「分かってるよ! そういうの、アズにもいっぱいゆわれたから! あたしはね、ハトさんにね、ツキヨおばあちゃんの代わりにお礼を言うの」

 彼女は、オルドの手を避けて怒鳴った。見かけに反して、けっこう気は強いようだ。

 「ハトさんのおじいさんの、ブライアンさんには、ツキヨおばあちゃんもお世話になったの。おばあちゃんがL18にいた間、ブライアンさんがアパートを世話してくれて、ユキトおじいちゃんが捕まったときも、匿ってくれていたんだって。おばあちゃん、いっぱいのひとにお世話になったんだって。――だから、あたしが、ありがとうって、言いたかったの……」

 「……」

 オルドは、言葉が見つからなかった。

 

 「……俺は、ツキヨ――さんの、居場所は、誰にも言わない……」

 目を反らし、ぼそぼそ声で、そういうのがやっとだった。

 「うん!」

 ルナも、泣きべそ顔で微笑んだ。

 

 薄暗がりのピエトの部屋で映像を見ていたわけだったが、オルドは急に背後に気配を感じて、反射的に銃のホルダーに手をかけた。が、それより先に、太い腕がオルドの首に巻き付き、中腰になるほど締め上げた。ドアが開く音も、聞こえなかった。締め上げてくる男の片手は、オルドの手がホルダーに届く前に手首をつかんだ。

 「ぐ……っ、かは……っ!」

 オルドはがむしゃらにもがいたが、腕は外れない。

 

 「俺が五体満足だったらな、おまえをあのまま、帰しちゃいねえよ」

 オルドは、グレンの声を聞いた。だがオルドを締め上げているのは別の男だ。そうだ、グレンは重傷――オルドを締め上げる力などない。

 「俺に“憧れてた”わりには、あまりに素っ気なくねえか。言いたいことだけ言ってトンズラかよ」

 

 「俺をあんなにつれなくフッておいて、あっさり帰すとでも思ったのか」

 締め上げている男の正体が判明した。ロビンだ。

 男をナンパしたのは生まれてこの方はじめてなのに。俺のプライドはズタズタだ、と薄ら笑うロビンの声が、遠く聞こえた。

 オルドは、油断した自分を後悔した。思いもかけなかった映像を見せられて、警戒が緩んでいたことは否めない。このあいだから、自分らしくない失態ばかりだ――。

 (くそ……っ!)

 

 「長居はしてもらうよ、オルド」

 クラウドの不敵な声も聞こえる。ロビンの腕の力が増し――(まずい……オチる)と思った瞬間に、急に解放された。

 

 「かふ……っ」

 ストン、と床に膝をつく。背を丸めて何度か咳き込み、周囲を睨みあげた。車いすのグレンに、ロビン、クラウドがドアを開けて立っている。

 (俺を、どうするつもりだ――こいつら)

 

 アズラエルとグレンが満身創痍で、ほかの傭兵たちは酔っぱらっているのが救い――クラウドは、体格差はあるが一発で気絶させられる自信はあった。だがロビンは無理だ。ロビンの膂力を考えると、取っ組み合いで勝ち目はない。オルドはルナをちらりと見たが、ディスクをくれた彼女を人質にしてここを出ることは避けたかった。

 ライアンへの緊急信号のシステムを、ポケットの中で起動させようと思ったそのときに、カレンが呑気な顔を、部屋に出した。

 

 「オルド、あんたビール飲み残してる」

 「……は?」

 オルドは、呑みのこしビールと同じくらい、気の抜けた返事を返した。

 

 「だから、ビール飲み残してる。飲みのこし禁止」

 「なんだおまえ、下戸かァ? ジュースがいいのか」

 ロビンの、からかうような声が続く。

 「ピエトと一緒にジュースでも飲んでろお子ちゃまが」

 グレンもニタニタ笑いながらからかってくる。

 「あたしといっしょに、りんごとかカシスのカクテル飲む? あるよ? アルコールひくいやつ」

 と、ルナまでが真剣な顔で聞いてくるので、オルドは思わず青筋を立てながら、

「ビールでいい!!」

と叫んでしまった。

 

 「よしよし、呑むぞ! 宴会はこれからだ!」

 ロビンがオルドのパーカーのフードをつかんで立たせ、背を叩いてリビングへ連れて行こうとする。オルドは困惑しながらも、引きずられるように連行され――。

 

 「あ! 可愛い!!」

 「やっと顔見れた! 可愛いじゃない! 寝癖ついてるよ! こっちおいで〜! オネーサンが直してあげるから!」

 「キャー可愛い! かわいい、マジかわいい! こっちおいで!! こっち! いや〜、今まで見ないタイプ! いくつ!? ルナちゃんたちと同じくらい!?」

 ジュースしか呑んでいないはずなのにすっかり出来上がっている、迫力と威力しか持ち合わせない妊婦二人に、オルドはぎょっと引いた。

 そして、さっきロビンに締め上げられた拍子に外れていたフードを、あわてて被ろうとしたが。

 

 「オールド! ワタシと飲みます! アーンダカーヴァの傭兵は、ワタシとお酒のつよさを比べ合います、それが正しい!」

 「そ……それが正し……?」

 今度は、ベッタラに腕を引っ張られて、オルドはつんのめってダイニングテーブルに頭から滑り込むところだった。

 

 「オルド君彼女いるの!? いるよね!? 女の子って僕みたいなお喋りなタイプより、君みたいなクールなタイプ好きだもんね!? なんで君には彼女がいるの〜! なんで僕には彼女がいないの!!」

 ニックが泣きながら絡んでくる。

 

 「おっ!? アンダー・カバーの! オジサンのこと、覚えてるか。もとブラッディ・ベリーの傭兵でーす♪ バグムントおじさんで〜す♪ ブラッディ・ベリーのアリシアはァ〜♪」

 バグムントは、見たことがある気がする――酔っ払いでも、コイツが一番マシだ――オルドは、自分と同じ背丈くらいのバグムントの方に、自然と逃げようとしたが、(オルドは百七十三センチだ。)意外と大きいニック(百八十五センチ)と、上にも横にも大きいベッタラ(百八十五センチ)に阻まれて、身動きが取れなくなった。しかもアルコール漬け。

 

 「アーンダカーヴァは酒を浴びますか!? 酒の海に浸かるが本望の心は! 忘れてはいませんね熱き酒まんじゅう!!」

 「オルドく〜ん!! 百歳未満でいいから、五十歳以上の恋人紹介してえ!!」

 「……! ……!?」

 

 オルドの処理能力は、リミットを超えた。

 混乱の極みに陥ったオルドの腕を引っ張って助けてくれたのは、なんとルナだった。

 「ハトさん、このひとが、ディスクをつくってくれたニックさんだよ」

 小声で耳打ちする彼女に、オルドは目を見開いて酔っ払いを見、感謝を告げようとしたが、ニックとベッタラは、次の瞬間には二人肩を組み、意味不明な歌を歌いながらキッチンに消えて行った。

 「……」

 「ハトさん、だいじょうぶだよ。あたしがいっぱい、お礼を言ったからね」

 

 リビング端のソファ席で、一気に殺意も警戒も帰る気も殺がれたオルドのめのまえに、さっきひとくち飲んで放り出したビール缶が、置かれた。

 これを飲んだら帰ろうと、仕方なく口をつけると、グレンがうらやましそうに見ている。あまりにあまりな視線なので、「飲むか?」とでもいうように缶をさしだしてみたが、さっきのディスクをくれた女――ルナに、「グレンはまだ、お酒はだめです!」と勢いよく叱られた。

 そしてグレンは、ルナがついだジュースを、不味そうな顔をして飲んでいる。

 もしかして、まさか――考えたくもないが、この頭の弱そうな女(失敬!)に尻に敷かれているのだろうか――。

 憧れのグレンのそんな姿など見たくもないオルドだったが、そのせいとは言えない、また失言をくりかえす羽目になった。