「スタークと会うのも、これが最後だったりして」 「嫌な冗談はおやめ!」 オリーヴは、エマルに叩かれて「イッテエ!」とうなりながら、アダムが机に置いた任務要項を手に取った。 「オリーヴ、あとでそれ、燃やしとけ」 「へいへーい」 おざなりに返事を返し、オリーヴは用紙を目で追った。 たった三枚の紙に記された味気のない文字の羅列を、オリーヴは流れるように読み、そしてひとりの名に釘付けになった。 (ルナ・D・バーントシェント?) オリーヴは、その名に心当たりがあった。どこかで聞いた名だ――しかもフルネームで。 「あーっ!!」 ボロアパートが一気に崩壊しそうなオリーヴの絶叫に、アダムもエマルもびっくりしたばかりか、自室にいたボリスとベックも駆けてきた。 「な、なんだ。なにがあった!?」 「びっくりさせんじゃないよオリーヴ!! どうしたんだい!?」 オリーヴは、誰の言葉も聞かずに、自分の部屋へと突進した。そして、小さなタンスの引き出しをあけ、黄ばんだ羊皮紙にはさまれた、写真を取り出した。 (思い出した――これ、忘れていくところだった) 忘れもしない――いや、オリーヴ的には忘れていたかった任務である。食事的にも、その不可思議さからも――。 今年の春まえ、オリーヴは、フライヤとともに、L05のサルーディーバ記念館に忍び込み、船大工の兄弟の絵にかくされている鍵と手紙を盗む任務に就いた。それは、メルヴァがアダムに頼んだ依頼であり、アダムの代わりにオリーヴが携わった任務だ。 絵の裏に隠されている鍵と手紙をグレンに送ること――。オリーヴは、その任務を滞りなく済ませた。だが、絵の裏には、グレンに送る、鍵の入った手紙のほかに、もう一通、紙がはさまれていたのだ。 オリーヴを絶句させた写真をはさんだ、その古びた紙には、こう書いてあった。 ――この封筒を取りに来たものへ。 この写真も、一緒に持って行ってほしい。だが、この写真は、グレン・J・ドーソンには送らないように。来たるべき日にち――L歴1416年10月10日に、別の人物へ送って欲しい。送り主の名は、ルナ・D・バーントシェント。 かならず、その名を知るときがくる。きっと、百年後はそうであろう、私の愛しい幼馴染、オリーヴへ。 クラウド・D・ドーソン (来ちゃった) その名を知るときが、来てしまった。突っ込みどころ満載のこの手紙を、オリーヴはずっと引出しにしまったまま、放置していたのだ。 (危なかった。今コレ、ここに置いて行ったら、肝心の日付に、このひとに渡せなくなるじゃん) この日付は、おそらくオリーヴたちは、任務の真っ最中だ。 (L歴1416年10月10日は来年だけど――E353には、今年中に着いちゃうよな) ルナ・D・バーントシェントなる人物には、そのエリアE353で会うことになっているのだ。 (そいで、地球行き宇宙船がアストロスに着くのは、1416年の、10月前後だった気がする) オリーヴは任務要項を見たが、やはりそうだった。オリーヴたちはアストロスで任務に就く。E353でルナという人物に渡さなければ、次あうことはないかもしれない。 このルナという人物は、任務に関わっているようだから、地球行き宇宙船の役員だろうか。だとしたら、アストロスにも来るのではないか――。 (ってことは、10月10日に渡せるかなあ?) だが一度任務に入れば、自由な行動ができなくなる可能性もある。やはりここは、E353で接触したときに渡したほうが、無難かもしれない。 (ちょっと早いけど、E353で渡すことにするよ。書いてある通りにはできないけど、ゴメンね、クラウド) オリーヴは、黄ばんだ羊皮紙にキスし、――写真を眺めた。 見れば見るほど、オリーヴには不気味に思えるだけだった。 古い写真の中で、兄が笑っている。グレンがいて、クラウドもいる――将校の、制服を着て。 (兄貴が見たら、びっくりするよね――これ) ちょっとだけ、オリーヴは、兄やクラウドにもこの写真を見せてみたいとおもった。ふたりも気味悪そうに見ることだけは予測できたが――。 オリーヴは、この写真を、兄もグレンも、クラウドも見ることになるとは知らずに――ルナという人物が、兄の恋人だと言うことも知らずに、写真と紙を、トランクへしまい入れた。 「じゃあ、あとは頼んだよ、マック、シド」 「ん」 夕刻、アマンダとデビッドが、トランクを引きずり、両脇にボストンバッグを抱えて出るのを、シャッターを下ろしながら、マックとシドは見送った。 メフラー親父はとっくに外で、夕日を眺めながらパイプを吹かしている。 「アダムたちは、スタークのとこに寄ってくって言うから、三日後にL22で合流だ。L系惑星群離れるのは、三日後! いいね?」 「分かったって。早く行けよ」 「そんな薄情な言い方ないじゃないか! でかい任務なんだよ!? これが今生の別れになるかもしれないのにさ!」 「任務ごとにそう言ってるだろうが!」 マックはキレた。アマンダは、息子のキレ按配を無視してつづけた。 「ふたりで仲良くやって――再来年まで帰れないんだから、なにかあったら、ナンバー9とか――知ってる顔のやつの、傭兵グループのとこ行くんだよ。ザイールとか、カナコのとこでもいい。――ぜったい、ふたりで何とかしようとしちゃダメ。経験者の指示を仰ぐんだよ? 白龍グループの桃龍幇でもいい。インシンには頼んであるから――シュウホウにもクォンにもね、声はかけてあるから――電話、必ず三日に一回はよこしな」 「どんだけ過保護だよ! つかマジ平気だって」 「いまは、軍事惑星群自体が、あしたどうなるか分かんないって世の中なんだよ! あんたらみたいなペーペーだけ残して行かなきゃいけないこっちの身にもなってごらんよ!」 アマンダは、豪傑で短気で神経質で怒りっぽくて暴力的だが、じつにおふくろ気質だった。アマンダが心配しているのは、メフラー商社のアジトに息子と、シドだけを残していかなければいけないことだった。 地球行き宇宙船に乗っているメンバー以外の社員は、この数ヶ月の内に全員、独立させた。今は、シドとマックしかいないのだ。アマンダにとっては、シドも息子の様なものだ。しかも、失言が多くて頼りない。 どうせなら、このふたりもいっしょに連れていきたかったのだが、依頼が来たのはアマンダとデビッドと、メフラー親父だけだ。 「せめて、ロビンかアズ坊が残ってくれてれば、」 バーガスでもいい、とアマンダは零す。 「やっぱり、こんなときに全員独立させたのはまずかったなあ……ザイールかカナコを残しておけばよかった」 「大丈夫ッス、アマンダさん。留守はしっかり守ります」 シドの自信たっぷりの台詞に、アマンダは嘆息した。 「頼りないねえ〜……やっぱあたし、行くのやめようかな」 「いまさら何言ってんだよ。いいから行けよ! ジイジ、親父、はやくおふくろ連れてって!」 マックは、小太りの顔を真っ赤にして、母親を追い立てた。 「心配性だなァ、アマンダは。そこが可愛いんだけどな♪」 デレるデビッドに、息子のつめたい視線が突き刺さる。結婚してン十年もたつというのに、デビッドの、アマンダへのあふれる愛は健在だ。アマンダもツンケンしながらデビッドに甘えることもある。両親のアツアツぶりは、息子としては大層ウザい。 「早く行け」 メフラー親父がパイプをあきらめてアマンダの荷物を持ち、デビッドがアマンダの襟首をつかまえてバスに乗り、ようやく三人は出発した。 「……スッゲー開放感……」 マックは、満面の笑顔で送り出した。 「ヨッシャ! ゲームすんぞシド! 今日は徹夜で!!」 「ウッス! ピザとりましょう、ピザ!!」 |