ルナは、遊園地にいた。例の、夜だけ運営していて、そして動物の着ぐるみばかりいるおかしな遊園地。 ああ、そうだ。 黄色と茶のまだらネコを捜さなければ。 ブレアはどこにいるだろう、まだ彼女は、コーヒーカップに乗っているのだろうか。 ルナが園内に入ると、そこには黒ウサギが待っていた。 ジャータカの子ウサギだ。 「行きましょう」 ベンチから立って黒ウサギは言った。ルナは一応聞いてみた。 「黄色と茶色のまだらネコを知らない? このあいだ、コーヒーカップに乗ってぐるぐる回っていた――、」 黒ウサギは頷いた。 「知ってるわ。あなたより先に、私見つけたの」 「でもね、あまり寄り道はしていられないの。早く“白ネズミの女王”を助け出さなきゃ」 そうだ。一刻も早くアンジェリカを助け出さなければいけない。 黒ウサギはすぐにルナの手を引いて走り出す。奥へ進み、すぐにコーヒーカップのある場所へ連れて行ってくれた。 ああ、いた。 黄色と茶色のまだらネコがいた。コーヒーカップの遊具は動いていない。まだらネコは回らないコーヒーカップに乗ったまま、寂しそうに、「にゃあ」と鳴いた。 「チケットを、使い切ってしまったのよ」 黒ウサギは言った。 「チケットは無限にあるものじゃないわ。もうコーヒーカップは回らない。行きましょう」 ルナはでも、黙ってここを去るわけにはいかない気がした。寂しそうなネコ。このまま、ここにいる気だろうか。 ルナはあちこちポケットを探った。胸にはスタッフのパスカードがあり、パスカードのケースには、スタッフであることを示したカード以外、なにもない。ワンピースのポケットにも何も入っていない。懲りずに探していると、上に羽織った、カーディガンのポケットに突っ込んだ手が、何かに触れた。取り出してみるとそれは、五枚つづりの遊園地の回数券だ。二枚残っている。 「ダメよ、ルナ」 黒ウサギは止めた。 「それをあげても、あのまだらネコはまたコーヒーカップを回すわ。同じことよ」 「でも、ほかの乗り物が楽しいのを知らないだけかも」 ルナは言い、まだらネコに近づいた。まだらネコは項垂れていて、まえのようにルナに威嚇してきたりはしなかった。 「ダメよ、ルナ。ダメだったら」 黒ウサギは、意を決したようにルナの前に立ちはだかり、告げた。 「このネコは、真っ赤な子ウサギと組んで、あなたを陥れようとしたのよ」 まだらネコは、急にガタガタと震えだした。――悪さがばれた罪人のように。 「おかげで、どんどん“白ネズミの女王”の救出が遅れて行くわ。こんなやつに、同情することはないのよ」 ルナはでも、ここにまだらネコを置いていくのはかわいそうに感じた。 まだらネコが、というよりは――ナターシャが、だ。 「一緒に来て。さあ」 まだらネコは、ルナに手を引かれて、おずおずとコーヒーカップを降りた。ルナは、黒ウサギと一緒にまだらネコを連れ、観覧車まで来た。そこには、前と同じお坊さんの恰好をしたトラがいる。ルナはトラに回数券を一枚わたした。 回数券は、残り一枚になってしまった。 まだらネコは、ルナたちのほうを何度も振り返りながら、観覧車に乗った。ゆっくりと、ネコが乗った部屋が、上へあがっていく。まだらネコは窓に張り付いたまま、ずっとルナたちのほうを見ていた。 「どうして観覧車なの」 黒ウサギは不思議そうに尋ねた。ルナも分からなかった、なぜか、観覧車に乗ればいいんじゃないかな、と思ったのだ。 「……高いところからの見晴らしは、素敵だと思う」 「行かなきゃ」 黒ウサギは、ルナの手を引っ張って行こうとしたが、すぐに、もっふりとしたビロードの羽毛にぶつかった。大きな鳥だ。 濃いグレーの小鳥――ルナたちウサギより大きな小鳥は言った。 「なあ。ボタンを落としちゃったんだよ。見つからないんだ。もしかしたらボタンは盗まれたのかも。大切に箱に入れてしまっておいたのに。知らない? 黒ウサギちゃん、君は知っているだろ?」 「貴方はもうちょっとあとなのよ。ごめんなさい」 「ネズミが先で、俺はあと? 俺の用事だって大切さ!」 見かけは小鳥なのに、とにかく大きい。ルナたち子ウサギの数倍はあるだろう。俺の言うことを聞くまでは通さないぞ! というように羽根を広げて立ちはだかる。 「やめたまえ! どうせ飛ぶこともできないくせに」 ルナたちの視界が、真っ暗になった。ルナと黒ウサギは、振り返ってびっくり仰天し、腰を抜かした。巨大な黒いタカが――何メートルもある羽根を広げた大きなタカが、ルナたちを見下ろしているのだ。さらにその後ろには、鎌首をもたげた巨大なヘビが。 ルナは、この黒いタカが、このあいだの夢で見た、おしゃべりなタカだということに気付いた。あのときは、こんなに大きくはなかったはずだが――。 大きな椋鳥も、さすがにこの、大きなタカとヘビには怯んだ。 「ボタンとはこれのことかね」 タカはくちばしになにかくわえている。椋鳥へ差し出した。 「あっ! お前が盗んだのか!!」 でかい椋鳥はタカに体当たりしたが、このタカはたいそう大きかった。椋鳥は弾き返されてドスンと尻もちをつく。 「食ってしまうぞ!」 タカとヘビの威嚇に、飛べない大きな小鳥は羽根をバサバサさせながら、大慌てで逃げていった。タカはくわえていた小石を、ぽいと捨てた。 「仕方のないやつだ」黒いタカは言った。「お嬢さん方、お怪我はありませんか」 ずいぶん紳士的なタカだったが、黒ウサギはタカに怯えていた。全身がガタガタ震えている。無理もない。ルナだって怖かった。ルナは黒ウサギを抱きしめた。守ろうとするように。 それを見たタカは羽根をたたみ、なるべくちいさくなろうとした。タカに羽根先で突かれ、ヘビも鎌首を下ろした。これ以上近づいてこないところを見ると、怯えさせないように気を配ってくれているらしい。 「私は、君を食べはしないさ。大変――もうしわけないことをしたと思ってはいるけれども」 わたしも仕事だったのでね。タカは黒ウサギに向かって言っているようだった。 「椋鳥は、私が何とかしよう。君たちは、君たちの為すべきことをしたまえ。……そこの、ピンクのウサギさん」 黒いタカは、ウィンクした。 「導きの子ウサギは、謎を解いたかね」 ルナはこのあいだのお茶会のことを言っているのだと思って、盛大に頷いた。やはり彼は、あのときのタカだったのだ。 「あのときはアドバイスをありがとう」 ルナが礼を言うと、タカはその鋭い目つきを和らげて、「よかったね」とでも言っているような目をした。 「ではまた、いずれ! はーっはっは!」 高笑いを残して、黒いタカはばっさばっさと飛んで行った。 「へんなタカ……」 ルナは、思わずつぶやいた。 青大将も、舌をちろちろ出しながら二人を眺めていたが、「じゃあ、また今度」と言ってうねうね戻っていった。 ルナは、この青大将も見たことがある気がした。 (そうだ) はじめて、布被りのペガサスに会い、彼女を天翔けるペガサスと出会わせたときに、遊具の影から覗いていた大きなヘビだ。 黒いタカとヘビの姿が見えなくなったとたん、それを待っていたかのように、「やっちまえ!」という声が聞こえた。 「あっ! あの子!!」 黒ウサギが忌々しげに唸った。やっちまえといったのは、真っ赤な子ウサギだった。子ウサギは、たくさんのネズミを引き連れていた。 ルナもさすがに分かってきたが、ZOOカードの世界は、動物の実際の大きさはあまり関係ない。ネズミのはずなのに、ルナたちよりずいぶん大きな灰色や茶のネズミに囲まれて、ルナは怯えた。 黒ウサギが必死でルナを後ろに隠して庇ってくれるのだが、その黒ウサギを、ネズミたちが鋭い爪で引っ掻こうとする。 ルナは思わず叫んだ。自分ではない何かが、叫んでいるようだった。 「“真っ赤な子ウサギ”さん! こんなことをしても、何にもあなたのためにならないのよ」 「うるせえ! あんただけ幸せにしてたまるか!」 真っ赤な子ウサギは、口汚く罵った。 「死んでしまえ! あんたなんか、あんたなんか、あんたなんか!」 真っ赤な子ウサギは、なぜだかルナをひどく恨んでいる。逆恨みもいいところだったが、真っ赤な子ウサギが欲しいものを、ルナがすべて持っていることが気にくわないのだ。 ルナはせめて、真っ赤な子ウサギに、素敵な恋人ができることを願った。 彼女の望みは、“お義兄さん”のような、素敵な軍人なのだ。 だけれども、真っ赤な子ウサギは、まだらネコの比ではなく、罪を重ねすぎている。 このままでは、恋人ができるどころか――。 ルナは、ポケットの中に手を入れた。チケットの最後の一枚を、真っ赤な子ウサギのために使おうとしたのだ。黒ウサギは青ざめた。 「ダメよ! それだけはダメ! ルナ!!」 |