「何の呪いだろうか――分からん。だが、このままではいつか二人とも死ぬぞ」 「ええっ!?」 ペリドットラの宣言は、重いものだった。 「ううむ――“男”にまつわる呪いだ。この母子は、“男”に苦しめられる。――いったい、なにをしたというのだ? 前世、ではない――」 トラは何かを透かして見るように両手を動かし、やがてあきらめたように手を降ろした。 「今世、受けた呪いのようだ。――それしかわからん」 「ルナお願い。二人を助けてあげて」 「ええっ!?」 ピエトウサギに頼まれ、ルナはだが、すぐには「うん」とうなずけなかった。 ルナには、呪いを解く方法なんて、わからない。 どうしていいかわからず、慌てふためき、とりあえずいつもの調子で、仲間内の一番頭のいい彼に聞いてみた。 「ク、クラウド、クラウドはなにか、分からない?」 「俺には興味がない」 「興味がない!?」 ルナのうさ耳がびーん! と立った。 「呪い? 実に非科学的だ。俺の専門じゃない」 クラウドライオンはあっさりそう言って、消えてしまった。ルナは怒髪天になった。 「ZOOかーどのそんざいじたいが、ひかがくてきです!!!!!」 ルナは叫んだ。 「もうクラウドには、聞かれても何も教えてやらないっ!!」 ルナの怒りの原因が判明した。ミシェルは、しかたがないから、あとでこっそりクラウドに教えてやろうと思った。クラウドに言ったら、 「え!? そんなことで? だってそれって、俺が言ったんじゃないでしょ。俺のカードが言ったんでしょ。カードの台詞にまで、俺は責任持てないよ。そんなことで怒るなんて非科学的だよ!」 とカードと同じことを言うに決まっていた。 「それで、さっきセルゲイがゆってたの。ネイシャちゃんはケトゥインの呪いにかかってるって。アズが、ごはんのあとにネイシャちゃんと話してたから、そのことを話してたのかな」 「ケトゥインの呪い、かあ……」 ミシェルがやっと、ぬるくなったビールをこくりと一口、飲んだ。 「ケトゥインって、L系惑星群の原住民の、ケトゥイン族のことでしょ」 ルナも、恐らくそうだと思っている。 「そのへんって、それこそ、ベッタラあたりに聞いたらいいんじゃない? あと、ペリドットさんとか、」 「うん、本体にね。あたし、明日あたり、K33区に行ってみようと思う」 「そっか、じゃあ、お茶会は欠席だね。あたしふたりに言っとくわ」 「ありがと」 「それにしても、男にまつわる呪いっていうのが気にかかるわ――じゃあ、やっぱり、」 「うん。もしかしたら」 ネイシャが、大人の男性に暴力を受けているかもしれないというのは、あり得ることだった。でも、ネイシャの話にあったような仲良しのお母さんが、娘が暴力を振るわれているというのに、黙っているというのもおかしい。 ピエトも、ネイシャの母親とは何度もあっているし、ネイシャのアパートに遊びにも行っている。傭兵のお母さんだから、厳しいところはあるけれど、ふつうのいいお母さんなのは、ルナも分かっているのだ。 「それを本人にロコツに聞くには、デリケートな話題だよね……」 「……うん」 ルナも、ネイシャにそれを直接聞こうとは思っていなかった。 「とにかくあした、あたしはK33区に行ってみるよ」 ルナとミシェルは、そのあともいろいろ尽きない話をした。そのうち眠くなって、ふたりでソファに横になった。三時を過ぎて、部屋に戻ってきたセルゲイとグレンが仰天したのは言うまでもない。 案の定――次の日の朝の、アズラエルとクラウドの機嫌は、最悪だった。ふたりの機嫌だけではない。グレンたちの部屋をあっせんしたカレンにも、二人の怒りの矛先が向かったため、カレンも激怒してしまった。それを止めに入ったグレンの胸ぐらをつかみ、アズラエルが殴り掛かりそうになったためにセルゲイが止めに入り、一発やられた。怒ったカレンが、アズラエルを殴り、クラウドがカレンを殴った。 ふっとばされて壁に激突したカレンを見て、ジュリが泣き出した。 「やめて! カレンになにするのよクラウド!」 ジュリがカレンを抱きしめたが、そのジュリを突き飛ばし、カレンがクラウドにつかみかかった。 さすがに、ルナは蒼白になった。 みんなで暮らし始めて、ここまで派手なケンカが勃発したことはない。 アズラエルがセルゲイを殴るなんて。 それに、クラウドがカレンを。 「いったい、どうしたんだみんな! やめなさい!」 セルゲイだけは、冷静にみんなを止めているが、グレンとアズラエル、カレンとクラウドは、殺し合いに発展しそうだった。 「ピエトとネイシャちゃんは部屋にいなさい。中から鍵を閉めて」 ルナは、二人にそう言い聞かせて、ネイシャに謝った。 「ごめんね、せっかく遊びにきてもらったのに……ふだんは、こんなこと、ないの」 ピエトも青ざめていた。みんな、口が乱暴なところがあるし、軽いいざこざはめずらしくもないが、本気のケンカはなかった。ピエトだけではない、こんな事態に出くわしたのは、ルナもはじめてだ。 ネイシャは、ずいぶんと冷静だった。 「こういうの、慣れてるから大丈夫」 ルナは彼女の言葉に何か言おうとして――ミシェルがいないのに気付いた。今日はルナたちの部屋にきていないのだ。 ルナはあわてて、ミシェルの部屋に向かった。内側から鍵がかかっている。 「ミ、ミシェル、ミシェル――だいじょうぶ?」 なぜか不安になってインターフォンを何度も押した。だいぶしてから、目を真っ赤にはらしたミシェルが出てきた。 「ルナあ……!」 ルナの嫌な予感は当たった。 「ク、クラウドが……! クラウド、が、」 ミシェルはかつて、ロビンと一夜だけ、浮気をしてしまったことがある。今朝のクラウドは、そのとき怒ったクラウドみたいになってしまったのだと彼女は泣きながら言った。 ある意味、“あの”クラウドは、ミシェルのトラウマになっているのだ。 「な、んか、……なんか変だった、クラウド……わかんないけど、なにか、」 ルナは、ミシェルの言うことがすごくよく分かった。 なぜかみんな、ひどく怒りっぽくなっている。罵り合う言葉も、尋常ではない。 (まるで) 人が変わってしまったようだ。 |