「あたしもそう思うわ」

レイチェルも、きっぱりと言った。

「……たぶん、ルナの親切とか、優しさとか、イマリにはぜんぜん届かないと思う」

きっと、悪くとられて、またルナが標的にされるだけよ、とレイチェルは、諭すようにルナに言った。

「そうだよね……」

ルナもそういうしかなかった。レイチェルに、まったく同意見だったからだ。

親切のつもりはなかったが、月を眺める子ウサギからあんな話を聞いた後では、気になって仕方がないだけだ。でも、イマリにZOOカードのことを話したところで、、頭のおかしい人呼ばわりされるだけだということは、ルナも分かっている。

「それに、イマリはもう、宇宙船を降ろされたじゃない」

ルナは、そういえばそうだったと思い直した。建前上そうなっているが、月を眺める子ウサギの言い方では、イマリはまだ、宇宙船に残っているのは間違いない。

 

(どうしたらいいかなあ)

朝、月を眺める子ウサギに見せてもらった、ZOOカードの赤い糸。

真っ赤な子ウサギの赤い糸の相手は、数名いた。そのなかにロビンのカードはないとウサギは言っていたし、ひとりは、イマリが前回のバーベキュー・パーティーまでつきあっていた男の子だった。

ルナは、イマリの相手の中に、見覚えのあるサイのカードを見つけた。このあいだの夢に出てきたサイだ。黒いスーツを着た――“生真面目なサイ”。

ルナは興奮状態で、「うさこ! うさこ! サイさんが、イマリと、イマリがサイさんと!」と叫び、ウサギも、「なかなかいいわ」とうなずいてくれた。

夢のなかでサイは、「あなたと同じ、ウサギがいいんです」と言っていた。イマリは“真っ赤な子ウサギ”だ。

あのサイも、ジャータカの子ウサギをツノで弾き飛ばしたりなんかして、乱暴なサイだったが、イマリにはちょうどいいのではないかとルナは思った。

アンジェリカもかつて、言っていた。

“華麗なる青大将”も、相当な人物らしいが、「あのお転婆ウサギの相手は、このくらいがちょうどいい」と。

(運命の相手に“殺される”かもしれないより、ずっといいよ)

 

イマリを、“華麗なる青大将”と会わせてはならない――。

 

朝、ウサギにイマリの未来を教えられてから、ルナはそう思い始めていた。

今だって、イマリのことを到底許す気にはなれないが、それでも、ルナはたしかに危ういと思ったのだった。

それは、ルナが “運命の相手”とのかなしい結末を何度となく経験してきたからだ。

 

「イマリはほんとうなら、前回のバーベキュー・パーティーで、あなたと仲良くなるはずだったのよ」

イマリは本来なら、自分が大切だと思った人間には心から尽くす性格だとウサギは言った。

ルナと仲良くなり、“観光案内の赤いウサギ”にカードが変化して、この先、ルナをいろいろと助けてくれる予定だった。いっしょに地球に着き、その後、宇宙船の派遣役員になったときに、イマリの理想通りの、“お義兄さん”のような運命の相手と結ばれるはずだった。

しかしその運命は、おおきくズレてしまったのだという。

イマリが、ルナのような恋をしたいと、つよく、それはつよく願ってしまったために――。

 

「そろそろ、サイさんがあなたの家を訪ねてくるはずだから、よろしくね」と月を眺める子ウサギに丸投げされたルナは、途方に暮れていた。

イマリと“生真面目なサイ”を出会わせるためには、サイとイマリをバーベキュー・パーティーに呼ぶのが一番だが、イマリを呼ぶことは難しい。皆に反対されるのはわかり切っていた。

そもそも、サイは何者だろうとルナは首をひねっていた。だが、訪ねてくるというのなら、そのときわかるだろう。

 

ルナがもぐもぐとほっぺたを膨らませていると、「どうしたのルナ、おなかすいた?」とレイチェルが笑いながら聞いてきたので、「そろそろ三時だよね!」と言い返した。

「おやつにしよっか。リズン行く?」

「混んでない?」

「だいじょーぶ。今日、すいてる日だと思う」

すでに書いたカードは、リズンに行くついでに、ポストに投函する。三人で、ペンやカードを片付け始めたとき、インターフォンが軽やかに鳴った。

「だれ? グレンさんかな?」

期待丸出しのシナモンの声を聞きながら、ルナはぺぺぺっと玄関に駆け出していた。

 

「はいはーい!」

ルナがガチャリとドアを開けると、めのまえにいたのは知らない人だった。

「あの……」

ものすごく大きいけれども、ずいぶん童顔で、メガネをかけた、気真面目そうな顔つきのスーツ姿の男性は、

「あの、室内の画面で確認できますよね? 相手を確かめてから、ドアを開けたほうがいいですよ……」

と遠慮がちに言った。

 

 

「ど、どうも。ほんとに、ほんとにお構いなく……」

部屋に通された男性は、借りてきた猫のように、テーブルから離れたところに、ちんまりと(!)座った。ちんまりというには大きすぎたが。百九十センチは確実に越している、縦にも横にもでかい男だが、流行おくれの太い黒縁メガネと、タレ目の童顔が、ずいぶん雰囲気を和らげていた。

ひどく遠慮がちな態度も加算されていたかもしれない。ルナが、彼がお土産に持ってきてくれたフィナンシェと紅茶を出すと、ますます恐縮して、身を縮めた。

 

「もしかして、ヤン君じゃない?」

てっきり、この男性がアズラエルの知り合いだと思っていたルナは、シナモンの口から出てきた男性の名前に、度肝を抜かれた。

「えっ!? え、お、覚えててくれたんですか! 嬉しいなあ、シナモンさんですよね、美人だから覚えてる。そ、それで、あなたがレイチェルさんで、ルナさん」

「!」

にっこりとほほ笑みかけられて、ルナはぽかっと口を開けた。彼は、ルナのことも知っている。

「あ、あの、ご挨拶が遅れて――俺、ヤン・J・リンチョイっていいます。まえのバーベキュー・パーティーのときは、ほんとにお世話になりました――今度も、呼んでくれて、ありがとうございます」

「あっ! チャンさんの!」

ルナはやっと思い出した。前回のバーベキュー・パーティーのときに、チャンが連れてきた、白龍グループの傭兵仲間のひとりだ。

ルナは、彼にアズラエルやグレンと同じ匂いを嗅ぎ取っていたが、やはり軍事惑星群のひとだった。

ここにアズラエルかグレンがいたら、グレンがヘルズ・ゲイトにさらわれそうになったときに活躍した彼、という武勇伝がひとつ加わっていたかもしれない。

ルナは、はっと気づいた。

(もしかして――このひとが、サイさん!?)

いっしょうけんめいルナは、彼のサイらしいところを探そうとしたが、ツノもなかったし、大きな図体以外に、サイらしき箇所を見つけることはできなかった。

夢で見た、乱暴な感じはまったく見受けられない。しかし、彼も傭兵なので、荒々しい部分はあって当然と言えた。

 

「どうしたの? アズラエルに用事でもあったの」

ルナではなく、シナモンが聞いた。美人だと言われた上に、相手の男が傭兵で、イケメンの部類に入るので、シナモンは超が付くご機嫌だった。彼が、イマリと赤い糸で結ばれている相手だとシナモンが知ったら、「ええ!? イマリにはもったいない!」と大騒ぎすることだけは、容易に予測できる。

「あ、あの、いえ――こ、今回は、その――ルナさんに、お願いがあって――」

「あたしに?」

ルナは、このフィナンシェ美味しいなあと呑気にかぶりついていたので、びっくりして顔を上げた。

「今回、チャンさんに内緒で来たんです。チャンさんに知れたら、研修中に、そんなことばっか考えるなって、マジつるし上げられるんで、内緒にしてください!」

サイさんことヤン君は、いきなりでかい図体を、ドスン! と前に倒した。土下座の体勢である。

 

「お願いします、俺たちに、L7系の女の子紹介してください!」