「ほえ?」

ゲームの最中に呼ばれたルナは、なんだか不満げだったが、それでもZOOカードで占ってほしいことがあると言われると、すぐに機嫌を直した。

「占ってほしいことって、なに?」

「ネイシャちゃんのことなんだけど――」

クラウドが言いかけたとたんに、ルナのほっぺたが膨らみ始めた。その顔をかつてクラウドは見たことがある。そう――ララに、絵を渡さなかったせいで、恐るべきペナルティーを食らった、あの日だ。

「――ごめん。なにか俺、まずいこと言った?」

クラウドは、冷や汗をかきながら聞いてみたが、ルナは座った目でクラウドを見つめ、

「ネイシャちゃんがどうかしましたか」

と、聞いた。ルナが怒りだした意味がまったく分からないクラウドは、助けを求めるように背後に目をやったが、アズラエルとグレンはすっと目をそらした。ルナのほっぺたぷっくりの恐ろしさを知らないセルゲイだけが、のんきに言い放った。

「ネイシャちゃんのお母さんは、ケトゥインの呪いにかかっているそうなんだよ。だから、ルナちゃんに調べてほしくて――」

「ケトゥイン!?」

ルナのほっぺたが膨らむ代わりに、ぴーん! とうさ耳がたった。クラウドは「カオス」というセリフをすんでで堪えた。

 

「あの“まっくろ”は……ケトゥインの呪いでしたか……」

 

ルナらしくもない気難しい顔で腕を組んだルナだったが、

「真っ黒? ルナちゃん、もうネイシャちゃんのことは占ったんだね?」

クラウドが畳みかけるように聞くと、ルナは「だめです! クラウドには言いません!」と叫んで、ぺぺぺっと部屋を出て行った。ドアを開けざま、一度振り返り、

「ぜったい、クラウドにはゆわない!」

決然たる態度で言われた。

クラウドは、そのまあるい背中を呆然と見送りながら、

「……俺って、女の子から見たら、秘密を打ち明けにくい顔でもしてるのかな」

と悩んだ。男どもからの意見は、なにもなかった。励ましも、否定もだ。

 

 

ルナは自分の部屋にもどった。

「クラウドに呼ばれたって、なんだったの」

ミシェルに聞かれ、ルナは「ZOOカードのこと。あとで話すね」と言ってふたたびゲームに加わったが、頭の中は、またZOOカードのことでいっぱいになってしまった。

時間も時間だった。十一時ちかくになっていたので、ルナはピエトの部屋に布団を敷いて、ネイシャの寝床をつくった。

「ネイシャちゃん、ほんとにピエトの部屋でいい?」

一応、ピエトは男の子だ。ルナは気をつかったが、ネイシャもピエトも顔を見合わせて笑った。ふたりはともだちだ。ネイシャが構わないと言ったので、ルナはピエトの部屋の電気を消し、「あたしグレンとセルゲイの部屋のほうにいるからね」と言ってドアを閉めた。

「おやすみ、ピエト、ネイシャちゃん」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

ルナとアズラエルの部屋のリビングで話していたのでは、ネイシャに聞こえてしまう可能性があった。かといって、クラウドとミシェルの部屋は、男たちが陣取っている。

ルナはカレンに許可をもらって、セルゲイとグレンの部屋でミシェルと話すことにした。勝手に入っていいのかなあとルナはもじもじしていたが、カレンが「いいから」と鍵を開けてくれた。セルゲイとグレンの個室に入らないという約束で、ルナとミシェルはリビングに、ちょこんと座った。部屋から、お酒を持ってくることは忘れない。そういえば、ミシェルとの二人のみはものすごく久しぶりだなあということに気付いた。

 

「そういや、ルナと二人で飲むの、久しぶりだね」

ミシェルもそう思っていたようだ。ミシェルはビール、ルナはピーチのカクテル缶を開けると、小さく乾杯した。

「だいじょうぶかな。セルゲイたち、ここに戻ってきたらびっくりしないかな」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。カレンさんも言ってたけど、今夜は二人とも、この部屋には戻ってこないんじゃない? まえ、グレンがうち来て、クラウドと飲んだらそのまま朝までコースだったから」

「……グレンとクラウドって、いつの間に仲良くなったんだろうねえ」

ルナの素朴な疑問だった。あのふたりは、最初ものすごく仲が悪かったのに、最近は気持ち悪いくらい仲良しだ。

 

「それより、さっきクラウドの奴、ルナになにを聞いたの」

「ネイシャちゃんのことを占ってって、ゆわれた」

「ネイシャちゃんのこと?」

ミシェルは驚いたように目を丸くして、それから、ネコのように細目になった。

「なんか、わかる気がする」

「え?」

「あの子――おとなに暴力受けてるんじゃないかな」

ルナはびっくりして、うさ耳がぴんっと立った。

「悪いとは思ったけど、パジャマの隙間から見えちゃったの。腕がすっごいあざだらけで、あたしぎょっとしちゃって……」

ルナは気づかなかった。ミシェルが気づいたなら、カレンも気付いたかもしれない。

「ふだんから身体鍛えてるって言ったから、そのせいで生傷が絶えないのかもしれないけど――傭兵の子って、そんなもんなのかな。お父さんはいなくて、お母さんだけだって言ってたよね。お母さんがものすごいスパルタなのかな。アズラエルのお母さんもスパルタ式だったんでしょ」

アズラエルのお母さんは特別だと、アズラエル本人も言っていたが。

「でも、話聞いてる限りじゃ、厳しいって感じのお母さんじゃないよね――あの子、お母さん大好きっこだよね」

ミシェルの最後の言葉には同意したルナだった。ネイシャが母親のことを話すときは、とてもうれしそうだった。いっしょに買い物にも、遊びにも行く。なんでも相談できる――そういっていた。とても仲がいいのだろう。

「でも、クールな性格って言えばそれまでなんだけど――十二歳にしては――すごく――暗い顔するときない? ――や、あたしの考えすぎかな」

「ミシェルの考えすぎじゃないと思う」

ルナは珍しくきっぱりと言った。

ルナだって、“あんな”ZOOカードははじめて見たのだ。

 

「じつはね」

重々しく、ルナは言った。

「ネイシャちゃんのZOOカードね、真っ暗なもやに覆われて、なんのカードなのかも、ぜんっぜん分からなかったの」

 

「ええ!?」

ミシェルも仰天した。

「どこから話したらいいかなあ……」

 

ルナが朝、月を眺める子ウサギといっしょに探したのは、サイとイマリのカードだけではなかった。

シャチ――ベッタラと、ついでに、ニックのZOOカードである“天槍をふるう白いタカ”のカードも探したのである。ベッタラもそうだが、ニックもホームパーティーのときに、「彼女がほしい!」と絶叫していた。

今度のバーベキュー・パーティーには、ニックもベッタラも呼んでいる。ルナは、ついでにニックにも素敵な彼女ができたらいいなあという、軽い気持ちだった。

そして、ピエトから、ネイシャが来ると聞かされたあと、気になって、ネイシャのカードも探してみたのである。

そうしたら、とんでもないものが出てきた――。

 

「まず、シャチさんと白いタカさんのほうから話すね」

ルナは珍しく、支離滅裂にならなかった。最近は月を眺める子ウサギと相対することが多いので、お利口さんがすこし移ったかもしれない。

「ふたりのZOOカードも普通じゃなかったの。ふつうじゃないってゆうか、――赤い糸が、一本もなかったの」

「どういうこと?」