「やめろ!!」

 ルナと黒ウサギを助けてくれたのは、二匹の犬だ。ネズミたちよりずっと大きかった――ゴールデンレトリバーと、真っ黒なボルゾイ。二匹は、ワンワンと鋭く鳴いて、ネズミや真っ赤な子ウサギを追い払ってくれた。

 

 「そのチケットは、“白ネズミの女王”を助け出すために取っておくんだ」

 レトリバーが言った。

 「俺たちは、あんなやつどうでもいいけど、月を眺める子ウサギさんに免じて、見逃してあげる」

 真っ黒なボルゾイも言った。

 

 「仕方がないから、あたしたちの“幸運”を、あげるわ。あたしたち四人分の“幸運”があればきっとなんとかなるんじゃないかしら――あ、勘違いしないで。あのウサギのためじゃない、“あんたのためよ”ルナ。あんたが、さっき、パティシエの子ネコのために、ぐるぐる回る子ネコにチケットをあげたことを、真砂名の神様が見ていたのよ。だから、あたしたちにそうしろと言ったの」

 真っ赤なプードルが口紅を塗りながら、「あのウサギは、何を言っても変わりゃしないわ」とぼやいた。

 

 大きな犬たちは、頭に、プードルを一匹ずつ乗せていた。プードルたちは女の子だ。

 ルナは、にこにこ笑う彼らがだれか、ほんとうは知っている気がした。

 「だいじょうぶ。俺たちは、“地球に行けなくなったけど”もっとすごい幸運をいただいた」

 レトリバーと真っ黒なボルゾイは、声を揃えて言った。

 「“白ネズミの女王”さまには、俺たちも、とてもお世話になったから」

 

「わたし、わたしね、ルナ」

 レトリバーの頭に乗った、茶色の可愛いプードルが、目にいっぱい涙をためて言った。

 「わたしたちはね、あなたと一緒に、地球に行きたかったわ。ほんとうよ」

 ルナは、プードルの名を呼んだ。だが、四匹の犬たちは、すうっとかき消えてしまった。

 

 「――!!」

 この“四人”は、地球に行けるはずだったのに。

 ルナは、涙をこらえた。

 (あたしも、いっしょに地球にたどり着きたかった)

 

 「ルナ、チケットを軽々しく人にあげないで。……そのチケット一枚を手に入れるのに、どれくらいの“幸運”が必要だと思っているの」

 黒ウサギは、必死な形相でルナに言った。

 「そのチケットはあなたの“幸せ”。それもとても大きな幸運なのよ。あなたががんばって積み重ねてきたたいせつな幸運を、かんたんに人にあげてはだめ」

 

 このチケットはいったい?

 ルナは不思議な顔で残り一枚になってしまったチケットを見つめた。

 

 ――一番はじめは、この遊園地に入るときにつかった。

 二枚目は、老ヤギが経営していた、美術館に入るためにつかった。そこでルナは、「船大工の兄弟の絵」を老ヤギからもらった。

 三枚目は、コーヒーカップの陰で泣いていたチワワにあげた。あのチワワは、ロイドの兄だった。

 そして、四枚目は、ぐるぐる回る子ネコにあげた――観覧車に乗せるために。

 五枚目は、白ネズミの女王を助け出すためにつかうのか。

 

「急ぎましょう」

黒ウサギはまだ震えていたが、それでもルナの手を取って小走りに走り出した。

シャチがおおきなプールから顔を出して、ルナに声をかけていたが、ルナは立ち止まれなかった。

しかしふたたび、ルナたちは大きな動物に通せんぼされてしまう。

巨大なサイだった。しかも、黒スーツを着た。

 

「つ、月を眺める子ウサギさん、お願いがあります。俺に、恋人を紹介してください」

サイは、大きな図体に似合わず、おずおずと言った。

「あなたと同じウサギがいいんです。気が強くて、可愛い――」

「お願い、私たち急いでいるの。ここを通して」

黒ウサギがまるで懇願のように言ったが、サイは吠えた。

「おまえには聞いていない! 俺は月を眺める子ウサギに頼んでいるんだ!!」

ルナが、悲鳴をあげる暇もなかった。

サイの巨大な角に、黒ウサギが弾かれてしまったのだ。黒ウサギの悲痛な悲鳴が響き渡り、遠くに飛ばされたその姿は見えなくなった。

 

「なんてことするの!!」

ルナは思わず怒りに震えたが、前をサイ、うしろをシャチに阻まれて、身動きが取れなくなってしまった。

 

「約束だったはずだ。君に協力する代わりに、美しいイルカを。私はなんなら、君でもけっこう」

「可愛いウサギが欲しい」

「あの――お、俺も、ウサギがいい――可愛かったなら、ネコでも、子犬でも――」

 

さらに、さっきの巨大な青大将までが便乗してきた。

(どうしよう)

ルナは進退窮まった。

(ど――どうしたら、いいの――)

焦るルナをさらに追い詰めるように、おおきな椋鳥までもが戻ってきた。

「俺のボタン! ボタン、ボタン! ボタンの行方を探して!!」

 

ルナが四匹もの動物に囲まれて、万事休すといったときだ。

煌々と輝く、目を開けていられないくらいの眩しい光が、四匹の大きな動物を追い払った。

「うわあ! なんだ、眩しい!!」

「龍だ! “八つ頭の龍”だ! 逃げろ!!」

ルナは、龍の大きな前足に抱えられて頭の一つに乗せられ、やっとほっとしてわんわん泣いた。恐ろしかったのだ、怖かったのだ。

 

「もう心配いらないよ。まったく、“月を眺める子ウサギ”、君も悪い。ボディガードなしでうろつくのは自由ではあるが、いいことばかりとはかぎらない」

八つ頭の龍の、隣の頭に乗っかっているのは、“偉大なる青いネコ”と、このあいだの動物会議で見た狛犬だった。

「あんたは、個人行動が多すぎる」

狛犬も不満気に鼻を鳴らした。

彼らが助けに来てくれたのか。ルナが心配したジャータカの子ウサギも、助け出されて、八つ頭の龍の頭のひとつで眠っていた。

 

「ありがとう――すごくこわかった」

ルナは泣きべそをかきながら、礼を言った。八つ頭の龍は優しくルナを見つめた。

 「“牢獄”のある場所まで、わたしが連れて行ってあげよう。だが、そこから先は、わたしは助けられない」

 「八つ頭の龍は大きすぎて、城に入れないのさ」

偉大なる青いネコが、解説してくれる。

「さっきの動物どもに、君の居場所を知らせたのもネズミだ。ネズミどもが邪魔しているのさ、君が“白ネズミの女王”を牢獄から解放しようとしてるから」

 

「真っ赤な子ウサギのことは、気にすることはない」

狛犬が、至極冷静に言った。

「人の幸せとは――分からぬものだよ、ウサギさん。どんなことを幸せに思うかは、人それぞれだ。たとえそれが、我らから見て幸いには見えなくとも、真っ赤な子ウサギにとっては、幸いなのかもしれぬ」

ルナには意味が分からなかった。だが、ルナは、かつて“導きの子ウサギ”――チョコレート色のウサギが言っていたことを思い出して、妙な不安に駆られた。

 

『それでも彼女は、“あんな結末”になっても、恋ができたから幸せなんだろうか……』

 

 

やがて、リリザの遊園地にあった、お姫様ランドのような大きな城が見えてきた。

「わたしはここまでだよ。ここで待っていてあげるから、行っておいで」

やはり、この城も遊園地のアトラクションだ。城の入り口には、ジェットコースターのように連なったトロッコがあり、先頭に傭兵のライオンが乗っていて、一番後ろに孤高のトラが乗っていた。

偉大なる青いネコが前から二番目、狛犬が後ろから二番目に乗ったので、ルナはちょうど真ん中に座った。

魚の姿をしたきぐるみが手を出すので、ルナは最後のチケットを渡した。

これで、五枚つづりのチケットは、なくなった。

 

「出発進行!」

魚が甲高い声を上げると、トロッコはギコギコと音を立てて、ゆっくりと城の中に入って行った。

いよいよだ――ルナが固唾をのんで身を強張らせていると、トロッコはカタカタと音を立てて、城をくぐりぬけ――そして、城の周りを一周して、八つ頭の龍がいるところまで戻ってきてしまった。

 

「おかえり――もう終わったのかい?」

龍がキョトンとして言ったが、終わったわけはないのだった。

「え? なんで?」

ルナもまた、キョトンとして叫んだが、この城の遊具の管理者――魚は立札をガンガンガン! と叩いた。ルナたちは、目をいっぱいに見開いて、その立札を見つめた。

 

※このアトラクションは、チケットが五枚必要です。