「いらっしゃい、ネイシャちゃん」

「こ、こんにちは――」

ネイシャの顔が、キッチンのテーブルについている人数を見て固まった。ルナは、もっともだと思った。ピエトから聞いていただろうが、家族でもないのに、毎日こんなに大勢で食事をしているのは、めずらしい光景だろう。

ルナも、ネイシャを見て内心びっくりしていた。ルナより背が高かったからだ。とても十二歳には思えない、大人びた声と、筋肉質に引き締まった身体。電話で聞いたとおり声も低くハスキーだが、キリリと跳ねた濃い眉が中性的に見せているだけで、ぷっくりとした唇や柔らかそうな頬や、しぐさはやはり女の子だった。

長そでのカットソーに、スリムジーンズ。室内はエアコンがきいているからいいが、あの格好では、外は暑かっただろうなと、ルナはぼんやり思った。

気後れしているネイシャの腕をつかんで、ピエトが座らせる。アズラエルとピエトの間の席だ。

「よろしくネイシャちゃん。私はセルゲイです」

「カレンだよ、よろしく」

「ジュリ! 仲良くしてね!」

「グレンだ」

「クラウドだよ。よろしく」

 次々に押し寄せる自己紹介に、ネイシャはいちいちうなずいて顔を覚えようとし、「アズラエルだ」と隣の男が言ったのに、ネイシャはやっと、「ピエトの――親父さん?」と言った。

 「親父じゃねえよ!」

 「違うな」

 ピエトとアズラエル、二人そろって声をそろえたので、ネイシャは小さく笑った。

 誰が見てもそっくりな二人を、ネイシャがどう思ったかは明白だった。

 「ネイシャです――よろしく」

 「ドーモ! ミシェルです。ネイシャちゃん、ごはんがいい? ガーリックトーストがいい?」

 ミシェルが、ネイシャの目の前で、たっぷりと大皿にラークのシチューを盛り付けた。

 「あ、どっち、でも」

 「どっちもあるからさ、おかわりしろよ」

 ピエトも、涎を垂らさんばかりの顔で、シチューを見つめた。

 「すげーいい匂い……母ちゃんが料理上手で、いいね」

 久しぶりにラークのシチューを見たのだろう。ネイシャも顔を輝かせていた。

 「ン? ルナも料理はうまいけど、シチューはアズラエルが作ったんだぜ」

 「え!?」

 ネイシャが驚いてアズラエルを見つめると、アズラエルは何とも言えない顔をして、「まァ、傭兵になるなら贅沢は言うな。まずくても食え」と言った。

 ネイシャは、おかしげに笑った。緊張がほどけたようだった。

 みんなのまえに、トマトのオーブン焼きも行きわたり、ミシェルがシチューをよそい、大皿のサラダもそれぞれの皿にひととおり盛ったあと、カレン専用の味噌汁椀をカレンのまえに置き、ルナも席に着いた。

 「いただきます!」

 声をそろえて大合唱した。ピエトの声が、一番大きかった。

 

 アズラエルが、ラークのシチューとバリバリ鳥のシチュー、両方つくるといった選択は、間違ってはいなかった。大鍋ふたつが、あっというまに空になったからだ。

 ネイシャはラークのシチューを二杯おかわりし、バリバリ鳥のシチューも一杯食べた。

 「すげえ美味かった……!」

 ネイシャは、皿に残ったシチューをしつこくスプーンですくいながら、そう言った。トマトのオーブン焼きも、サラダも、ネイシャは残さなかった。

 「ピエトって、いつもこんなうまいもん食ってるんだ。いいなあ」

 「ネイシャの母ちゃんがつくった――なんだっけ? グラタン? 美味かったぜ」

 ピエトは一度、ネイシャの家で昼食をご馳走になっている。ピエトはネイシャのうちではじめてグラタンを食べ、あのあと、ルナにグラタンを作ってとうるさかったのを、ルナは思い出した。

 「あれはレトルトだよ。ピエト、レトルト食ったことねえの」

 「レトルトって何」

 「スーパーに売ってる、冷凍食品だよ」

 ネイシャはあきれ顔で言ったが、ピエトは口を尖らせた。

 「じいちゃんが、そういうもんは食うなって言ってた! 毒がいっぱい入ってるって」

 「そう? あたしは、そういうの食ってでかくなったけどね。ピエトがイモばっか食ってたっていうのは、マジびっくりしたよ」

 そういう生活もワイルドでいいね、とネイシャは不敵に笑った。

 

 ネイシャはデザートのアイスクリームもぺろりと平らげ、至極満足そうに「ごちそうさまでした!」と元気よく言った。やっと子供らしい笑顔を見せるようになった。

 大人ばかりの場所に連れてこられて、ずいぶん面食らっただろうネイシャは、デザートのころには、すっかりみなと打ち解けていた。

 グレンが「ドーソン一族」だということも、カレンがマッケランの「カレン」だということも、ネイシャはあまり気にしていないようだった。おそらく、食卓のメンバーのことは、すでにピエトに聞いているのだろう。自分からふたりに、積極的に話しかけようとはしなかったが、怯えたり、ひどく緊張してはいないようだったので、グレンとカレンはほっとした。

 傭兵の子ども相手に、ふたりはかなり気をつかっていたのだった。

 

最近は当番制になった食事の後片付けに、アズラエルは今日加わっていなかったので、リビングのソファに座ってテレビのニュースをながめていると、「ここ……いい?」と遠慮がちな声がかかった。誰かと思ったらネイシャだ。アズラエルが軽くうなずくと、ネイシャは緊張でもしているかのような面持ちで、隣に座った。ピエト一人分くらいの間をあけて。

グレンとカレンにも物怖じしなかったネイシャが、なぜかアズラエル相手には、おどおどとした様子を見せる。アズラエルはおかしくなって、「取って食いやしねえよ」と笑った。テレビを見たまま――最近は、それが女子供に対する定番の挨拶になりつつある。

ネイシャは、アズラエルの言葉にちいさく笑って、

「メ、メフラー商社のナンバー3に会えるなんて、すごいや……」

アズラエルは、どうせならロビンも呼んでやればよかったのかなとぼんやり思った。あっちは今のところ、ナンバー2だ。実質ナンバー1だと言ってもいい。ナンバー1の座は、永久欠番なので、だれも着けないが。

「おまえ、自分で傭兵グループつくるんだって?」

「う、うん……! ブラッディ・ベリーみてえな傭兵グループ、つくりたいんだ!」

緊張していると大人びた顔だが、やはり笑顔は年相応だ。ピエトとなにも変わらない。

「L20っていや、ブラッディ・ベリーだよな……」

アズラエルがつぶやくと、「アリシアにあったことある?」と聞かれた。

「ああ。あのキョーレツなババアだろ」

「強烈……」

ネイシャは一度絶句して、それからおかしげに笑った。

「アリシアはかっこいいよ。母ちゃんもブラッディ・ベリーにいたことがある」

「おまえのおふくろは、ブラッディ・ベリーの傭兵か」

「だったことがあるっていうだけで、今はフリー。フリーっていうか……もう、はいれる傭兵グループがないから」

アズラエルはやっと、ネイシャのほうを見た。

「入れるグループがない?」

ネイシャは、恥ずかしげに俯いた。この少女が、自分に会いたがっていたわけが、ようやく分かったのだ。

「……メ、メフラー商社は、……どんなひとでも、あの……受け入れてくれるって、聞いたんだけど……」

アズラエルははっきりと嫌な顔をした。子ども相手に遠慮などしないのがアズラエルである。ネイシャはやはり傷ついた顔をしたが、アズラエルは構わなかった。

 

「どんなひとでもっていうのは大げさだ。あまりにも傭兵グループを変えてるやつは困る。――何ヶ所まわってきたんだ」

ネイシャは、八つほどの傭兵グループの名を挙げた。ブラッディ・ベリーのほかに、アズラエルが知っているグループも、知らないグループもあった。ほとんど無名のところばかりなので、おそらくブラッディ・ベリーから派生したであろう友人のグループを、転々としたに違いなかった。

「おまえのおふくろ、いくつだ」

「……二十九歳」

アズラエルは頭を抱えそうになった。自分とたいして変わらない。十八歳で学校を卒業してすぐ傭兵グループに所属したとしても、たった十年かそこらの間に、八つもグループを変える女など、信用を失うに決まっている。いやむしろ、よく八つもまわれたものだ。 

だがアズラエルは、ピエトの友人である彼女に、最大限の寛容さを見せた。

「……理由はなんだ」

「理由?」

「傭兵グループを、転々とする理由だ」

ネイシャが、詰まった。言いにくい理由なのはわかっていた。彼女は、アズラエルと目を合わせないまま、絞り出すように言った。