さて、こちらはL18。

 首都アカラの端、スラム街に位置する、築八十年にもなるオンボロアンティーク・アパート。――アダム・ファミリーのアジトである。

 

 「……そんで、アマンダが怒り狂ってて。アズからメールの返信がないってね――そしたら、ロビンからメールが来て、びっくり。アズのヤツ、全身複雑骨折だって」

 「兄貴が!?」

 オリーヴは一番お気に入りの紐パンを引きちぎってしまった。

 「あの兄貴が大ケガ!? どしたの? 任務で!?」

 「知らないよ」

 「そういや兄貴、定期連絡にもぜんぜん顔見せないもんね――どうしてるんだろ」

 

 アダムの家族は、スタークがL20の特殊部隊で軍人として働いていて、アズラエルはメフラー商社所属だ。だからひとつきに一度は、全員で会って食事をしたり、それができないときはテレビ電話で近況を報告し合った。

 地球行き宇宙船に乗ったころは、アズラエルもかならず顔を出していたのに、最近はぜんぜん顔を出さない。

 

 「地球行き宇宙船があんまり楽しくて腑抜けてンのさ! かわいい彼女もできたっていうし」

 「スタークの言ってた子!? L77から来たとかいう――」

 「そうそう。そんな子いたっけね。ロビンがアマンダに写真送ってきた――子どもみたいな子だろ? なまえは“うさちゃん”?」

 「兄貴、まだ付き合ってんの!? ウソでしょ!? あの兄貴が!?」

 「まさか! いまは別の女だろうよ。アイツが、三ヶ月以上持つわけないだろ」

 

 エマルは呆れ返った声で肩を竦め、オリーヴのトランクを見て絶叫した。――ショッキングピンクの派手なトランクには、おなじような派手下着ばかり詰め込まれている。

 

 「あんた何しに行くか分かってんの! そんな、パンツばっかり詰めてどうする気だい!?」

 「はっ! あたしとしたことが!」

 オリーヴは全パンツをトランクから出した。

 「なにも全部出せとは言ってないよ――そいで、あんた! 自分の分は自分で詰めてね! アダム!」

 「んあー……」

 アダムは、クマのようなでかくて丸い背を丸めて、ちょこんと椅子にすわり、依頼書を眺めていた。

 

 「ルナ・D・バーントシェント、ルナ・D・バーントシェント……」

 さっきから、その名をくりかえし、呟いているのだった。

 

 アダム・ファミリー構成員全員――アダムにエマル、オリーヴにボリスにベック――と、メフラー商社のメフラー親父、デビッド、アマンダに仕事の依頼が来たのは、一週間前だ。

届いた電話と封書――依頼人は、E.C.P所属特別派遣役員、ミヒャエル・D・カザマと、ペリドット・LG・MJH・サルーディーバという男の連名。

最初、耳を疑ったほどの大きな依頼だった。

 

「メルヴァの革命軍を、アストロスで迎撃。――極秘任務」

 

E.C.Pが、両グループを、特殊工作班として、軍部を通さず独自に雇いたいという話だった。

任務を受ける受けないをたしかめるまえに、任務の内容を突きつけられたということは、拒絶の選択肢がないということだ。

アダムは頭を抱えた。

アダムは、かつて、そのメルヴァに雇われたのである。メルヴァの敵となる、L20の軍の配置図を手渡され、その突破法を考えさせられた。

アダムは、そのことを具体的に話したわけではないが、メルヴァに関わっていることを濁しつつ説明し、「俺は任務に参加できない」と言ったのだが、

「あなたがメルヴァに雇われていたのは、承知しています。ご心配なく」

という、こたえなのかどうなのか分からない返答がかえってきて、アダムはさらに頭を抱えた。

 

エマルもオリーヴも、アダムがバクスター経由で依頼されたため、断れずに、メルヴァの任務を果たしてきたことは知っている。

今度はよりによって、その敵方からの依頼。

アダムがメルヴァに協力したことを知られているなら、アダムが逮捕されてもおかしくないのである。なにしろ、メルヴァはL系惑星群の指名手配犯である。

だが、L55の管轄下にある、地球行き宇宙船の依頼人は、そのことを知っているにもかかわらず、アダムを拘束する意志はなさそうだ。

E353に着いたとたんに逮捕される、というパターンはないだろう。逮捕するなら、いきなり警察星の警官隊がアジトにやってきて、アダムを連れていくのが本当だ。

「いざとなったら、あたしとオリーヴがヤバいとこは請け負うから。とにかく、あんたもいっしょに行こう」

というエマルの説得によって、アダムもしぶしぶ、腰を上げたのだった。

 

アダムは、自分の傭兵人生の終了を覚悟し、アダム・ファミリーの清算も考慮に入れ、自分がうけたメルヴァの依頼は、自分だけが行った仕事で、メンバーは関係ないという作文を仕立てあげ、ボリスとベックの再就職先の考慮に入っていたのだが、女房に「なんとかなる!」と背中を叩かれて、やっと気を取り直した。

「あんたを逮捕するってンなら、最初からそれを言ってくるさ。それを言わないということは、目を瞑ってやるってことじゃないのかね――あたしたちが協力すれば。メルヴァに協力したことだって、あたしたちを人質に取られたとか、いいようはあるだろ。とにかく、行って話を聞いてみないと始まらないよ!」

こんなとき、女のほうが楽観的というのは、どの星も同じかもしれないとアダムは思った。

 

E353までの旅費は、すでにE.C.Pから振り込まれている。雇い賃も法外な額だった。

この任務で生き残っても――あるいは死亡しても、家族や自身の身の振り方をどうにでもできるくらいの金額だ。

そして、地球行き宇宙船のチケットも、二枚用意されている。つまり、四人乗船できるということだ。しかし、E353で、宇宙船のチケットを渡してくれるのは、依頼人のミヒャエル、ペリドットではない。

依頼書には、チケット購入者の名が記されていた。

 

「ルナ・D・バーントシェント」。

 

 「ルナ・D・バーントシェント……バーントシェント……」

 アダムは、引っ切り無しにその名をくりかえしているのだが、思い浮かばない。

 どこかで聞いたことがある。記憶の端っこに引っ掛かっていて、手が届きそうで届かない――そんな、歯がゆい感覚だ。

 

 「バーントシェ……あ」

 アダムは、その名を呟き始めて五十回目くらいに、ようやく記憶の残骸に手が届いた。

 

 「なあおい、エマル」

 アダムは妻を呼んだ。

 「バーントシェントってなァ……リンちゃんの苗字といっしょじゃねえか」

 「えっ」

 エマルも、依頼書をのぞき込んだ。

 「ほんとだ――綴りもいっしょだ」

 エマルのかつての親友――今やもう、生きているのかさえ分からない、リンファン・F・バーントシェント。

 しばらく用紙を眺めていたが、彼女を思い出して泣きそうになったエマルは、紙をぺいっと放り投げた。

 「バーントシェントなんて苗字、世間にゃ、いくらでもあるさ。それより、あんた、自分の用意は自分でしてね。道中長いんだからさ――服、どれだけいるかな」

 「任務は再来年までかかるんだ。服なんぞ置いてけよ。あっちで買えばいいだろう」

 アダムは、猛然と服ばかり詰め込んでいる妻と娘に向かって言った。

 

 「そうだねえ……あっちで買えばいいかねえ。アズに、何持っていけばいいか聞きたかったのに、連絡取れないんじゃしょうがない。クラウドも、何してるんだろねアイツは」

 「兄貴は似たような服しか持ってねーじゃん。いつも黒Tとジーパンばっか」

 「そういうアンタは、下着に金をかけすぎだ。――なんだいこの、コレ、腹丸出しじゃないかこのTシャツ!!」

 「ファッションだよ! ほっといて!!」

 「L22にいくまえに、スタークのところに寄っていくからな」

 アダムは、いつもどおりの妻と娘の会話を聞き流し、自分のトランクを引きずってきて、服を詰めはじめた。