百十五話 革命家のライオン U



 

――月を眺める子ウサギよ。あなたは今、どのあたりにいるのでしょう。

 

私は今、アストロスの北地区、ラグ・ヴァーダの武神が封印された地にいます。

三千年まえ、偉大なるアストロスの神官が、武神を封印した遺跡のまえに。

私が見ている星の光を、あなたは今、どこで見ていますか。

地球行き宇宙船は、どのあたりまで来ているのでしょう。

 

あなたのことを考えると胸が弾みます。そのことを、私は憐みを持って受け止めています。――何に? 私自身と、あなたと、私の恋する者の運命のために。

 

ラグ・ヴァーダの武神を身に宿し、「革命家のライオン」として生きる私のなかには、たしかに月を眺める子ウサギ、あなたを恋しくおもう気持ちも溢れています。きっと、今からこの封印を解き、武神を完全によみがえらせるとなおいっそう、この想いは強くなるのでしょう。

 

でも私――「白ネズミの王」は、決して真実、愛する人を忘れたりはしません。

 

忘れもしない、三千年前。

ラグ・ヴァーダの武神に私は殺され、愛する妻を奪われた。愛する妻は武神の子を身ごもり、気を狂わせながら子を産み、死んでいった。

武神は一時の気まぐれで奪い、孕ませたあわれな私の妻を見捨て、アストロスのメルーヴァ姫、あなたを愛した。

けれどメルーヴァ姫、あなたも武神の本性を知り、ラグ・ヴァーダ星に行くのを拒んだせいで、アストロスで神同士のたたかいが起こってしまった。そして、あなたも武神の刃に引き裂かれた――。

メルーヴァ姫、あなたも哀れ、私の妻も、また哀れ。

 

今度こそ、本懐を遂げましょう。

 

二千年前、千年前――「私たち」は何度もラグ・ヴァーダの武神を滅ぼそうとしながらも、月を眺める子ウサギ、あなたの「宿命」に負けた。

あなた――いいえ、「あなたたち」、夜の神と月の神、船大工の兄弟が織りなす哀しい宿命に。

 

三千年前、アストロスの兄神は、ラグ・ヴァーダの武神からあなたを守ろうとして、あなたを死なせてしまった。

二千年前、あなたの姉として生まれ、あなたを愛したアミは、姉弟で生まれた宿命ゆえ、あなたの妻になれないことを恨んでイシュメル、あなたを刺した。

千年前、アロンゾは、自分のものにならない愛人ルーシーを、その手で射殺した。

 

なんという運命の皮肉だろう。我々は、ラグ・ヴァーダの武神に負けたのではない。常に、「あなたたち」の宿命に負けて来たのだ。

 

二千年前のイシュメルは、ラグ・ヴァーダの武神を倒す力も、仲間も、才も、天機さえ持ち得ながら、姉の持つちいさなナイフによって死んだ。

予言されたメルヴァということを知らずに生きたルーシーも、疫病という災禍となってよみがえった武神を鎮めるために、疫病の研究に投資しようとした矢先に、アロンゾに殺害された。

 

今度こそ、今度こそ。

今度こそ、ラグ・ヴァーダの武神を倒しましょう。

 

アズラエルさん、グレンさん、セルゲイさん――ルナさん。

どうか幸せになってください。

宿命の歯車に呑みこまれないように。

どうか幸せになって。

「すべては終わったのです」。

 

今度こそ、アストロスの兄弟神が、ラグ・ヴァーダの武神を倒すのです。

 

そのために、「私」は何度だって生まれ変わって、ラグ・ヴァーダの武神をこの身に宿し、あなたたちのまえに立ちはだかります。

すべては、ラグ・ヴァーダの武神を完全に滅ぼすため。

世界のためといってしまえば、どうにも美しいように聞こえるけれど、そんなものではないのです。

無念の死を遂げた私自身――なにより、哀れな末路を迎えた、愛する妻のため。

 

さあ、月を眺める子ウサギ、今こそ“シャトランジ”の謎を解き、私を迎え撃つ用意を。

地球行き宇宙船K19区――あなたがルーシーだった時代につくった場所。

「私」と月を眺める子ウサギ、ふたりでつくった、“遊園地”。

この時代のために、かつての「私」が用意した、秘策です。

「私」に宿ったラグ・ヴァーダの武神は、「私」の前世、“シャトランジ”をつかって、あなたたちの軍を迎撃するでしょう。

そうなれば、あなたたちに勝ち目はありません。

“シャトランジ”はすべての戦を支配する占術。

“シャトランジ”に支配された戦には、勝てません。

アントニオも、ペリドットも知らない秘術です。

月を眺める子ウサギ、あなたが見破り、「白ネズミの女王」を助け出さねば、あなたたちは負ける。

 

ここ、アストロスの遺跡に眠る、武神の封印を解けば、もう私――「白ネズミの王」の意識はいなくなってしまうでしょう。

「私」に会えるのは、もう“シャトランジ”のなかだけ。

月を眺める子ウサギ、「私」はあなたを待っています。今か今かと待っています。あなたが、謎を解き、“シャトランジ”のなかから「私」を見つけ出してくれるのを。

 

さよなら、「私」の愛する姫。

今生も、また結ばれることはなかったね。

でも、「私」は一度だけあなたに触れた、ただ一回だけのキスを思い出に、最後の戦いに向かいます。

だから、だから――今一度、あなたに告げたい。

何度生まれ変わっても、「私」はあなたを愛します。

船大工の兄弟たちが、未来永劫、いついつまでも、月の女神、あなたを愛するように。

「私」の愛する、「白ネズミの女王」。

 

――大好きな、アンジェ。

 

 

 

 

第二部 〈完〉