオナが、リビングに響き渡るほどのでかい声を上げるので、チャンがしかめっ面をした。

 「声が大きいです、レオナさん」

 「ちっくしょーう!! 今年は厄年だあ!!」

 合わせて、バグムントが吠えた。バーガスの隣で瓶ごと呷っているのは、しっかりとやけ酒だ。

 「ユミコちゃんは若造に持って行かれるし、役員になってはじめて持った担当船客には脅されるしよう!! いいことねえや!」

 「まァ飲めバグムント。世間の半数は女だ」

 バーガスが、憐みを持って後輩の肩を叩いてやる。

 

 「そーですよ。僕だって、いまだ独身! 百年経っても結婚できないなんて、」

 「「百年!?」」

 「僕、今年で百六十四歳だもん! そろそろ結婚したいよお!!」

 ニックの絶叫に、おじさんふたりは同情した。すでに酔っぱらっているので、数字の違和感はどうでもいいようだ。

 「百年も独身でいたくねえなあ!!」

 ニックとオジサン二人は、肩を組み合った。

 「百歳前後の、ぴちぴちな可愛い子いないかなあ!」

 「「百歳!!」」

 おじさんたちはまた声を揃え、「は、二十歳前後なら、紹介してやれるんだけど……」と遠慮がちに呟いた。

 

 

 

 

 

 「――ルナ、今回は、あたしたちのこと呼んでくれなかったのね」

 向かいのアパートから聞こえる賑やかな声を聞き、レイチェルが沈んだ声で言った。

 「最近、部屋に行ってもいないことが多いし、誘ってもくれないの」

 

 「しょうがないじゃん。アズラエルとグレンさんが大ケガしてたし――傭兵の仕事かな。今日退院してきたばかりなんじゃない。ルナもきっと、病院との往復で忙しかったのよ」

 

 シナモンとレイチェル、ジルベールで、買い物に行った帰りだった。レイチェルが、最近、ルナと会えなくて寂しがっていることはシナモンも知っている。リサやキラも別の区画にいるし、シナモンも少しさみしいと思うことはあったが、ルナも恋人のアズラエル関係の付き合いがあるだろう。

 

 「リサとキラも来てねえんじゃねえ? 駐車場に、車なかったし。たぶん、退院祝いか何かで、傭兵仲間が集まってんだよ」

 ジルベールも言った。

 「おまえだって、傭兵は怖いって言ってたじゃねえか。傭兵だらけのとこに呼ばれたって困るだろ!」

 「だから、女の子に怒鳴るなこのアホ!!」

 シナモンにべしん! とやられて、ジルベールが頭を抱えて悶絶した。

 

 レイチェルは涙ぐみ、「……ルナは、怖くないのかな」とつぶやいた。

 「ルナだって、傭兵怖いわよ、きっと。――怖いから、言いなりになってるんだわ」

 

 「ええ? おい、なに言ってんだよ……」

 さすがにジルベールもシナモンも、困惑した顔をしたが、レイチェルは涙を拭きながら、大きなおなかを抱えて、慌ただしく自分の部屋に入ってしまった。

 

 「なんか、ヘンじゃねえか、レイチェル……」

 「ヘンとかじゃないわよ。マタニティ・ブルーもあるんだと思う。それに、……こんなに長いこと、ルナやミシェルと顔合わせてないのも、なかったしね」

 「そういや、そうかも。――でも、兄貴らは兄貴らの、つきあいがあるし、仕方ねえだろ。レイチェルだって、ほかにともだちいるじゃねえか」

 「うん――それは、そうなんだけど」

 

 シナモンは、このあいだスーパーの帰りに、「ルナにアズラエルは合わないわ」とぼやいていたのを思い出して、なんだか嫌な予感がした。

 エドワードはなんとかレイチェルをなだめているみたいだが、レイチェルはああ見えて、ひどく頑固なのだ。

 (……困ったなあ)

 レイチェルの精神状態がよくないのは、おなかの赤ちゃんにもよくない。シナモンは、明日、ルナに声をかけてみようと思いながら、自室のドアを開けた。