ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 (――夢?) なぜか、ブレアを乗せたゴンドラは、スタート地点にいた。これから、上に上がり始めるところのようだ。ブレアは観覧車に乗ったばかりだった。 さっき、たしかにこの観覧車から飛び降りたはずだった。しかも、一番高い地点で。 (あたし、寝てたのかな) ブレアは、ベンチに背を預けて、足を向かいのベンチにつけた。 (夢でもなんでも、いいわ。もう死にたい) 夢の中で飛び降りたときと、何ら気持ちは変わっていない。 ブレアは茫洋と窓から外を見、ライアンやナターシャ、イマリのことを思い出した。 ケヴィンとアルフレッド、ナターシャと行ったリリザは本当に楽しかった。 思い出せば思い出すほど、今の自分がみじめで、死にたくなった。 ブレアは、観覧車が頂点に着くころ、かなしみも頂点に達し、ふたたび飛び降りていた。 ガタン! ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 (――!?) ブレアが乗ったゴンドラは、また一番下にいた。これから上がり始めるところだ。 さすがに、なにかおかしいことにブレアは気づいた。 (――夢?) 夢の中で、二回も飛び降りたの? たしかに、ほんとうに飛び降りたい気はしていたけれど、まさか、夢の中で二回も飛び降りるなんて。 (あたしが寝てたあいだに、一周終わったのかな) だが、観覧車は、下につけば、客は一度降りなくてはならない。乗ったまま、もう一度回ることはない。ちゃんと降ろされるのだ。客を降ろしたゴンドラに、新しい客が乗る。 (でもあたし、ゴンドラが一番上にあったときに飛び降りたわ) ブレアが当惑しているあいだに、観覧車は回る。ブレアを乗せたゴンドラも、上に上がっていく。 (へんなの……) ブレアが安全装置に手をやると、やはり、開いた。 (ナターシャ) あんたのせいよ。あんたが、あたしを見捨てたから! てっぺん近くで、ブレアは、ふたたびドアを開けて、飛び降りた。 ガタン! ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 ブレアは、さすがに腰を浮かして、周囲を眺めた。 (なんなの) ゴンドラは、またスタート地点にいる。気味悪く思ったブレアは、ゴンドラの安全装置を外した。今度もあっさり開く。上がり始めたところで、外に飛び出した。――飛び出した、つもりだった。 ガタン! ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 「なんなの」 さすがに、声に出していた。これは夢なのか。どうして、何度も同じ夢を? ブレアは、脱出を試みた。もう一度安全装置を外して外に出たが、結果は同じだった。ガタン! とゴンドラがスタート地点で動くところで目覚める。 ブレアは怖くなった。 「やだ……なに、これ」 ついに彼女は叫んだ。 「あの! あたし、降りたいんですけど!」 ブレアの声は誰にも届かないのか、外の人間がブレアのほうを向く気配はない。 「なんなのよ! 降ろして! 降ろせよ!!」 ブレアは暴れた。暴れてもどうにもならなかった。外にいる、トラの着ぐるみを着た遊具のスタッフも、客も、ブレアの声に気付かない。 さすがに、気味が悪くなってきた。 「起きて! 起きなさいよ、あたし!!」 夢なのか。夢でなかったら、これはなんなのだ。 ブレアは早く夢から覚めたいと思ったが、一向に覚める気配はない。 「なんなのよ! この観覧車! 開けてよ! 下ろして!!」 ブレアはガンガンと扉をたたいたが、だれも気付いてくれなかった。バッグを振り回し、中身をゴンドラ内にぶちまけ、それにも腹が立って、バッグをさんざんに打ち付ける。 「あっ!」 安全装置が外れた。ブレアは、暴れた拍子に、外に飛び出してしまった。 ガタン! ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 (どうしたらいいの) バッグをつかんだまま、ブレアは真上に近づいていたゴンドラから落ちたのだ。ブレアの手にバッグはなく、バッグの中身が、ゴンドラ内にぶちまけられたままだった。 ブレアは、ゴンドラが中くらいの位置までくるのを待った。そして、リップを手にして、ゴンドラから飛び降りてみた。 ガタン! ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 手に、リップはなかった。バッグもリップも、どこへ行ったのだろう。ブレアは下を覗いたが、ブルーのバッグが地面に落ちている気配はなかった。ブレアは今度、キャミソールの上に羽織っていた、レース地の上着を外へ投げ捨てた。ひらり、ひらりと舞ったそれは、観覧車の梁に引っかかった。ブレアは投げるものを間違えたと思い、サンダルの片方をつかんで、投げ捨てた。それは、ちゃんと地面に落下した。地面に激突した音は聞こえなかったが、ちゃんと落ちた。だが、だれもそれに、注意を払わない。どうしてなのだ。 ブレアはやけになって、自分のサンダルの後を追うように、もう一度飛び降りた。 ガタン! ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 ――何回、同じことを繰り返したか分からない。 少なくとも、百回は超えた気がした。 (どうして――) 何度も飛び降りてはスタート地点から始まるのを繰り返している。観覧車からは出られない。何度飛び出しても、どの位置で飛び出しても、また最初から始まってしまう。 万策尽きて、ブレアは天井を仰いだ。 時間が過ぎた気がしない。それなのに、一年も乗っているような気がした。 ブレアは、時計代わりにつかっている携帯電話を見てぞっとした。 時間は、ブレアが遊園地に入った時間から、十五分と経っていないのだ。 たしかに、遊園地に入ってすぐ、観覧車に乗った。ジェットコースターもほかの遊具も、乗る気はなかったし、観覧車はすいていた。 でも、これだけ時間がたっているのに、デジタルの数値が十五分しか刻んでいない。 「なんなのよおおおお」 ブレアは携帯電話を外に放り投げ、自身も叫びながら飛び降りた。 ガタン! ゴンドラが大きく揺れた音に、ブレアは目覚めた。 もう、わからない。どうしたらいいのか、わからない。 ブレアは、携帯電話を投げ捨てたことを後悔した。船内で携帯を使うのは禁止されているが、今は非常事態だ。あれで、外に助けを求めればよかったのではないのか。 ブレアは自分の浅はかな行動を悔い、さめざめと泣きだした。 なんという悪夢だ。 ブレアは、もう何回飛び降りたかわからない。 「助けてえ――助けて! だれか、ここから出して!!」 喉がいたくなるまで叫んだが、誰もブレアには気付いてくれない。観覧車はゆっくりと上昇を続けるだけだ。 ブレアは暴れ、わめいて、知る限りの悪態を吐き続けた。 でも、誰も助けには来ない。 絶望してドアを開け、飛び降りる。 スタート地点から始まる。 それを繰り返すばかりだ。 |