そして、L77。新興住宅街、ローズ・タウンでは。

 リンファンとドローレスが、家の前に停まったタクシーに、大荷物と一緒に乗り込んだところだった。

 

 「あたしたちの荷物だけで、トランクがいっぱいね。ツキヨさんの荷物、入るかな」

 「入らなかったら、もう一台呼んでもらおう。――三丁目の角の、カエデ書店までお願いします」

 「ああ、ツキヨさんのところね」

 タクシー運転手も、近所の住人だ。

 

 「大荷物だね、旅行ですか」

 「ルナがね、地球行き宇宙船に乗ってるの。それで、エリアE353っていうところまで会いに行くのよ」

 「ああ! リサちゃんも乗ってるんでしょ。――E353か、長旅だねえ」

 俺には一生、縁がない場所だよ。俺はL7系の星から出たことがないから、と運転手は笑った。彼のような人間はめずらしくない。ふつうは、自分の生まれた星で、一生を生きていく。

 地球を離れて、L系惑星群で暮らすことになったツキヨ、軍事惑星を離れてL77へ来たドローレス夫婦――故郷を離れて暮らす彼らの方が、少数派だ。

 

 ドローレスとリンファンも、ツキヨとともに、エリアE353に出立するために、スペース・ステーションへ向かうところだった。

 こちらは任務ではない。三人がE353に向かっているのは、ルナと――アズラエルに会うためだった。

 

 『会いに行こう、アズラエルに』

 

 そう言ったのは、ドローレスだった。そして、それに賛同したのはツキヨだ。

 かつての友人の息子が、地球行き宇宙船でルナと会い、恋に落ちた。

最初にそれを聞いたとき、リンファンもドローレスも、動揺の方が激しくて、「二人の仲を認めてやってほしい」と願うツキヨの言葉に、耳を貸せなかった。

 ルナを、L18に関わらせたくない。その気持ちの方がつよかった。

 ドローレスも、何度ルナに電話し、「戻ってこい」と言うところだったかしれない。だがそんなドローレスを止めたのはリンファンだ。

 ふたりは、ルナと話し合うのに、感情的になりたくはなかった。だから、何度も電話に手を伸ばしては、やめた。彼らには、感情を鎮める時間が必要だった。

そして二週間も経ったころ、ドローレスが言ったのだ。

 

 「ふたりに会いに行く」と。

 

 電話ではらちが明かない。直接会って話がしたい。そんなドローレスの背を押したのは、ツキヨだった。

 心臓をわるくして倒れたツキヨの症状は、今は投薬によって落ち着いている。

 

 「会いに行くなら、今しかない。あたしは、ルナが地球に行って、帰ってくるまで持たないかもしれない。連れがあるなら、心強いよ。あたしも連れて行っておくれ。お願いだよ」

 

 ツキヨの頼みを、どう断ることができただろう。ツキヨが健康だったなら、誘うつもりだった。だが、小康状態に落ち着いたとはいえ、ツキヨの心臓病は、手術が必要なほどわるくなっていた。でもツキヨは、病を押しても、ルナとアズラエルに会いたいのだと言う。

 ドローレスは迷ったが、連れて行くことに決めた。

 

 リンファンは長年勤めた弁当屋をやめ、ドローレスは、長期の有給を取った。つとめてこの方、一度もつかったことのなかった有給が大量に残っていた。それに数ヶ月の育児休暇分を加えて一年の休暇を申請した。上司は、有能なドローレスの休暇願にいい顔はしなかったが、ドローレスは会社を辞めてでも行く覚悟だったので、折り合いはついた。

だがなんとなく、ドローレスは、もうL77には戻らないのではないかという予感がしていた。

 ツキヨの旅費も、ドローレスが都合しようとしたが、ツキヨには、以前、ユキトの遺族年金だと思って受け取れと、バラディアから振り込まれた貯金があった。ツキヨは、それを崩すことにして、ドローレスの厚意は受け取らなかった。

 

 「ルナの結婚資金、つかう羽目になっちゃったね」

 「……そうだな」

 エルウィンも、キラの結婚資金にと貯めた貯金で、マルカまで行ったのだ。E353はそれ以上に遠い。ドローレスは、貯金という貯金を下ろす羽目になったが、いままで働くだけ働いて、つかってこなかったので、ここがつかい時だろう。

 

 「こういう、思い切りのいいところが、あたしたち、傭兵だったって思うわよね」

 ドローレスは頷く。いつもよく喋るが、今日のリンファンはひっきりなしに話題を振ってくる。落ち着かないのか。

 「ルナったら、びっくりするでしょうね。E353に着いたら、親がいて、」

 「ああ」

 「リサちゃんのお母さんも、ミシェルちゃんのお母さんも、ルナの彼氏のことは聞いてないって、おかしいなって思ってた。だから、ほんとはルナにカレシなんていないんだって、あたし思ってたの」

 「……」

 「そしたら、アズ君だなんて、ね。だから言わなかったんだわ。――ミシェルちゃんたちも、分かってて、言わなかったのね、きっと――いろんなこと」

 「……そうだな」

 「アズ君に会ったら――エマルのこと、聞けるかな。アダムさんや――メフラー商社のみんな。アマンダ、元気かな――レオナちゃんも、きっとすごい傭兵になってるわ」

 リンファンの声が、詰まってきた。ドローレスは黙って、妻の肩を抱く。

 「リサちゃんとミシェルちゃんのお母さんたちには、お別れできてよかったわ。――真月神社のマホロさんにも」

 

 ポロポロと涙を流す妻の顔を、ドローレスは見つめた。

 リンファンも、感じているのかも知れなかった。

 

 ――おそらく、もう、L77に戻ることはないと。