「あのバカ女どもは、放っとけば、お前の愛するうさちゃんにも何かやらかしてただろうし、ミシェルや――それから、なんつったっけ、あの、バーベキューパーティーにいたかわいい子たち」 「リサか? レイチェルか、シナモンか」 「ああ! そう、そのへんの子も恨んでたからな。女の子の味方である俺としては、黙っていられなかったってことさ。まったく、ヒマってやつは怖いぜ。バカどもが立てた計画もバカらしいが、俺も、面倒なことはじめちまったなーって、途中で後悔してよ、」 「……」 アズラエルは黙って、注がれたズブロッカをのんだ。どろりと強い酒が、喉を焼く。 「でもま、ミシェルとうさちゃんの敵は降りたから、もう安心して――」 「イマリは、降りてねえ」 「!?」 さすがに、ロビンはぐふっとやった。半分凍った酒が、逆流して鼻を焼いた。 「あァ!?」 「降りてねえんだよ――いや、アイツが自分で降りれば、降りることになるだろうが」 今度は、アズラエルが手短に、ララの執務室で聞いた話をロビンにする番だった。ブレアは一週間以内の降船だが、イマリの降船は取り消されたこと。 ジルベールたちが、アズラエルたちを庇い、降りる羽目になったこと。 ジルベールとエドワードが降りるとなれば、シナモンもレイチェルもいっしょに降りるだろうということ。 その代わりと言ってはなんだが、ララがジルベールたちに提示したチャンスのこと。 ロビンはあきれ顔から、次第に神妙な顔つきになった。 「悪いことしたな。レイチェルちゃんたちには」 いっしょに、バーベキューパーティーを楽しんだ子たちだ。 「……おまえ、今度こそ確実にイマリを脅してでも、降ろさせるか?」 アズラエルの問いに、ロビンは戸惑った顔で、「いや」と言った。 「もうあいつに関わる気はねえよ。俺があいつに手を出したのは、任務のついでと、ヒマだったからだ。もう、そんなヒマはねえ。メフラー商社にでかいヤマが来たなら、そろそろなまった腕も鍛えなおさねえとな。――それに、脅しなら、メリーちゃんがやったし、L7系あたりのガキなら、あれでじゅうぶん懲りるだろ――降りるんじゃねえのか?」 「俺に聞くなよ」 「ラガーと、ルシアンと、レトロ・ハウス。それからK27区には入ってこねえって話なら、なんとか快適な生活は約束されそうだ」 ロビンが、うんざりしたため息をついた。 「まさか、これで降りねえなんて――降りるよな?」 「だから、俺に聞くなって」 「K32区は引き払うか。あとK20区のマンションはもういいな――K27区が安全なら、俺、そっちに住もうかな」 アズラエルは目を丸くした。 「来るんじゃねえよ」 また、もめ事が増えそうで、アズラエルははっきり拒絶した。クラウド不在のミシェルの近辺に、ロビンが近づくなどあってはならないことである。自分の不在に、グレンがルナと二人きりになるようなものだ。だが、自分の好きなようにするのが傭兵であり、L18の男である。アズラエルが来るなと言っても、ロビンが来たければ来るだろう。 「でもK27区って広い部屋のマンションなさそうだなァ。若い子はいっぱいいそうだったけど」 「まァ、てめえがこれ以上イマリに関わらねえなら、いいよ」 ロビンが、不思議そうな顔をした。 「てめえがイマリを降ろそうとしても、株主のほうから、ストップがかかる。やめておいたほうがいい。もうあいつは放っとけ」 「……なァ、アズラエル」 「なんだ」 「おまえの恋するうさちゃんは――いったい、何者なんだ?」 アズラエルは、ロビンがそう尋ねる理由も気持ちも、十二分にわかるつもりだった。自分も、ロビンの立場だったら尋ねていたはずだ。 ルナは、いったい、何者なのだ? L77という、どこよりも安穏な星で生まれ育った平凡な少女だが、その周囲にいる人間が、どうにも非凡だ。アズラエルは、イマリが降ろされない事情も、ララの話もロビンにすっかり話したため、疑問に思われることはわかっていた。 ルナは宇宙船の株主であるララや、L系惑星群の有力者の専属占術師であるサルディオネとも知己である。そのことを、不思議に思っても無理はない。 しかし、何者なんだと問われても困る。アズラエルだって、説明のしようがないのだから。 「何者って――ただのウサギだよ」 アズラエルは、それしか言いようがなかった。 ルナにまつわる奇妙奇天烈な話をしたところで、ロビンが信じるわけでもないし、自分も話すのは嫌だった。 「おまえのその大ケガは、サルーディーバと関係があるって、お前、頷いたよな?」 めずらしく、ロビンが食い下がる。ロビンは真剣な話より、軽薄な話を好む。なのに、今日はずいぶんと真面目に、話を続けようとする。 「……」 「おまえ、ほんとは、メフラー商社にきた任務のこと、知ってるんじゃねえのか」 「中身をか?」 「ああ」 「――だいたい、予想はつくが」 「なんでうさちゃんが、サルーディーバとか、あのへんと関わってんだ。メルヴァにも関わってるって言わねえだろうな。――おまえがうさちゃんと付き合ってンのは、もしかして、うさちゃんのボディガードで、任務なのか?」 アズラエルはとんでもないことを言われたかのように、歯茎を剥いた。 「バカいえ! 俺がルゥと付き合ってンのは任務なんかじゃねえよ! てめえといっしょにするな!」 「本当かァ? だって、あのカ〜ワイイうさちゃんがおまえの恋人なんて、俺ァいまだに信じられねえんだよ。ヤることヤッてンのか。ちゃんと」 「腕が動くなら、てめえを殴ってるぞ。思い出させるな。ただでさえ、このケガのせいでだいぶゴブサタなんだ!」 アズラエルのこめかみに浮いた青筋は、ブチ切れる代わりに、最高の閃きを、アズラエルに与えた。 「……待てよ」 急に不敵な笑みを浮かべたアズラエルに、ロビンは嫌な予感がした。最近、ロビンの嫌な予感は当たる。なのに、それに向かって飛び込んでしまうのが、最近のロビンだった。 「俺が大ケガした場所だけ教えてやる。――K05区の、真砂名神社ってとこだ」 「真砂名神社?」 「ああ――」 アズラエルの嫌な笑みは、最大限に歪んだ。 「もし、ルゥのことを、何か知りてえってンなら、そこの階段を上ってみろ。百八段ある。上までのぼって、降りてこられたら何でも教えてやるよ」 (……?) ロビンは首を傾げた。 ロビンには、神社の意味も分からなければ、階段をあがるだけでそんな大ケガをするシステムが、どうにも想像できなかった。 たかが百八段程度の、階段である。 だがアズラエルとグレンは、その階段を上がって、ケガをした? 「……そんなにアクロバティックな階段なのか」 「そういうことになるな」 ロビンは胡散臭げにアズラエルを見たが、「いいだろう」と言って、ショットグラスをテーブルに置いた。ロビンの脳内には、アクションゲームに出てくるような、障害物満載の階段コースが出現していた。なまった腕を鍛えなおすのに、最適な運動ができるかもしれない。 「真砂名神社だかなんだかしらねえが、階段くらい上ってやるよ」 |