ヤン君は、おおきい耳まで真っ赤だった。

予想外のセリフに、ルナたちはすぐ返事ができなかった。

彼は今なんといった? 女の子を紹介してください?

ルナはそこでやっと、彼がサイだと確信した。夢の中で、同じセリフを吐かれたのだ。「ウサギ」が「L7系の女の子」に変わっただけだ。

ルナが、「イマリっていう女の子がいるんだけど」と、いおうとして、シナモンとレイチェルがいることを思い出して、口をつぐんだ。まさか、イマリが船内に残っているらしきことを、ここで言うわけにいかない。

言いたいのに、言えないジレンマ。そのせいで沈黙してしまったルナより誰より、真剣に答えたのは、シナモンだった。

「俺たち? ってことは、五人だよね? 五人いなかったっけ、前回」

「!? は、はい! そうです、五人、」

シナモンは腕を組んだ。シナモンにしては、だいぶ気難しい部類の、顔をつくってみせる。

「……なんとかなりそうだけど」

「えっ!? ほんとですか!?」

「でも、最初からつきあえるって思わないでね? 傭兵とか軍人怖いってコもいるし、友達からのほうが、無難だとあたしは思う。で、連れてきたコがあんたたちのこと気に入らなくても、恨みっこなしね。オッケー?」

「は、はい! オッケーです、いいです、わかってます!」

ヤン君は感激のあまり、半分涙ぐんでいた。ルナは半分齧ったフィナンシェを手に、ボケっと二人を眺めていた。

 

「やったー! L7系のコと合コンができる!!」

ヤン君の大喜びは、それはそれはものすごいものだった。テンションは際限なく上がっていた。まだ付き合うと決まったわけではなく、どんな女の子が来るのかもわからないのに、である。

「あんた含めて五人の名前と、できれば写真ちょうだい。ケータイ持ってくるから待ってて」

「はい!」

シナモンが席を立つと、ヤンは大きな手の中にある携帯電話をいじり出した。ヤンの手に比べたらあまりにそれが小さすぎて、子供用携帯電話に見え、ルナは笑いそうになったのをこらえた。

レイチェルも、ヤンの喜びようを見たときから、言いようのない笑みを浮かべている。どちらかというと微笑ましい類の笑みだ。ヤンが、つぶやいた。

「レイチェルさんはダンナ持ちだし、ルナさんはアズラエルさんの彼女だし、まえのときも、俺たち、可愛いって思ってたのに、声かけらんなくて、」

ヤン君は顔を赤くしながら、照れ隠しか、急に喋り出した。

「今日も、スッゲー勇気振り絞ってきたんです。こないだ一回も喋れなかったし、ルナさん、俺のこと知らねえんじゃねえかと思って、入れてもらえるとは思ってなかったんで――仲間に、ぶっ殺されそう。ルナさんやレイチェルさんたちと茶ァ飲んできたなんて言ったら、――そういや、今日、ミシェルさんいませんね」

「ミシェルは、絵を描きに行ってるの」

「すげえな。あんなかわいくて、芸術家なんだ」

ルナが答えるまえに、レイチェルが答えた。

「シナモンはどうなの」

レイチェルは、前回彼らがユミコにまとわりついてチャンとバグムントに一喝され、シナモンはどう? と言われて「美人過ぎて」と遠慮していたのを知っている。

今度は、ヤンがポカンと口を開けた。それからあわてて言った。

「シナモンさんも美人ッスよ!? モデルさんみてえだ」

「ほんとにモデルなのよ、シナモンは」

「マジっすか!?」

めずらしく、レイチェルが積極的にヤンと話している。レイチェルは、傭兵や軍人が怖くて、前回のバーベキュー・パーティーのときも、彼らを遠巻きにしていた。ヤンは、身体は大きいが、優しい顔をしているし、自分たちと同年代という、話しやすい雰囲気があるからだろうか。

話が切れないうちにシナモンがもどってきた。

シナモンは、ヤンから五人の写真と名前などのデータを受け取った。それから三十分ほど話をして、「帰りたくねえなあ」とボヤきながら、ヤンは帰って行った。

ルナは、ヤンと、シナモンとレイチェルを送り出したあと、ようやく一個のフィナンシェを食べ終えた。

ルナは部屋にぽつねんと残り、三人で分けたフィナンシェも、ルナの手元に五個残った。ルナは無心で、もういっこ、フィナンシェのつつみを手にした。

「……」

ルナは、ぽけっと宙を見つめ、フィナンシェのつつみを開けようとしていたが――。

 

「たいへんだ! シナモンが彼女紹介しちゃったら、イマリとサイが!」

 

フィナンシェはつつみ紙から華麗に飛び散り、ルナは一目散にZOOカードに向かった。

「うさこ!」

叫ぶと、常にお守りを置いてあるカードボックスから、すぐに月を眺める子ウサギが出てきた。

「なあに」

「イマリとサイが! イマリとサイが! サイがツノのせいでウサギが飛び散るよ!」

「落ち着いて、ルナ」

ウサギは、ルナを落ち着かせ、正座をさせてから、ひょいとその膝に飛び乗った。かつてそれを見ていたアズラエルに、「すぐ人の膝に乗ってくるとこなんかは、おまえにそっくりだな」と言われたことをルナは思い出した。月を眺める子ウサギはルナなのだから仕方がない。それにしてもルナは、そんなに頻繁に、アズラエルの膝に乗っているだろうか。

 

「イマリとサイさんね」

月を眺める子ウサギが、ぽん、ともふもふの両手を合わせると、カードがまたずらりと並んだ。ルナは慎重に糸をたどり、“生真面目なサイ”と結ばれている赤い糸の相手で、シナモンとも、黄色の糸でつながっている人物を見つけ出した。だが、その糸は、シナモンのほうも、サイのほうも、髪の毛のように細い。ルナは目を凝らしてやっと見つけた。

「まるで、今とってつけたような、頼りない糸ねえ」

ウサギは残念そうに言った。

「彼女は、シナモンの知り合い程度の間柄ね。そして、サイさんとも縁はあるけれど、薄いわ。これでは、三ヶ月くらいで別れるかも」

ウサギは言った。ルナはまた目を皿のようにして糸を追った。

「あのひとは? うさこ」

ルナは、サイと結ばれている、一番赤くて太い糸を見つけた。そこにあったのも、ウサギのカードだった。黒スーツを着た、モスグリーンの、真面目そうなウサギ。

「彼女がサイさんの“運命の相手”ね。彼が正式に、地球行き宇宙船の役員になったときに出会うわ。彼女も、宇宙船の役員よ」

「……」

イマリとサイの間にある糸は、朱色にちかい赤だ。ルナの気持ちを知ったのか、ウサギは言った。

「サイさんは、“生真面目なサイ”。つまり、誠実よ。たとえ運命の相手に出会ったとしても、彼女に心を動かされたとしても、イマリを最初に妻に迎えていたなら、彼はイマリを誠実に愛しとおそうとする」

「……」

「サイの本命である、このモスグリーンのウサギさんも、生真面目なたちだから、イマリからサイを奪おうとは思わないでしょうね――恋心は秘めるタイプよ」

ルナは、分からなくなってしまった。イマリのカードから出ている赤い糸も、あと数本ある。だが、それらは、イマリが宇宙船に乗っていては、出会えない相手だった。

それらの糸は、イマリの姉である、“選ばれたアメリカン・ショートヘア”からつながっている糸だからだ。イマリが、実家に帰って、姉と一緒にいなければ、出会えない縁。

「うさこは、どう思うの」

ルナは困ってしまった。途方にくれて、月を眺める子ウサギに聞いた。

「そうね」

月を眺める子ウサギも、神妙な顔でカードを見つめ、それきり、黙ってしまった。