百十四話 布被りのペガサス X



 

 「――わあ! アイリーン、かっこいい!」

 それは、フライヤの心底から出た言葉だった。おもわず出てしまった歓声というやつだ。

 「そ、そうかな……私服なんてひさしぶりで。おかしくない?」

 「おかしくないよ! あたし、モデルさんかと思っちゃった」

 

 街ゆくひとびとが、アイリーンを振り返って見る。そのことが、大げさではなくフライヤの言葉を証明していた。背の高いアイリーンが着ると、ただの黒いジャケットにパンツ、白いシャツという服装が、おそろしく洒落て見える。いつもの眼帯は取り払われて、濃い色のサングラスが、彼女の義眼を隠していた。

 「フライヤが着てるみたいな、可愛い服は似合わないからね――僕は」

 そういいつつも、アイリーンの白シャツは、控えめなフリルがついている。フライヤも、そう、可愛いといえる服装ではない。ジーンズにキャミソールにカーディガン。どちらかといえば色合いも地味な格好だ。

 「そんなことないよ。そのシャツ、可愛い」

 フライヤの言葉に、アイリーンがはにかんだ。

 

今日は、フライヤとアイリーンが初めて軍の外で会うという、記念すべき日だ。

ショッピングをして、ご飯を食べて、カフェでお茶をするという、女友達と遊びに行く定番のコース。

 いままで、何回も計画倒れで終わっていた、休日を一日つかったデートだ。

 アイリーンは忙しいことこの上ないし、せっかく休日が取れても、その日は久しぶりにエルドリウスが帰ってくる日で、フライヤの都合がつかなかったりと、いつも予定が合わなかった。

 だが、ついにアイリーンの方が、むりやり休日をもぎ取って計画を実行させた。

 それには、理由があった。

 

 「フライヤ、映画も行こう。服を買って、食事をして、君を連れていきたいケーキ屋もあるんだ」

 アイリーンは、一秒たりとも惜しいというように、フライヤの手を取って歩き出した。

 

 「う、うん……! 映画って、このあいだ言ってた恋愛モノ?」

 「そう――だ、だめかな? 僕は、ひとりで見に行くにはちょっと――でも、部下は、あんな映画に誘えないし――」

 「ダメじゃないよ。ほんと、アイリーンとあたしって、趣味似てるっていうか、好きなものが一緒だなって、びっくりしただけ」

 アイリーンが見たいと言った恋愛映画は、ただ甘い恋愛と感動を謳っているだけではなくて、スリルとサスペンスもふんだんに盛り込まれていて、フライヤも見てみたいなとおもった映画だったからだ。

 「そ――そうだよね! 僕たちは、ほんと、気が合う――!」

 アイリーンの顔が輝く。

 

 (――でも、もう“お茶会”は終わりだ)

アイリーンは、輝いた笑顔を一瞬で涙目に変える気持ちを、ぐっと堪えた。

(これから、フライヤと会える時間も極端に少なくなってしまうだろう)

 

 今日は、明るく、楽しくいたいのだ。フライヤとでかけるのは――きっとこれが、最初で最後。

 

 「じゃあ、フライヤ。どこから行こう?」

 「映画の時間がちかいから、映画からにしない?」

 「そうしよう――映画館は、こっち」

 アイリーンは、フライヤの手を取って、首都の繁華街を進んだ。

 

 フライヤにとっても、女友達とこんな風に出歩くのは久々のことだった。もともと友達の多いフライヤではないが、学生時代、L20のカペーリヤ傭兵教練学校にいたころは、数少ない女友達と、この、首都マスカレードに遊びに来たことが、二度ほどある。

 

 「カペーリヤか。マスカレードの隣町だろう」

 生まれも育ちもL20のアイリーンは、カペーリヤ県の場所がすぐ想像できるらしい。

 「あそこは、田舎町だけど環境はいいよね。自然は多いし、海が近いし」

 「そうそう――なつかしいなあ」

 「あとで、カペーリヤまで出て、海を見に行こうよ」

 「ホント!?」

 「ああ、行こう」

 

 フライヤは、卒業してからは実家のあるL18にいたので、L20に来ることは、まるでなかった。

エルドリウスと結婚してL20に来てからは、軍部と家の往復で――こんなふうに友達とショッピングセンターをあるくのは、初めてだ。

フライヤは楽しくて仕方がなかった。

エルドリウスとは家で過ごすことが多いし、外食しても、たまに会う妻に贅沢をさせてあげたいエルドリウスの愛のせいで、高級レストランばかり。ふたりで街中をあるくことなんて、なかった。

 

「今日は、思い切り楽しもう!」

「うん!」

アイリーンとフライヤは、手に手を取って、映画館へ直行した。

 

映画は期待していた通りにおもしろくて、いつもふたりでお茶の時間に軍事惑星群のことを話すくらいに熱狂して感想を言いあい、おなかもすいたし喉も乾いたので、バールに入って昼食を取った。おすすめのパスタセットを注文し、フライヤはいつもどおり紅茶を、アイリーンはビールを注文した。

 

「昼間からビールが飲めるなんて最高! 最高の休日!」

アイリーンが実においしそうに飲むので、フライヤは、「あたしにもひとくち」と言って飲ませてもらったが、やはりビールは苦かった。あまり酒が得意ではないフライヤだ。フライヤのしかめっ面にアイリーンは爆笑し、結局二杯ビールを飲んで、バールをあとにした。

アイリーンが「ビールは水だ」といっていたのは本当のようで、二杯も飲んだのに、まるで酔った風には見受けられなかった。

ふたりは繁華街をあちこち歩き、服やバッグ、靴を見て、雑貨店をのぞいた。

そしてふたりは、「お茶会」の時間につかうティーカップを、お互い、気に入りのものをプレゼントしあった。

 

三時も過ぎたころだ。ふたりはショッピングセンターの南端にある、カフェを併設したケーキ店のまえにいた。

「あ、ここ」

「そう――分かる?」

“ケーゼクーヘン”と名のついた店舗のロゴは、いつもアイリーンがお茶の時間に買ってきてくれるケーキ店とおなじだ。

チーズケーキが、とんでもなく美味しい――。