アルフレッドは、双子の兄であるケヴィンが宇宙船を降りたあと、ついていけばよかったと後悔したと、エドワードに語った。 アルフレッドは、ずっと兄のケヴィンにコンプレックスを持ち続けていた。社交的で明るくて、文才もある兄、ケヴィン。アルフレッドは口下手で、いつも兄の陰に隠れている存在だった。兄のまねをして小説を書き、文学賞に応募したこともあるが、入賞にかすりもしなかった。 コラムが認められ、小説家への道が開けた兄を、羨ましくも思っていた。自分には才能もなければ実力もない。たったひとり、夢への道を歩もうとしているケヴィンに置いて行かれた気もした。だがケヴィンは、宇宙船を降りるとき、アルフレッドに、ついてきてくれないかと言ったのだ。 「俺は、おまえがいないと、書けないよ」 ケヴィンははっきりとそういったのだ。 ケヴィンは、抜群のネタをひらめくのだが、それを形にし、構成する、知識が足りない。アルフレッドの豊富な知識は、いつもそれを補ってくれたのだと。 「ふたご座の魚ってペンネーム、俺、おまえとふたりのペンネームのつもりでつけたんだ」 ケヴィンもアルフレッドもうお座。アルフレッドは、どうしてふたご座なのか、聞いてみたこともなかった。 それはケヴィンが宇宙船を降りる寸前の会話で、アルフレッドは動揺しつつも、彼を送り出した。追うことはしなかった。サルディオネが「文豪の猫が、あんたの支えを必要としている」と言われたときに、ケヴィンの言葉を実感したのだと。 「俺も、アルとは違う形だけど、兄貴にコンプレックスを持っていたことは確かだったから」 兄は立派な人だ。エドワードはもう一度言った。 父親にあからさまな比較をされ、弟を跡取りにしたいと真っ向から告げられても、兄は弟や父に対する信頼を揺らがせることはなかった。投げやりになって、業務を投げ捨てることもせず、淡々と自分のなすべきことをこなしている。兄のすばらしさに気付いていないのは父親だけだ。 会社役員は、かならず、自分ではなく兄を後継者に押すだろう。エドワードも分かっていた。 「俺は、兄貴みたいにはできない。兄貴と同じような境遇だったら、とっくにいやになって、レイチェルと駆け落ちしてるさ」 レイチェルは笑った。 『勘違いしちゃいけない。なにも恋人ばかりが運命の相手じゃない。……少なくとも、彼はあんたと同じ悩みを抱えていて、目指すものもほぼ同じ。一度、ふたりだけでじっくり話をしてごらん。三日後がいい。意外な答えがもらえるよ』 サルディオネはかつて、エドワードにそう言った。 「アルと話して、意味が分かった。アルと俺は、ふたりとも兄貴にコンプレックスを抱えていてさ。目指すものも、同じだったんだ。あの時点ではね――俺たちは、兄貴という存在から、離れたがっていた。兄貴と居ると、コンプレックスの塊になっちゃう。だから、一度離れて、自分を見つめなおしてみたかった」 その結果、アルと俺の選んだ道は正反対になったけど。 エドワードは言った。 アルフレッドは、兄ケヴィンとともに歩むことを決意した。そして、エドワードは、兄とは違う場所で、自分の道を進むことを決意した。 「俺は、小さなころから、兄のすごさには圧倒されてばかりだった。だから俺も、兄貴とは違うフィールドで、自分の力を試してみたい。アルと話して、その決意が固まったんだ。――そして、今日の、あの株主さんが、背中を押してくれた感じ」 一気にしゃべって、つっかえが取れたようなエドワードのためいき。ジルベールが背中を叩いた。 「俺は、おまえもスゲーと思うよ」 「でも、ほんとに――エドワードの気持ちも分かる――夢みたい」 シナモンは、スーパーモデルになった自分の姿が脳内いっぱいで輝いているに違いなかった。 「MM・ME社よ!? MM・ME――ないわ。ふつーないわ。マジ、信じられない……」 「リサには、言わないほうがいいかもね」 ミシェルがこっそり、ルナに耳打ちした。ルナもこっそり、頷いた。 リサに伝わったら、「あたしにもそのララさんって人紹介して!」とねだられるに決まっている。 「――アズラエル、グレンさん――ほんとにごめんなさい――あたし、」 「もう、それはいいって言ったろ」 グレンが、なるべく優しく言った。 ここに来る道中、レイチェルはなぜかルナではなく、アズラエルとグレンといっしょにタクシーに乗車することを望んだ。店に来るまでの三十分ほど、彼らの間でなにか大切な話があったのはたしかで、店に着いたとき、泣いてはいたが微笑んでいたレイチェルと、レイチェルの頭をなでるアズラエルとグレンの姿があった。 「俺たちも悪かったのさ――ルナがメシを作ってくれることに甘えて、ルナの生活ペースを乱してたのは確かだ。俺たちがルナを取っちまったって思われても仕方ねえさ」 「ほんとにごめんね、レイチェルちゃん」 セルゲイの謝罪に、レイチェルは首を振って涙ぐんだ。 「あたしのせいかつはみだれてないよ!」 今度はウサギが威勢よく主張したが、 「ごめんねレイチェル。これからは、レイチェルに予定がある以外は、毎日お茶しようね」 と言い直した。 「あたしも、レイチェルに会いたかったんだけれども、なんだかほんとにここのところ、いろいろあったの……」 うさ耳がぺたりと萎れていそうなルナの様子に、レイチェルは慌てて言った。 「ル、ルナのことを責めてるんじゃないの。ただ、あたし、さみしかったなあって」 「うん。あたしも」 ルナの言葉にレイチェルは嬉しげな顔をし、ふたりはアルコール抜きの果実酒で乾杯をしたため、ふてくされたミシェルとシナモンのビールジョッキが、そこに割って入った。 「二人でお茶ってずるくない!? あたしたちも入れてよ!」 「だいたい十一時とかどう」 シナモンが勝手に時間を決めた。三人とも、異存はなかった。 「お茶もいいんだけどね」 カレンが提案した。 「レイチェルちゃんたちが降りる前に、もう一回くらい、バーベキューしようよ」 「賛成!!!!!」 「それ賛成!!!!!!」 ジルベールとシナモンは、夫婦そろって、ものすごい勢いで挙手した。 「そうだな、これからはシーズンだし、」 「……っしゃァ! 今度は、どこでやる? やっぱ、リズン前?」 「なあ、ミシェルねえちゃん、バーベキューってなんだ?」 ピエトが焼きおにぎりを頬張りながら、ミシェルのシャツの裾を引っ張った。 「えっとね〜、外で、お肉焼いたり、野菜焼いたりして食べるの」 「へえーっ! 楽しそう!」 「出産間近なのに、だいじょうぶなの?」 セルゲイがレイチェルに尋ねたが、レイチェルは「だいじょうぶ」ときっぱり言った。 「平気。まえみたいな夜更かしはできないけど、あたしもバーベキュー・パーティーやりたいわ」 「レイチェルのこと考えりゃ、やっぱまたリズン前かな」 「八月頭なんてどうだ」 「暑い盛りだから、パラソルとか用意しないと」 一度盛り上がったら、あとは瞬く間に計画が組み立てられていった。ルナがピエトと一緒に、残った焼きおにぎりをはむはむしている横で、日付、場所、呼ぶメンバーと、片っ端から決定されていく。ルナはそれを眺めながら、時折話を振られては相槌を打ち、やはり焼きおにぎりをはむはむし続けた。 「ピエト、焼きおにぎり美味しいね」 「うん!」 「あ、おしょーゆのやつ、半分こしよ」 「うん!」 「バーベキューパーティーでも焼きおにぎりしようね」 「このうまいやつ、バーベキューでも作るのか!?」 「うん。バーベキューはなんでも焼くんだもん」 |