「俺はトラだ。……おまえもわかるだろ。トラがどれだけ自己主張が強い連中か。個人主義で、人の頼みなんか聞きやしねえ。トラである俺は、まずトラの仲間に自分の実力を認めさせて、“支配下”におかなきゃならなかった。仲間も制することのできないトラが、“ZOOの支配者”になれるとおもうか?」

 アンジェリカは、息をのんだ。

 「動物によって、やり方はちがう。力で支配するより、仲間であることを強調して、親しげにしたほうがいいときもある。ヒツジやネズミ、ウサギなんかはそれでいい。だが、トラやライオンは、力で支配せねば、ナワバリは取れん。結論は同じだ。どんな形であれ、自分を“支配者”と認めさせねば、“ZOOの支配者”にはなれん」

 「……」

 「その道程で、仲間も動かず、ZOOカードも動かなくなって、行き詰まって、真砂名の神にどうにかしてくれと懇願して、はじめて“真名”(まさな)が降ろされる」

 「――えっ」

 「あ〜……いいか、ここまでは、おまえが、お前自身の力でたどり着かなきゃいけねえ境地なんだ、ほんとうは! 俺がしぶしぶ教えるのは、今が緊急事態だからだ。よく覚えとけ。――いいか、真名、だよ。真砂名神社のまさなとは違うぞ。俺は“真実をもたらすトラ”だが、真名は、“トラの皇帝”だ。――その名があかされてはじめて、すべてのトラが俺にひれ伏した。俺のZOOの支配者人生は、そこからだ」

 「それって、」

 「たとえば、“月を眺める子ウサギ”の真名は“月の女神”。“ガラスで遊ぶ子ネコ”の真名は、“偉大なる青いネコ”」

 「あたしにも――その、真名があるんですか」

 

 ペリドットはふかく頷いた。

 「真名がないカードもある。だが、古い魂は、ほとんどといっていいほど真名を持っている。それに、ZOOの支配者になるほどの魂は、必ず“神”か“王”、女であれば“女王”――それに類する言葉がつく真名を持っている。それは、俺が真砂名の神から受けた神託だから、ほんとうだ」

 アンジェリカは、「真名……」ともう一度口の中でつぶやいた。

 

 「もしかして」

 アンジェリカは、切羽詰まった顔で言った。

 「ルナに、ZOOカードが渡ったというのは、月を眺める子ウサギが、あたしの真名を探してくれているんですか?」

 「……月を眺める子ウサギの行動は、俺にもいまいち分からん。俺のテリトリーと、月を眺める子ウサギのテリトリーは違う。だから一概には言えんが、――とりあえずおまえは、これから真砂名の神に、自分の真名を乞え」

 「――え、あ、――は、はい!」

 「すぐに真名が降りなくても焦るな。俺だって、降りるのに一年はかかった」

 「一年……」

 アンジェリカは絶句した。そんなに待つわけには行かない。メルヴァとの対決が、いつ来るか――。

 「真砂名の神だって、それは百も承知だ。今は緊急事態だと言っただろう。一年もかかりはすまい。だが、神に向かうことは大事だ」

 「は、はい! はい!」

 アントニオは、久しぶりに、アンジェリカの頬に赤みがともるのを見た。ペリドットは、なぜだか“すべてを話さなかった”が、元気づけてくれたことはたしかだ。

 

 言いたいことだけ言ったペリドットが、いつものように、ろくに挨拶もせずに部屋を後にしていくのを、アントニオは追った。そして、リズンの外に出てから、声をかけた。

 「アンジェの真名は、“白ネズミの女王”だろ? どうして、それを教えなかった」

 「言いたきゃ、べつに、おまえから教えてもいいぞ」

 アントニオは、肩をすくめた。

 「他人から教わったんじゃダメだって?」

 「そんなこたァ言わねえよ――だけどな、なんだか――」

 ペリドットは、小首を傾げた。ルナがやるのは可愛いが、おっさんがやっても可愛くない。

 「まだ、言わねえほうがいいような気がしてな……」

 ペリドットは、蓬髪を掻いた。

 「白ネズミの女王が、“牢獄”に入ってるっていうのが、どうも気にかかるんだ」

 「……」

 これも、さっきペリドットが語らなかったことだが、ネズミたちが月を眺める子ウサギを邪魔しているのは、事実だ。それゆえに、月を眺める子ウサギに協力している“偉大なる青いネコ”や、“犬のご意見番”の指示のもと、犬やネコたちが、ネズミを捕らえている。

 なぜネズミが、“白ネズミの女王”を助け出そうとしている、月を眺める子ウサギの邪魔をするのかわからない。

 ペリドットが先ほど言ったのは、こういうことだった。アンジェリカが真の“ZOOの支配者”であれば、――すくなくとも、“ネズミの支配者”であったなら、このように、ネズミたちが勝手に行動をすることはないからだ。

 どうしてネズミたちは、本来なら従うべき“白ネズミの女王”を牢獄に閉じ込めているのか?

 彼女が閉じ込められているのは、真実、牢獄なのか? 

 “白ネズミの女王”がほんとうに罪を犯して牢獄に入っているのだとするならば、ネズミたちはアンジェリカに協力などすまい。

 

 「俺は、トラ仲間を引き連れて、牢獄がある地下まで行ってみたよ」

 アントニオが、どうだったという前に、ペリドットの眉間がしかめられた。この男がこういう顔をするときは、本気で困っているときだ。

 「チケット五枚もつかってなァ――臍かんで戻ってくる羽目になった。もったいねえ。――ありゃ、ダメだ。もっと調べてから行くべきだった。俺はな、牢番がいても、でかいネズミあたりじゃねえかと踏んで、脅して牢を開けさせるために、仲間を十人ほど連れて行ったんだが――そんなもんじゃなかった。とんでもねえ結界が敷かれてる」

 

 「結界?」

 

 予想外の言葉に、アントニオも小さく動揺した。

 「ああ。牢獄へ行く道は、結界でおおわれてる」

 「結界って――どんな」

 「地下の階段を降りた先にあるのは、魔法陣の結界。それ自体はたいしたモンじゃねえ。問題は、その奥だ――はっきりとは見えなかったが、あれはたぶんチェスの駒だ」

 「チェス?」

 「だが、チェスとは、何か違う気がした。もしあれがそういう類のものだったら、力自慢の肉食獣だけで行ける場所じゃねえ。“英知ある”動物か、“賢き”動物の手助けがねえと――」

 「もし、“賢者”クラスのやつが作った結界だったら」

 「お手上げだ。おなじ“賢者”のカードを探すしかねえ」

 「賢者――クラウドの真名はどうだ」

 「俺は知らねえ。あいつだったら、もしかしたら“賢者”もあり得るかもしれねえが、とにかく、月を眺める子ウサギに接触しねえと。真実をもたらすライオンは、月を眺める子ウサギに接触して、偉大なる青いネコから行ったほうが早い。ライオンとトラは、あまり仲がよくねえからな」

 「君と、クラウドも?」

 「そういうわけじゃねえが、ライオンのテリトリーに、俺は入りにくいってことだ。――ああ、月を眺める子ウサギなァ。あいつ、ホント捕まらねえんだよ!」

 ペリドットはそう言って、ガックリと肩を落とした。このマイペースすぎる男を振り回せるのは、月を眺める子ウサギくらいのものだろう。

 「あのぽややんとしたルナが、俺ぐらいの年になったら、あんなふうになるかと思うと、寒気がするぜ」

 アントニオは笑った。それから、いったん店に戻り、サンドイッチをたくさん詰めた茶色い紙袋を持ってきて、ペリドットに押し付けた。

 「これ、店の残りもんだけど、みんなと食ってくれ」

 「俺は、見舞いの品は持ってきちゃいねえが」

 「アンジェを元気づけてくれたろ」

 アントニオは、肩を竦め、「作りすぎちゃったんだよ」と言い直した。

 「うまそうだな。もらうよ」

ペリドットは小さく手を上げて、さっそく中身をつかみだして齧りながら、店の前のタクシーに乗り込み、去って行った。