九時過ぎに帰ってきたルナとセルゲイを、アズラエルとグレン、クラウドは不機嫌面で迎えた。

「ふたりっきりで、何してやがったんだ!」

「俺が最近おとなしかったからって、調子に乗るなよ、セルゲイ」

「セルゲイ、俺、早く帰ってって言ったよね? セシルと話したいからって、」

クラウドは、クラリスになる気はなかったらしい。

 

セルゲイは、ルナを抱えたまま全速力で走ってきたのだ。「ごめん、水を一杯ちょうだい」と男たちを無視してミシェルに頼み、ペットボトルの水をもらって一気に半分飲み干し、やっと言った。

「ネイシャちゃんたちの呪いを解く方法を持って来たってのに、君たちはそういう態度なわけだ」

「ええっ!」

「ネイシャの呪いが解けるの!?」

叫んだのは、ミシェルとピエトだ。

ここはミシェルとクラウドの部屋だ。食卓になにもないところを見ると、やはり今日は外食ですませたようだ。リズンの、テイクアウトのハンバーガーが入っている紙袋が見えた。キッチンと続きになっているリビングのほうを見たが、アントニオとニック、それからセシル親子はいなかった。

セルゲイは、ルナのために買ったプレゼントをコインロッカーに忘れてきたことに、ようやく気付いた。

 

「夜の神がなにか授けたのか?」

聞きつけたペリドットとベッタラ、バジがリビングからやってきた。

忘れ物はあした取りに行こう。セルゲイはあわてて、ポケットに入れていたお守りを出した。

「遅くなってごめん。これが夜の神様のお守り。えっと、五つあるから、アズラエルとグレン、クラウドとカレン――もうひとつは、」

「ワタシにください」

ベッタラが手を差し出したので、セルゲイは、反射で乗せてしまった。ベッタラは守り袋を受け取り、ぐっと握りしめた。

 

「それで、呪いを解く方法っていうのは?」

待ちきれないクラウドが聞いた。

皆はリビングに結集し、セルゲイの話を待った。

「まず、第一に」

セルゲイは、これだけは言っておかねばならないと前置きした。

「夜の神様は、最初にこれを皆に伝えろって言った。セシル親子に、これ以上呪いの話はするな。構うな。呪いをとく方法が見つかるまで、ふたりに呪いのことを聞いたり、話したりはするな、だって。ふたりが追いつめられるだけだから。下手をしたら、宇宙船を降りてしまうかもしれない。そっとしておけって」

「――これ以上は、セシルたちに何も聞くなってことだね」

クラウドは嘆息した。夜の神に言われぬまでも、もう、何を聞いてもセシルが教えてくれることはないだろうし、すっかり拒絶されてしまっている。クラウドは、あと二、三、確認したいことがあって、それを確認したら、もう何も聞かないつもりだったが、夜の神にもそういわれてしまっては、引き下がるしかなかった。

 

「それから、呪いを解く方法。夜の神様が言うには、一番いいのは、真砂名神社の階段を上がることだって言った。でも、それはイシュマールさんが言ったように、賭けだって。セシルさんが死ぬか、呪いが解けるかっていう、」

「それは、避けたほうがいい」

ペリドットは言った。

「もうひとつは、セシルさんたちが、夜の神の神殿に行くこと」

「え?」

クラウドが聞き返したが、ペリドットは、わずかな沈黙ののちに、「――それは、もっと無理だ」と言った。

「うん。夜の神様も言っていた。こっちは、真砂名神社の階段を上がるより難しいって」

「なぜだ」

アズラエルが聞くと、

「夜の神の神殿は、とある組織のアジトにある。そこは、その組織のものしか入れない場所だから、まァだいたい――無理なんだって」

セルゲイは肩をすくめた。ペリドットも、「そうだ」と言った。

「ZOOの支配者になる者は、一度は夜の神の神殿に参らねばならんから、俺とアンジェリカは行ったことがあるが、場所は絶対に口外できん。それは夜の神との契約のひとつだからな」

 

「でも、それ以外の方法が出されたんだろう? 早く教えてくれ」

クラウドが急かした。

「うん。ひとつは、ルナちゃんがZOOカードで“偉大なる青いネコ”を呼び出して、セシルさん親子が陥っている状況を伝えること。で、もうひとつは、」

「なに?」

せわしないクラウドに、グレンが「おまえ、少しは落ち着けよ」とたしなめた。

「――クラウドに、メッセージだった」

「俺?」

クラウドは身を乗り出した。

「俺? 俺が、何をすればいいの」

「クラウドが、あの黒い“もや”を見ることができた、エラドラシスの呪術師に会いに行くこと、だって」

「――俺が?」

クラウドは拍子抜けした顔をした。ケトゥインの呪術師一覧表という本のありかでも教えてもらえると思っていた顔だった。

 

「マミカリシドラスラオネザに会えということか?」

ペリドットが不思議そうな顔をした。ルナは口を開けた。あの、舌をかみそうな名前の人だ。

「あれは、ケトゥインの呪いのことまでは分からんぞ」

“もや”は見えるし、呪いだということはわかるが、それがどんな呪いかはわからないと、すでに彼女は言っている。ペリドットも、彼女が嘘をつくはずはないと、重ねて言った。

「分からないよ、私も。でも夜の神は、そういった。これも、真砂名神社の階段を上ることや、夜の神の神殿に行くことと同じくらい難しいって。でも、一番、死者が出ない方法だと言った。気を付けなければいけないって。クラウドが一度でも機嫌を損ねれば、二度と話はしてくれないだろうから、って」

セルゲイは、伝えきった、というように話を終えた。

「それはそうだ! マミーちゃんは、短気なんだ! 一度怒ったら、二十日は口をきいてくれないし!」

「あの呪術師ですか……難しいことは、たいへん不機嫌な性格です……」

バジは頭を抱え、ベッタラも気難しい顔で黙り込んだ。

クラウドは、しばらく腕を組んで考え込む姿勢を見せていたが、やがて、顔を上げた。

「ペリドット」

「なんだ」

「彼女が、どこの星の、どの村か国の出が、何番目の子どもか、――とにかく、彼女に関連するありとあらゆる情報がほしいんだけど」