カラン、カランと扉の鈴を鳴らし、にぎやかな店内に入った。日曜日ということもあって、オープン・カフェもなかの席も、女性客でごった返している。フライヤは、ケーキを並べた冷蔵ショーケースのわきに、牛乳やチーズ、ヨーグルトを並べたコーナーを見つけた。 (ここがアイリーンの実家の、酪農家さんがやってるケーキ屋さん……) アイリーンは、何度も来慣れているようすで、スタスタとショーケースのまえに行き、ケーキを物色し始めた。 「ここでお茶していこう。フライヤ、ケーキは何にする?」 フライヤはチーズやヨーグルトを置いた棚に見惚れていたので、あわててショーケースの方へ向かった。 「あ、新作だ。かぼちゃのチーズケーキ。僕はこれにしようかな」 「じゃあ、あたしも」 「かぼちゃのチーズケーキふたつ。ドリンクは――フライヤ、ダージリンでいい?」 「うん」 「じゃあ、それで」 「かしこまりました、あとで席にお持ちしますね。いつもありがとうございます、アイリーンさん」 ショーケースから顔を上げたフライヤは、従業員の女の子の顔を見て、思わず声を上げるところだった。 十七、八歳くらいの女の子――アイリーンにそっくりな顔立ちの彼女は、まるでアイリーンの妹か娘かというくらい、顔だちがよく似ていた。一瞬垣間見ただけのフライヤでさえ、“わかって”しまうほど。 「もしかして、親戚のひとですか?」 「フライヤのこと? 僕の友達だ」 「そっかあ……部下の人とはちがう雰囲気ですもんね」 「僕だって、連れてくるのは部下ばかりじゃないさ――やはり、日曜は混むね」 「そうですね、おかげさまで繁盛しています」 フライヤたちに背を向け、親しげにアイリーンと話しながら、ケーキを皿に乗せている彼女は、長い髪をアップにしている以外は、まるでアイリーンそのものだ。 サラサラの黒髪も、背の高いシルエットも――女性にしては立派な、いかり肩も。 「じゃあ、僕たちはあの窓際の席にいるから、よろしく」 「は〜い」 フライヤは、アイリーンに促されて、窓際のあいた席に腰を下ろしながら、今思ったことをそのまま口にしていいものか悩んだ。 ふたりが席について、ほんとうにすぐ、紅茶とケーキをトレーに乗せた、さっきの彼女が現れる。彼女は、「お待たせしました!」と品物をふたりのまえに並べ終えると、なぜかフライヤの方をじーっと見た。 「あ――あの?」 不思議に思ったフライヤが首をかしげると、彼女はいたずらっぽい顔つきで言った。 「なんにも思いません? あたしの顔」 「え?」 「おかしいなあ。あたし、アイリーンさんにそっくりって言われるんですよ。必ずと言っていいほど」 フライヤはどきりとし、アイリーンを見つめたが、彼女は苦笑しているだけだった。 「僕なんかに似たって、いいことないよ。君は女の子なんだから」 「そんなことないですよ〜! ねえ? アイリーンさん、かっこいいもん!」 「……う、うん、」 フライヤは、返事に窮した。 「アイリーンさんの部下のひとも、はじめてきたとき間違えましたし! アイリーンさんが来られたとき、あたしと話してるの見て、ぜんぜん関係ないお客さんが、兄妹かって聞いてきたこともあるくらいなんですよ?」 アイリーンは苦笑するばかりで何も言わない。だが、その態度は、女の子の言葉を嫌がっている感じには見受けられない。 女の子は、ただアイリーンに似ていると言われるのが嬉しいのだろうか。かっこいい、は、ふつう、女性に対する褒め言葉ではない。アイリーンを見て、まず女性だと思う人間はいないだろう。それはフライヤにも断言できた。アイリーンは体つきも顔つきも、まったく男性的だ。 「アイリーンさんとあたしって、同い年だったらほんとにそっくりなんじゃないかなあ。世の中には、同じ顔の人が三人はいるっていいますけど、」 女の子のお喋りがまだまだ白熱しようとしたそのときに、ショーケースのほうから声がした。 「リュカさーん! レジお願いします!」 「あ、はーい! それじゃ、アイリーンさん、フライヤさん、ごゆっくり!」 リュカと呼ばれた彼女は、慌ただしく戻って行く。彼女がショーケースの裏に入って、客の相手をし出したのを確認し、アイリーンはようやく、苦笑とともにつぶやいた。 「お喋りでごめんね――誰に似たんだか」 アイリーンの口調からも、フライヤの予想は当たった。 「だいたい分かっただろ。あの子は、僕の娘」 フライヤは驚いた顔をしようとして失敗した。 「そんなに気をつかわなくていいんだよ。僕の部下なんか、もっと過激なことを口にする。僕が誰に産ませた子だとか、部下同士で、おまえが産んだんじゃないかとか言いあってる。僕は、部下の誰にも手は出しちゃいないし、睾丸をつくってないから精子はつくれないってのに」 フライヤは、紅茶を噴くところだった。 「ごめんごめん、下品な話を。――言っとくけど、真相は、僕がだれかに産ませたんじゃなく、僕が産んだんだよ。まだ、フライヤくらいの年にね」 「えっ!? アイリーンが産んだの」 フライヤは驚きのあまりついに、口にしてしまった。 「僕だって、生まれたときは女だったんだから、産むさ」 アイリーンは当然のように言った。気分を悪くしてはいないようだ。 「僕が男性になったのは、彼女を産んで、夫が死んで、僕も片目と右足をなくして。――そのあと。僕の身体の半分以上は、夫の血肉でできている」 「――!?」 「ごめん、ケーキなんか食べてる最中に。――つまり、僕の今の身体は、六十パーセントくらい、夫からもらったものなんだ。足りなかったのは、右足と片目。そいつはふたりでなくしてしまったから、義足と義眼で補うしかなかった」 「――」 「そんな神妙な顔をしないで。話すタイミングを間違えたな――僕はただ単に、君に、リュカを会わせたかっただけなんだ。君に、リュカを見て欲しかった」 アイリーンは、愛しいものを見る目で、ショーケースの方を見た。そこではリュカが、つぎつぎと訪れる客の相手をしている。 「リュカ……さんは、アイリーンが母親だってことは知らないのね?」 アイリーンと似ていることを、リュカは喜んでいるようだが、アイリーンが自分の母親だということは、知らないのだろう。先ほどの会話は、あくまで、親しい常連客との会話だった。 アイリーンはうなずき、 「産んですぐ、酪農家のほうの実家に預けた。僕の養父母も、夫の家族も代々、心理作戦部の隊員を輩出している家だ。説得するのは大変だったけれども、――僕も夫も、自分の娘を心理作戦部に入れたくはなかったのさ」 「……」 「リュカはまだ学生だけど、こうして学校が休みの日に、このケーキ屋でアルバイトしている。僕は、親だということを明かさないことを条件に、毎週、顔を見に来ている」 |