ペリドットもアントニオもうなずいた。アンジェリカは、そのことを知っていたのに話してくれなかったアントニオをにらんだが、彼は肩を竦め、

 「……アンジェには、余計なことを考えずに休んでほしかったんだよ」

 と言い訳がましく言った。

 

 「真砂名の神は、ルナをZOOの支配者に任じた。だが、正式なZOOの支配者ではないから、自由には使えんらしい――最初は、箱の中からカードが出てこなくて、ずいぶん苦労したようだ」

 「……」

 「結局、今はルナの母星にある真月神社の肌守りを箱の上に置いて、月を眺める子ウサギを呼び出して、動かしているようだ」

 「真月神社……」

 アンジェリカも一度行ったことがある。月の神のおわす拝殿。ZOOの支配者になったものは、四柱の神の神社を回らなければならない。

 姉のサルーディーバが、ルナから真月神社のお守りをもらって、不足した力を補っていた。

 

 「ルナは月を眺める子ウサギに教えられた範囲でしか、ZOOカードを扱えん。すなわち、お前の代わりにはならんということだ。それなのになぜ、ルナにZOOカードが渡ったのか」

 「――もしかして」

 アントニオは、なにか気づくところがあったようだ。

 「月の女神の象意は、“愛”“癒し”“縁”“革命”。――ルナにZOOカードが与えられたことではなく、“月を眺める子ウサギ”が、ZOOの支配者になったことに、意味がある」

 さすがにここまで説明されれば、アンジェリカにも、見当がついた。

 「もしかして――ZOOカード自体に、革命の象意が訪れようとしているってことですか? 変革が?」

 

 革命をつかさどる、月の女神のふたつ名である、月を眺める子ウサギが、ZOOの支配者になったことによって、ZOOカードそのものに“革命”が訪れようとしている?

 そのために、ZOOカードが、思うように動かなくなった?

 

 「ただいま店舗の改装中、といったところか。――でもおまえは、ZOOカードをつかえるよな?」

 アントニオが言い、ペリドットは頷いた。

 「ああ。だが、ZOOカードの中で、今までにない異変が起こってることは確かだ」

 「異変……」

 「小さな変化だ。俺も気付くまでにだいぶかかった。――“ネズミ”を見なくなった」

 「ネズミ?」

 アンジェリカもアントニオも、思わず復唱していた。

 「“犬”と“ネコ”が、片っ端からネズミをかきあつめてその場しのぎの檻に閉じ込めてる――という、ウワサがある。そっちは“スズメ”から入ってきた話だが、」

 「ネズミ――」

 アンジェリカは、以前ペリドットに言われた言葉を思い出していた。

 

 『おまえは、“仲間の力”でなんとかZOOの支配者の体面を保ってる、あわれなコネズミちゃんだ。ネズミ仲間に感謝するんだな。ネズミはZOOカードの中でも一番数が多い。おまえが仲間のいないペガサスあたりだったら、もっと膠着状態だったろうに』

 

 アンジェリカは、ZOOカードが動かないことにばかり気を取られて、あの言葉の意味をふかく考えることはしなかった。

 (今、思えば――)

 あの言葉の意味を、ちゃんと、ペリドットに聞いておくべきだった。

 

 「は、恥をしのんでお伺いします……」

 アンジェリカは、恐る恐る、聞いた。あのときの言葉の意味を。ペリドットがアンジェリカに投げつけた言葉を聞き、アントニオはしかめっ面になったが、ペリドットは、その言葉に関しては、悪いとは思っていないようだった。

 ペリドットは、言おうか言うまいか悩んだ顔を見せ、やがて深い嘆息とともに、仕方なく、口を開いた。

 「おまえは恵まれてるんだ――だから俺はあのとき、追いつめるような言葉を吐いた。追いつめられなければ気づかないと思ったからだ」

 ペリドットは、今度は、丁寧に説明してくれた。

 「ネズミは一番、ZOOカードの中で数が多い。そして、仲間意識が強いから、なんでも情報をもたらしてくれるし、お前の願いを聞いて働いてくれる。最初から、ZOOカードがするする動いたろ? それじゃァダメなんだよ。“ZOOの支配者”にはなれない」

 「――え?」

 「ZOOの支配者になって、最初の試練は、仲間を動かすこと。それができなきゃ、ZOOカードが動かなくなって、行き詰まる」

 「――!!」

 「つまり、今おまえが陥ってる状況は、ZOOの支配者としての正当な試練だ」

 アントニオは、ZOOカードに関しては素人だ。ペリドットが言っている範囲のことはわかっていたが、口をはさむことはせず、黙って聞いていた。

 

 「おまえがいままで、ZOOの支配者ヅラしてやってた占術は、数多い仲間の助力があってのことだったんだ。

おまえがZOOカードで得る情報は、ぜんぶネズミたちがもたらす情報。仲間の数が多い分、どんな情報も探してくることができる。それを、“英知ある灰ネズミ”のおまえが、解釈して占う――おまえの占いは、そうやって成り立っていた。

 お前が恵まれているというのは、そういう意味だ。だが、おまえは親切な仲間に協力してもらっているだけで、“ネズミの支配者”ですらない。仲間思いのネズミが“協力”しているだけで、実際のところ、おまえはネズミを統率できていない。

 仲間も統率できないものを、すべての動物を統率できるとでも? ライオンやトラ、ゾウやクマ――彼らが、ネズミのいうことを聞くと思うか。

おまえがZOOコンペを開いたときに、誰も従わなかったろ。おまえはZOOの支配者だから、皆、表面上は招集に応じるが、肝心な情報を、誰も教えてくれなかった。それは、動物たちがおまえを、ZOOの支配者として認めていないあかしなんだ」

 「……」

 アンジェリカは、もっともだと思って、こぶしを握りしめた。

 「そういうわけで、ネズミたちが犬やネコに襲撃され始めてから、仲間がめっぽう少なくなった。それゆえに、ZOOカードが動かなくなった、と考えてもいいかもしれん」

 「――!」

 ペリドットはひとつ嘆息し、億劫そうにつなげた。