「俺がなぜ――レオンに声を掛けずに宇宙船に乗ったかって?」

 「ああ」

 グレンの、怠そうな声に、オルドが頷いた。

 「そりゃ単純に言や、だれにも別れを告げる時間がなかったからだ」

 「……?」

 「俺は、一族内での軍法会議にかけられて、牢屋に入ってた。――当然、L48に長期滞在してたレオンには、別れを告げる時間がなかった」

 「……なんだと?」

 グレンの口から出た真実が予想外だったのだろう、オルドの鉄面皮に、ちいさな驚きが表れた。

 

 「俺が最後に派遣された戦争で、傭兵だけをつかって戦争に勝った。そのことに一族は激怒した。ユージィン叔父は、本気で俺を監獄星おくりにするか、俺に全く反省の色がなければ……銃殺する気だった。
 
 俺は一ヶ月も牢屋にいたと思う。チャンとルーイが、助けに来たんだ。チャンは、俺の担当役員で、ルーイは俺の同乗者。俺の母親とルーイの母親が、知己だったんだ。俺はルーイの母親に、十歳まで育てられた――その縁で、ルーイは兄弟同然のヤツだったし、ヤツのところにチケットが届いて、俺を誘ってくれた。

 だが俺は、戦争から“帰らない”つもりだったし、帰ってきても、軍法会議で独房入りだった。まさか、ルーイが俺を迎えにL18まで来るとは、俺も思わなかったんだ。俺が戦争から帰って来なかったら、ほかの奴と行けと、俺は事前に言っていたから」

 「……」

 「当然、俺を独房から出すことを、ユージィン叔父をはじめ、ドーソンの連中は反対した。だが、チャンは粘り強く交渉し――俺を独房から出してくれた。地球行き宇宙船は、凶悪犯罪者以外は、乗れる。――俺は、チャンとルーイに命を救われた。銃殺刑が決定される寸前で、地球行き宇宙船に逃がしてくれたんだ」

 

 オルドは俯いていた――やがて、顔を上げて、もう一度問うた。

 「……なぜ、宇宙船に乗ってから、レオンに連絡しようとしなかった。そのことを、レオンに伝える気はなかったのか。レオンたちが、どれほどアンタを――」

 「恨んでるか?」

 グレンが言葉を先取りしたので、オルドは口を閉じた。

 

 「レオンたちは、俺を恨んでるだろうな。俺が、レオンたちを置いて逃げた――そう思ってる。――だが結果は同じだ。俺がL18に残っていたところで、レオンたちの決起には、加わらなかったよ」

 

 オルドの目に、怒りの火が宿ったのを、皆が見た。

 「アンタは――ドーソン一族が滅びることを願っている」

 グレンは否定しない。

 「ああ、そうだ。その通りだ」

 「なぜレオンの気持ちが分からない? なぜそんなに、滅びてしまえばいいなんて、簡単に望めるんだ。アンタはレオンが大切じゃないのか。マルグリットも、ほかのいとこたちも――彼らを守る気持ちは、わずかにもないのか」

 

 「ちょっと待てよ、オルド」

 鋭くさえぎったのは、カレンだった。

 「おまえだって、グレンの気持ちは分からないだろ」

 

 カレンがグレンを庇ったのが予想外で、グレンは驚いてカレンを見たが、カレンは真剣に憤っていた。

 オルドはカレンを睨みすえ――重い沈黙が、場を支配した。

 その沈黙を破ったのは、グレンだ。

 

 「……オルド、俺とレオンはたぶん、どこまで行っても平行線だ」

 オルドの重たい視線は、グレンへと移動した。

 「レオンはおまえ同様優しい。俺は、おそらくレオンやおまえが考えてる以上に冷酷で、薄情だ。カンタンに、仲が良かったいとこたちを、置いていける」

 「グレン、」

 カレンが何か言いたげにさえぎったが、グレンが止めた。

 

 「おまえが、“アーズガルドに戻ったなら”、必ずピーターから離れるな」

 「――!!」

 「おまえがライアンから離れなかったように、必ず」

 

 グレンは、レオンと離されたのだと告げた。レオンがグレンに感化され、傭兵擁護派になったのを、宿老たちは危ぶみ、常にグレンとレオンを別の戦地に配属した。片方がL18戻れば片方を戦地に行かせ、ぜったいに会えないように仕向けた。

 物理的な距離は、やがて心をも距離を置かせていく。

 

 「俺だったら、レオンと二人だけで計画し、ユージィン叔父を暗殺してた」

 「――っ!?」

 「レオンは反対するだろうがな――だが、俺だったらそうしてた。レオンに言え。レオンは止めただろうが――レオンが止めたら、俺は動かない。だから結局、どうにもならんということだ」

 

 「……俺は」

 オルドは、ゆらりと立ちあがった。

 「ピーターにも、アンタと同じ轍は踏ませない。ドーソンと同じ道も、歩ませない」

 

 「そうしてくれ」

 グレンは、しずかに言った。その口調がレオンと似ていて、オルドはやはりこのふたりは従弟同士なのだと思った。

 

 「レオンが生きていたなら――もういちど、会う気はあるか」

 オルドは、最後に聞いてみた。だがグレンは首を振った。

 「アイツは死んだ」

 「……」

 オルドは、レオンが生きているのだということを、言いだせなかった。オルドの一存で、レオンの任務を、台無しにするわけにはいかない。レオンの意志を、オルドは重んじた。グレンに会うかどうかは、オルドが決めることではなく、レオンが決めることだ。

 

 「正確には、“恨んでいた”じゃなくて、“待っていた”だ」

 オルドは、俯いたまま告げた。

 「レオン先輩は、アンタのことを、待っていた。ずっと――。グレン先輩」

 グレンの表情は、包帯に隠れてよくわからない。

 「レオン先輩は、決起のことを、仲が良かった俺たちにも話さなかった。そんなあの人が、ずっと待っていたのはアンタだ――。俺は、レオン先輩が、アンタのことを恨んでいるとは言うが、ほんとうは、恨んでいるんじゃ、ないと思う」

 グレンは返事をしなかった。オルドは喋り過ぎたのをごまかすように、立った。

 「――じゃあな」

 グレンとは、もう会うことはないだろう。

 オルドはそう感じた。グレンは、L18には戻らない。このまま地球に行くか――レオンの任務が成功すれば、船内で、レオンとともに果てるのかもしれない。

 

 オルドが去って行った部屋で、カレンは憤慨してビールを飲み続けていたが、やがてふっと気づいたように言った。

 「あんた――グレン、」

 「あン?」

 グレンは、カレンが呑んでいるビールを羨ましそうに見つめた。

 「あんた、“レオンに言え”って言わなかった? レオンって――死んだんじゃ、」

 「生きてるよ」

 アズラエルとロビンが両脇でぶほっとやった。

 

 「生きてる!? ツヴァーリ凍原で爆死したんだよな!?」

 レオンたちの起こした反乱は、だいぶ遅くなってから新聞に載ったので、ロビンたちも知っているのだ。

 「――たぶん、生きてる」

 (オルド、おまえはレオンの居場所を知ってるんだろ)

 グレンは、後半は口に出さなかった。おそらくレオンは生きている。オトゥールもそう言っていた。宇宙船に乗っているということもあり得る。少なくとも、乗っている証拠はないが、オルドは、レオンの場所を知っている。

 

 宇宙船に乗っていたなら。

 (もしかしたら、俺を殺しにくるかもしれない)

 レオンにだったら、殺されてやってもいい。

 

グレンはそう考えると、オルドが飲み残していったビール缶を指さした。

 

 「な、アレ、あれでいい。一口くれ」

 「え!? バッカ、何言ってんの! 内臓もやられてんだから、アルコールまだ駄目だって言われてるだろ!」

 カレンが慌てて取り上げる。

 「いいだろ! 一口くらい!!」

 ついにグレンの癇癪が爆発した。

 「ビールくらい飲まねえとやってられねえよ!!」

 「どんだけアル中だよ! ――ってアズラエル! アンタもダメだって!!」

 包帯巻き車いすつきのふたりは、元気にビールを奪い合いながら、カレンにどつかれているのだった。