「やあ! はじめまして。月の眷属であるZOOの支配者よ! 僕は“天槍をふるう白いタカ”!」

タカは、ニックのように明るく甲高い声であいさつをした。

「話は半分聞いたぞ」

落ち込んでいるのは、ルナがこのあいだ夢の中で会った、シャチだった。明るいところで見ると彼は、ずいぶん傷だらけだった。まさしく歴戦の勇士という感じがした。

「言われて思い出した――そうだった――私たちは、真砂名の神に“誓い”を立てたのだった――」

「そうさ! ラグ・ヴァーダの武神を滅ぼすまでは、我らは妻帯しないぞっ!」

タカは威勢よく叫び、どこから取り出したのか、銀色の槍をぶるんと振り回したので、ルナは思わずうしろにひっくり返りそうになった。

「これは失敬!」

タカはあわてて羽根を差し出したが、ルナが羽根を触るまえに、シャチの懇願にとってかわられた。

「しかし――しかしだな、ZOOの支配者よ。そこをなんとか。任務を遂げるまえに褒美をねだることは厚かましいことではあるが、今回はちゃんとラグ・ヴァーダの武神を倒すのだろう? ならば、ちょっと、ほんのちょっと、まったくのほんのちょっと前に、麗しきイルカとの出会いがあるなんてことは――」

「君は“誓い”を忘れたのか、シャチよ!」

「忘れてはおらんさ!」

タカは、今度は槍の先をシャチに突きつけ、シャチは胸を張って威嚇した。

「忘れてはおらん! だが、あれだ――あれ! アイン、デンティティ、いやちがう、テンションを上げるために――いや、ポジティヴに、センシティヴ、モチティヴ」

「もしかして、モチベーションを上げたい?」

クラウドライオンが聞くと、シャチは、「そう、それ!」と叫んだ。

「麗しきイルカ姫との出会いがあるならば、私のモチローションは、際限なく上がっていくというもの! ラグ・ヴァーダの武神など、私一人で倒せるかもしれない!」

ルナはおかしくて、けたけたと笑った。

「ねえ、ペリドットラさん、月を眺める子ウサギにお願いしたら、赤い糸が出るようになるかなあ?」

「ペ、ペリドットラ?」

正式名“真実をもたらすトラ”は、ルナのつけたあだ名に動揺したが、すぐ冷静に対処した。

「いや、無理だろう。真砂名の神にたてた誓いだ。月を眺める子ウサギが勝手に変えるわけにはいかない。一度立てた誓いは、成就するまで破れん」

シャチはがっくりと肩を落とし、タカは「当然だ」と威張りくさった。

あまりにしょげ返ったシャチを見て、ルナは気の毒に思った。

運命の相手でなくても、結婚まではいかなくても、イルカの女の子とおつきあいすることはできないだろうか。

そう考えたルナのちっちゃな脳みそに、ぴーん! と閃くものがあった。

 

「あのね。今、考えてみたことなんだけども」

ルナは、八月にバーベキュー・パーティーをすることを教えた。そこには、シャチの本体であるベッタラも来る。

「あたし、これから友達の友達に、イルカの女の子がいないか探してみる。もしいたら、彼女をバーベキュー・パーティーに呼べないか、がんばってみるよ」

ルナの言葉に、シャチは感激して、いかめしい顔に大粒の涙を浮かべた。

「なんていい方だあなたは……! ほんとうですか!」

「イルカの女がいたからと言って、お前の赤い糸は分からんのだ。恋人になれるとは限らんぞ」

ペリドットラは釘をさしたが、

「それでもいいのだ! もしかしたらという可能性もある!」

「もしかしたらは無きにしも非ずじゃぞ。トラドットラよ」

「俺の名は、“真実をもたらすトラ”だ」

アンゴラウサギの台詞に、トラはシャチの数倍はいかめしい顔で意見した。

「縁というものは、存外身近に存在するものじゃ。おそらく、このたびが、ラグ・ヴァーダの武神が倒される悲願成就と相成るならば、すでに運命の相手が船内におってもおかしくはない――そう、結ばれるのは、悲願達成ののちだとしても、出会いはもう、すぐそこに――」

「僕は、悲願が達成するまで妻はいらんと誓ったのだ!」

タカは鋭く鳴いたが、シャチは、「数うちゃ当たる!」と叫び返した。

「私はたくさんのイルカに出会う! そのなかにきっと私の求める最愛のイルカがいるはずだ!」

シャチはそう言って、肩を怒らせて消えていった。

「むかあし、むかし! アストロスの勇敢なる戦士には、美しく気高いイルカの妻がいた!」

「長くなるぞ」

タカは急に深刻な顔になって、「老人よ、ひとまずこの場は去ろう」とアンゴラウサギを連れて消えたのだった。

 

 

「かんたんにゆっちゃうけど、それであのあと、ペリドットラさんの勧めで、リサのカードを呼び出したの」

ルナは言った。

リサのカードである“美容師の子ネコ”を呼び出し、その縁の線を出すと――ルナは本気でびっくりした。彼女の、あまりの顔の広さにだ。

友達百人できるかな、なんて歌があったが、百人ではすみそうになかった。三百人もいたのではないか。

イルカは彼女の知り合いに十人もいた。そのうち、宇宙船内にいる、二十代の女の子を選別すると、三人になった。美容師の子ネコは、かならずその三人をバーベキュー・パーティーに連れてくると約束してくれた。

 

「ええ? じゃあ、今回は、リサの友達といい、シナモンが合コンに連れてくる子といい、知らない人がいっぱい来るんだ。だいじょうぶかなあ?」

「う、う〜ん……あたしも、こんなことになっちゃって、ちょっと困ってる」

なんだか、人数が前回を軽く上回りそうな気がするのだ。気を付けないと、また前回の二の舞だ。ルナやミシェル、アズラエルたち計画メンバーが給仕側にまわって、楽しめなくなってしまうという、例の失敗。

「まあ……バーベキューのことは、あとでみんなと相談しよ。で、ネイシャちゃんのほうは、どうなったの」

「あ、うん」

 

 

あのあと、ルナは一回、ZOOカードを片付けた。シナモンとレイチェルと、お昼から招待状をかく約束があったからだ。

三時のおやつのあたりにヤンの訪問があって、彼らが帰り、アズラエルが帰ってきて、シチューをつくりはじめたあたりに、ルナは手が空いたのでふたたびZOOカードを持ち出した。

今度は、ルナが呼ぶまえに、導きの子ウサギと真実をもたらすライオン、トラが同時に出てきた。

「あれ?」

ルナが首をかしげると、ペリドットラは言った。

「何か聞きたいことがあるなら今のうちだ。今はペリドットがZOOカードをつかっていないから、俺は自由に動き回れる」

ペリドットがZOOカードをつかっているときは、“真実をもたらすトラ”は呼び出せないのか。ルナは納得し、

「えっとねえ――今度は、ネイシャちゃんのカードを、見てみたいと思って」

ルナは、ネイシャのカードは分からない。ネイシャ、といって分かるかな? と導きの子ウサギを見つめると、なぜか彼は顔を曇らせた。

「ありがとう、ルナ」

「え?」

ルナは礼を言われる意味がわからず、首を傾げた。

「僕、彼女を助けてほしいんだ。――だけど、ルナも月を眺める子ウサギも忙しいから、僕、言いだせないでいた」

ピエトウサギが指し示した先を見て、ルナは「わあ!」と思わず声を上げてしまった。その絶叫を聞きつけて、アズラエルがお玉を持ったまま、「どうした?」と駆けつけた。

ルナはやっと、「なんでもないよ」と冷静に言った。

導きの子ウサギから結ばれている「友情」をあらわす緑の糸の先に、それはあった。

 

――真っ黒な煙につつまれているカードが。

 

「も、燃えてるの?」

ウサギは首を振った。ルナが叫んだのは、てっきり、カードが燃えているのだと思ったからだ。

「ちがうよ――これは、」

「これは、つよい呪いだ」

ペリドットラが難しい顔で告げた。

「最悪の呪いだ。――母親から来ているな」

「そうなんだ。ネイシャのお母さんは、呪いにかかっている」

真っ黒なもやにつつまれているのは、一枚のカードだけではなかったのだ。もやのなかには、カードが二枚ある。ルナは目を凝らして、ようやくそれだけを確かめた。

もやは濃く、二人のカードに描かれている絵は見えない。