今朝、月を眺める子ウサギは、イマリとサイのことについてルナとすこし話したあと、「真砂名の神様に呼ばれているから、また今度ね」といって、消えてしまった。その代わりに、すぐ“導きの子ウサギ”が現れた。

「僕が、月を眺める子ウサギのかわりにきたよ」

彼はいつものように、「なんでも聞いて」と言いながら、ルナの周りをくるくると回って、膝の上に落ち着いた。行動が、ピエトそっくりである。

ルナはひとまず、

「“強きを食らうシャチ”さんと、“天槍をふるう白いタカ”さんのカードを出せる?」

と、自分の日記帳のメモを見ながら言ってみた。

「まかせて!」

導きの子ウサギは勢いよく言い、すぐに二枚のカードを浮き上がらせた。

 

「じゃ、じゃあ、次に、彼らとつながっている縁の線を、出して」

導きの子ウサギは、チョコレート色の両手をポン、と合わせた。すると、色彩豊かな線と、たくさんのカードが部屋一面に広がる。

ルナはすぐに、「赤系」の糸が、一本もないのに気付いた。

「えっとね、ピエト、できれば恋愛関係の糸とか――結婚の糸を出してほしい――」

「出してるよ。これでぜんぶだよ――あれえ?」

カードのほうを振り返った導きの子ウサギも、首を傾げた。

「あれ? おかしいな」

ウサギはもふん、とふたたび手を合わせた。糸がリロードされたように、一瞬消えて、ふたたびつながる。だが、やはり、赤い糸は一本もない。

 

「へんだよ! 赤い糸が一本もないなんて、おかしい!」

導きの子ウサギは叫んだが、ルナも叫びたい気持ちだった。彼にわからなければ、ルナにはもっと、分からない。

「……」

ルナは、目が痛くなるほど線をさがしたが、やはり一本もないのだった。

「もしかして、ふたりは男の子が好きとかいう……」

ルナは恐る恐る言ったが、導きの子ウサギは、ぼふっとへんな笑いをこぼした。

「同性愛者だったら、ベッタラから一方的にアズラエルに赤い糸が伸びてるとか、ニックとグレンが朱色の糸で結ばれてるとか、そういうことになるよ」

ルナはベッタラとアズラエルがラブラブなところを想像し、「プロレスです!」と言い切った。

 

「ううう〜ん……」

(じゃあなんで、赤い糸がないんだろう?)

ルナは頭を抱え、しばらく唸ったが、まったくわからなかった。当然だ。

導きの子ウサギといっしょになって、うさ耳をゆらゆらさせ――「そうだ!」と跳ね上げさせた。

「ピエト、ピエトは、だれのZOOカードも呼べる!?」

「うん。たいていは」

「じゃあ――“真実をもたらすトラ”さんか、ライオンさんを呼べる?」

「まかせて!」

チョコレート色の子ウサギは、消えたかと思うと、一瞬で、真実をもたらすトラとライオンを、連れてきた。

 

「なにか用か」

「ルナちゃんが俺を呼ぶなんてね」

現れたのは、ペリドットそっくりの、ライオンみたいに毛が長いトラと、メガネをかけたオシャレなライオンだ。

ルナはウサギの真似をしたわけではないが、両手を合わせた。

「あのね、お願いがあります。シャチさんと、白いタカさんから、赤い糸が出てないの。見える?」

ライオンとトラは、振り返って目を凝らし、「本当だ」と驚いたように目を丸くした。

「どうしてなのかな? “真実をもたらせる”?」

ルナは聞いた。

 

「君も、俺たちのつかいかたが分かってきたじゃないか」

ライオンが不敵に笑った。

 トラのほうが、すかさず二枚のカードに手をかざすと、空気がたわむように揺れた。

 「ふむ――これは“誓い”の契約だ。契約に縛られている」

 「契約?」

 ルナが聞くと、トラはくわしく教えてくれた。

 「彼らの赤い糸が出ないのは、ないからではない。真砂名の神との契約のために、赤い糸が出ないようにしてあるんだ。――つまり、彼らは真砂名の神に誓いを立てたんだろう。なにかの誓いが成就するまで、妻帯しない、とか」

 「おそらくそうだな。では、俺は“彼”を連れてこよう。“導きの子ウサギ”、一緒に来てくれ」

 クラウドライオンは、ウサギといっしょに「五分ほど待っててくれ」と言って消えた。

 

なんて頼もしいんだろう。

ルナは満面の笑みでトラを見つめた。真実をもたらすライオンも、トラも、生きているふたりよりずっと頼もしく見える。

それを聞いたら、ふたりともがっかりするに違いなかったが。

 

ほんとうに五分後きっかりに、クラウドライオンは、ピエトウサギといっしょに、もっふもふのウサギを連れてきた。

ルナは、ぽっかりと口を開けた。

「アンゴラウサギ!!」

毛だるまで、どこに顔があるかもわからないもっふり毛玉ウサギは、もふもふしゃべった。

「わしは、そんなものではない。“生き字引の老ウサギ”である」

「彼に知らないことはない」

クラウドライオンは言い、“強きを食らうシャチ”と“天槍をふるう白いタカ”のカードを示し、

「“生き字引の老ウサギ”。彼らの契約の正体が分かるかい」

と尋ねた。

アンゴラウサギは毛にまみれてどこにあるかわからない目で、じっと二枚のカードを見つめた。

「“強きを食らうシャチ”と、“天槍をふるう白いタカ”ではないか」

「そうだよ。僕、さっきおじいちゃんにそういったじゃないか」

ピエトウサギはいったが、アンゴラは盛大に咳払いをしてから、

「むかあし、むかし! アストロスには、偉大なる二柱の兄弟神がおった!」

「ちょっと待て、最初から話す必要はない。彼らがどんな契約をしたかだけ、話せ」

恐ろしく話が長くなりそうだと悟ったペリドットラが、あわてて制した。

 

「アストロスの神話に関係があるのか。――ルナちゃん。シャチと白いタカは、それぞれ武神たちの側近で、彼らも偉大なる戦士だったんだ。シャチが兄神、白いタカのほうが、弟神のほうの側近」

クラウドライオンが、要点だけをかいつまんで話した。

「ええっ!?」

「白いタカのほうは、小さなころから兄弟神と一緒に育ってきた戦士で、長じてのち、弟神の側近となった。シャチは、アストロスの街を荒らす盗賊団の首領だった。兄神につかまって、縛り首になるところだったのを、改心すれば許すと言われてたすかった。それからは、兄神の、だれよりも忠実な側近になった」

「そんな話が……」

ルナは初耳だ。アストロスの神話も、ラグ・ヴァーダの神話も、大雑把な概要を聞いただけだ。彼らの話は知らない。

 

「うん――なんだか見えて来たぞ。兄神と弟神が倒され、メルーヴァ姫も没した。おそらく、そのことを悲しんだ彼らは、ラグ・ヴァーダの武神を滅ぼす悲願のために誓いを立てた。それが成るまで、妻帯しないと誓ったんじゃないか」

「きっとそうだ……」

ペリドットラは腕を組み、

「だとしたら、赤い糸が出ないのも当然と言える。しかし大分むかしのことだ、奴らは“誓い”のことを忘れているのでは……」

「むかーし、むかし! アストロスには、メルーヴァ姫という、麗しい姫がおった!」

「真実をもたらすライオンよ。果たして、彼は必要だったのか?」

ペリドットラの質問は、アンゴラウサギを見つめながら行われた。クラウドライオンは咳払いをし、

「呼んだほうが早い。“導きの子ウサギ”、シャチとタカをここへ呼んでくれ」

「よしきた!」

ウサギは再び、十秒もしないうちに一頭と一羽を連れてきた。

ルナは小さな歓声を上げた。白いタカの真っ白な羽根は、おそろしく艶やかで、キラキラときらめいていて、まるで天使の羽根のようだったからだ。